4・5 小説をやめて詩を書いた話
4・5 小説をやめて詩を書いた話
柾木は、人が嫌いだった。人の、人間臭さが嫌いだった。だから、人には愛されなかった。人嫌いに、小説など書けなかった。
柾木の書いた「小説」には、少年しか出てこなかった。彼は美しい少年を描いた。美しい少年には、人間味が無かった。彼によく似た、孤独な少年。彼の描いた少年たちはみな、彼と同じ、遠い目をしていた。彼方を見つめ、向こうからやって来るなにかを待っている、それは、柾木自身だった。彼は、自分の醜さを知っていた。身体も顔も醜かった。そのくせ、自己愛は人一倍強かった。その醜さに気づいていながら、その自己愛を、捨てられなかった。それで、同じ目をした、少年を描いた。少年だけを、描ければよかった。小説になど、なるはずがなかった。だから、小説を書くのはやめた。
柾木は、今度は詩を書いた。大学に入って、五年目の春だった。ベランダでタバコを吸っているとき、遠くで猫の声を聞いた。おわあ、おわあ。おわあああ。講義で読んだ詩を思い出した。それで、詩を書いてみようと思った。詩なら短いから、書けると思った。書き捨てて、推敲はしなかった。それは誰にも読まれない詩だった。
彼の書く詩も、少年だった。同じ目をした、少年の詩を書いた。彼は、少年に自らを込めた。詩の中でだけは、美しくいられた。彼の孤独な魂を持った、彼方を眼差す美しい少年。それは、彼自身の憧憬だった。そうありたかった姿だった。書き捨ててしまえば、彼はまた一人の醜い柾木に戻らねばならなかった。だから柾木は、詩を書き続けた。もう、読者など考えていなかった。彼は三百篇の詩を書いた。彼にしか読めない、まがいものの詩だった。
そして、また一年が過ぎていた。(了)




