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華龍Story  作者: ryo
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第8章

8.

この世界には、迷宮都市と呼ばれる街がある。大体は街が出来るより先に迷宮が発見され、最初は、その迷宮を探索する冒険者たちの為の宿泊施設や食堂、消耗品補給の為の商店が立ち、やがて専門の武器屋や防具屋が店を出す。迷宮が深ければ深いほど、あるいはその迷宮から特異な戦利品が得られる程に街への冒険者の流入は増え続け、やがて流通や生産を中心に一般の市民が増え始める。ついには他の一般的な交易都市や城下町並みに人口が増えるに至った都市、それがこの世界の迷宮都市だった。

当然、村が都市へと成長する過程で他の都市同様にこの世界固有の魔法を駆使した都市インフラが整えられ、行政施設も一通り揃っている。街並みも軒を連ねる店々の数も普通の都市と何ら変わりがない。唯一、その街を他の街と分け隔てるのは、街に住む冒険者の数だろう。通りを行き交う人々の中でも、色とりどりの甲冑を身に纏い、剣や弓を手挟む者たちが目立っている。

そんな、大陸北部でも有数の迷宮都市として知られるリシタ、『深淵の竜の迷宮』を抱えるこの迷宮都市で最近、冒険者たちにとって自分たちの存在意義を揺るがしかねない情報が伝えられた。迷宮の最深部にあったこの迷宮の主、ドラゴンとその住処である『竜の間』が消失したと言うのだ。

その噂は最初は街の飲み屋での一部の冒険者たちの与太話として語られ、噂が膨らむにつれて最後は調査に乗り出したギルドの発表を持って確定した。

この迷宮が発見されて以来存在し、数多の、それも一流の冒険者たち(そもそも、それなりに腕の立つ冒険者パーティーでないと、最深部にある『竜の間』までは到底辿りつけなかった)を飲み込んできたドラゴンがいなくなった事は、街の冒険者たちには大いなる驚きと、それに倍する失望を持って迎えられた。いつかはドラゴンを倒す事を目的としていた一部の上位の冒険者たちは、他の名の知れたラスボスのいるという迷宮へと移動することを考え始めた。

それより下位の多くの冒険者たちは、自分たちのレベルでは及びもしない最深部で起きたという異変を訝しみ、それが良からぬ何かの予兆ではと内心は恐れ、外見では一蹴して自らの不安を取り繕った。そして市井の市民たちは、自分たちの生活を支える『攻略されざる迷宮』というその存在が、やがて枯れ果てる事を示唆するかもしれないその異変を、それまでの店舗の拡張や耕地の拡大といったそれなりに嬉しい悩みと共に頭の隅に刻み込むこととなった。


「別に心配しなくても、わたしがいてもいなくても、あの迷宮には、これからもわたし以外の魔物が幾らでも湧いてくるわよ」

街を行き交う人々、主に冒険者たち、更に言うなら冒険者の野郎どもの視線が痛い。

俺が元々生きていた世界では、若いカップルが腕を組んで歩くことはごく普通の光景ではあった。地方による習慣の差異はあるのだろうが。元いた世界でも例えばイスラム圏では、人前で男女で腕を組んで歩く事はあり得ない気もする。あの頭からすっぽりかぶって全身を覆い隠す衣装では腕の部分が如何なっているのか知識はないが、男女が並んで手を繋いでとかは、きっと、ないのだろう、多分。俺がそう思っているだけで違うかもしれないが。いずれにせよ、腕を組んで歩くカップルというものを、少なくともこの街では余り見かけない。・・・というより、俺たちだけな気がする。


「そういうものなのか?」

だとするならば、俺たちはその存在自体が既にバカップル決定なのだろうか?ただ、宗教的意味合いが理由なら行き交う他の女性にも睨まれそうだが、如何やら睨んでいるのは男共だけの様な気もする。だとすれば同じ男としてこれは十分に理解の範囲、つまり美少女と親しげに歩く俺への嫉妬だ。『妬かない妬かない、ロリコン伯爵』否、俺の生前の年齢を考えると伯爵役は俺か。だが、真実を知ってか知らずかソフィアの方も大分サバ読んでそうだから、この際は気にしない事にしよう・・・。


「迷宮は、魔泉と呼ばれる地脈の湧くところで、形作られるわ。わたしはもう数十年前の事だけれど、まだ人間には知られていなかった無名の迷宮を見つけて、その最深部に住処を定めただけよ。いわば、間借りしただけの存在なの。あの迷宮で生まれた訳ではないわ」

ソフィアの話では如何やら、ソフィア自身は別に迷宮所属というか専属という訳ではないのだそうだ。既に迷宮から地上に見事生還し目にした朝焼けに感慨深く黙り込んだ俺に対し、ソフィアから『だから迷宮の外にも出られる』、『だから連れて行け』と散々ごねられていたので、あえて言うなら既に押し切られていたので、そのあたりの事情は何となく理解はしている。ちょっと、街に広まる不安の色から、そのラスボスを倒したばかりか連れてきてしまった事に若干の罪の意識を感じていた俺は、ソフィアの言葉に安堵した。


「そうなんだ。それじゃあ、この迷宮でこれから自分のレベルを上げたい者も、一獲千金を狙う冒険者も、まだまだ潜り甲斐があるってわけだ」

ボス部屋が空き家となった現在、迷宮のボスになりたい何処かの魔物が新たに棲みついてくれるかもしれないし、それがボスに相応しくない小物なら冒険者たちが淘汰してくれるではあろう。迷宮のラスボスって、魔物からすれば結構なステータスではないだろうか?しかも、既に存在する出自の異なる迷宮固有の魔物たちに関しては、ボスとして別に上長責任を持たなくて良い。元いた世界では技術者が出世すると自分の本来やりたい事以外にもマネジメントの責任を持たされるのが常だと認識していたが、ある意味パラダイスかもしれない。なんなら俺の方が、ドラゴンに転生しても良かったかもしれない。あ、その場合はまずは自分で空きのボス部屋を探すのか。それはめんどくさいな、やっぱり。


「でも、フィルは大陸の西の方に行ってみたいのでしょう?」

ソフィアの肩越しに目を向けると、人々が行き交う活気のある通りには多くの店が立ち並んでいた。どの店も通り側の石の壁に作りつけられた窓には縦横賽の目状の鉄格子が嵌められ、その奥にある波打つ様な厚みのあるガラスを守っている。今は開かれている店々の正面の扉も厚みがあり、まるでフィレンツェの持つ小盾の様に金属の帯と鋲でやたら頑丈そうな補強がなされている。きっといざという時にはその扉を閉ざせば、それなりの防御力を持つのだろう。中世ヨーロッパ風城塞都市の、目抜き通りといったところか。


「そうだね。ここ迷宮では、何とか最深部まで辿りつけた。だから、ソフィが一緒に来てくれるならば、別の未踏の迷宮に挑んでみたい」

中世ヨーロッパの街並みと言ったが、どちらかというと開拓初期のアメリカと折衷なのかもしれない。大通りに面した建物は石造りだが如何やらそれは通り側だけで、通りから離れる程に街の建物の多くは木造だった。街の中に地下迷宮の入口が存在しているので、万が一魔物が迷宮の外にまで出てきた時の事を想定して大通りの店々は石造りで、通りから延びる脇道の入口には脇道の数だけ開閉可能な、これもやっぱり頑丈そうな門が設置されている。いざという時は迷宮の横に設けられた鐘楼の鐘を鳴らして、街の自警団や商店の店主に緊急の閉門を指示するのだそうだ。東西南北に大通りが走るこの街では、万が一にも地下迷宮から這い出た魔物がそれぞれの大通りに溢れる状況に直面したとしても、それぞれの通りの外側には魔物を出さない造りという訳だ。だが、もし何処かの扉を破られるならば、たちまち街の四分の一を魔物たちに席巻されてしまうだろう。


「・・・別の女が欲しいと?」

少しだけ愛着の出てきたこの街並みとも、今日でお別れのつもりだ。このリシタの街から見て西にあるのはランス王国と呼ばれる古き王政の国で、その国境近くあるのがリシタの『深淵の竜の迷宮』に倍する規模と言われる『虚無の狼の迷宮』だった。『深淵の竜の迷宮』から生還して三日、ゆっくりと体を癒しながら、ギルドで迷宮で倒した魔物たちの亡骸から手に入れたそれなりに価値のある部位を売り払い、その金であらたな旅の準備を整えてきた。なんと言っても大食いの連れを前提に、旅の食料を準備しておく必要がある。それなりに大変なのだがな。そんな俺に、相変わらずぶっこんでくるな、この娘は。


「や、待て待て。そもそもラスボスが実は人間の美少女に変化出来るとか、普通は想定しないよね?」

もっとも、ギルドに戦利品を売りに行った際には、ソフィアも自分の貯め込んだ財宝を提供すると言ってくれてはいたが、これは俺の方が断った。完全に男の見栄というか矜持と言うか、思わず『いざという時の為に取っておけ』という言葉が口を出た。それに、生きていく為の金を稼ぐ為であれば、一度は踏破したこの迷宮で何度も潜り稼ぐならば、曲がりなりにも口を糊することは出来たであろう。


「仕方ないわね。わたしの認めるだけの女でなかったら、ダメだからね?」

それなのに、他の迷宮を見たいというのは、勝手な男の我儘なのかもしれない。取りあえず自分を美少女と言われたからか、ソフィの機嫌は良いらしい。ついでに何やら二股OKも得てしまったらしいが、一夫一婦制で育った生前の記憶もあるので、俺の方がついて行けてない。ここはスルーしても良いのだが、今日の目的地である街の武器屋まではもう少し歩かなければならない。


「あの、ソフィアさん?俺の言ってること、理解してます?」

とはいえ、左手に巻き付いたソフィアが更にギュウっと力を込めると、柔らかな感触が形を変え密着する面積を増やす訳で、余り真面目に反論しようという気になれない。我ながら、完全にソフィアの手の平の上で転がされている様な。


「あ、あの店にしない?きっと、『リシタ名物、黒焼き』ってヤツだわ!」

ソフィアは俺の左手を解放すると、今度は俺の手の平を掴んで駆け出した。さらさらと藍色の長い髪が降り注ぐ日差しに舞った。今朝の俺に魔法を教えてくれた対価は、何やら露店の串焼きに決定したらしい。いったい何の肉の黒焼きなのだろう、一抹の不安が過るが、一応既に購入した旅の準備の品々の中には、確か胃薬もあったはずではある。

如何やら目的の武器屋に辿りつくのは、もう少し後になりそうだ。

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