第4章
4.
「・・・お前、人間の姿では無力だっていうの、絶対嘘だろう」
彼女の戦い方は凄まじい、の一言だった。至近距離から放つ弓は確実に敵の急所を射抜いた。普通ならこの狭い迷宮の通路での戦いは、弓使いにとって不利以外の何物でもないはずだった。それなのに。至近距離から彼女の放つ矢は一撃々々が、とてつもなく重いのだ。単純なことだ、物理的に弓に番う矢そのものが、とてつもなく重かった。鏃からシャフトの部分が一体の金属で出来ている。
「あら、嘘じゃないわ。魔物を倒せても、食べる物がないもの」
フィレンツェは群がる狼に似た魔物の一頭に狙いを定め、鼻先を切り裂く。人間に比べると体高の低い魔物に一撃を振るうには、上から剣を振り下ろすか、片足を残して体を沈め低い位置から水平に横薙ぐか。横に薙ぐ方が、振り下ろしの斬撃より二撃目に繋ぎやすい。だが、先頭の魔物を屠って体が沈み込んだままのフィレンツェに、残った魔物たちが仲間の死体を踏み越えて飛び掛かる。
「魔物の中には、その肉が食べられる奴だっているじゃないか」
後続の魔物たちの鼻先に、一度に番えられた複数の矢が降り注ぐ。彼女の弓は元の世界でいうところのアーチェリーの弓よりは、少し小ぶりなものの弓道で使われる弓の形に近い。だが構え方は独特で、複数の矢を番える時には、僅かに弓を倒している。如何やらその傾斜で、弓の左右両側に矢を番える事を可能にしている様だった。
「わたしに、料理しろっていうの?」
手首を返して、体を戻す速度に剣を引き戻すスピードを載せる。再び立ち上がるフィレンツェの足元までたどり着いた狼が、その咢をフィレンツェに食い込ませる事無く、胴体を両断された。
この時もし、二人の戦いを見ている者がいたとしたら、次々と狼を屠りながらも、どことなく気の抜けた会話を続ける二人に驚嘆し、ある意味呆れもしただろう。その事には、少なくとも今の二人は気が付いてもいなかった。
「・・・出来ないのか?」
だが、本人たちからすれば、先ほどの死力を尽くした戦いに比べれば、このダンジョンの中に湧く魔物たちは如何にも温いのだ。戦いながらも横の相手を絶えず意識し、声と気配だけで相手を見ずともその位置を知り、自分の一手を相手の次の一手に繋げる。無意識のうちに、まるで何年も一緒に戦ってきたかのような連携が生まれつつあった。
「そうよ、オスは皆、愛しいメスの為に食べ物を持ってくるものでしょ」
もっとも、会話の内容そのものは、いたく低俗ではあった・・・。
・・・確かにドラゴンなら人間だろうが魔物だろうが、その巨大な咢で一飲みだったろう。調理など必要な訳がない。だが、何か違和感がある気もする。それが何か、フィレンツェには今ひとつ分からなかったが。
「・・・お前それ、何処で得た知識だよ」
人の姿に身を変えても、中身は元のドラゴンである以上、そのスキルも人間とは程遠く偏りのあるものに違いない。もはやドラゴンの持つ、咢で一飲みなどというスキルはないはずではあるが。フィレンツェは改めて、ちらと彼女の姿を目にとめた。あの細い顎で噛みつかれても、それはそれで困る気がする。
「あら、違ったかしら」
フィレンツェに見られていることを意識して、彼女はさりげなく髪を掻き上げる仕草を見せる。襲いかかる狼とはまた違った緊張を強いられて、フィレンツェは八つ当たり気味に左右の狼を切り裂く。狼たちを一撃で仕留められず、無駄な苦しみを長引かせることとなったのは、今度は間違いなく彼女のせいだ。言えば、逆に俺の煩悩を問われそうで口には出来ないけど。
「否、聞いた俺が馬鹿だった様な気がする」
いろいろと疲れを感じたが、どちらかと言うと精神的な物だろう。半分は間違いなく、このドラゴンのせいな気がする。最後の狼を切り捨てると、手短な通路の壁にずるずると腰を下ろした。こうして動かなくなった体で壁際に腰を下ろすのは、俺にとっては何かデッド・フラグ的な気がしないでもないが、疲れたものは疲れたのだから、仕方ない。一方で彼女の方は相変わらず腹は空かせているが、ちっとも疲れてはいないらしい。俺の近くに歩み寄ると、弓を下して猫の様に四つん這いでにじり寄ってきた。しゃがみ込んだ俺と、同じ高さの顔がやたら近い。
「ところで、わたしの方からも、ひとつ聞きたいことがあるの。如何にドラゴンの知識を持ってしても、分からないことが。あなたはその体の内側に、莫大な魔力を貯め込んでいるわ。わたしには、あなたの周辺の空間が魔力の大きさに耐えかねて、ゆらゆらと歪んでいるのが見える。それにあなたは、『この世界に来てまだ日が浅い』と、そう言ったわ。・・・あなたは、何者なの?」
いきなり、切り込んでくるか。あの戦いの最中のやり取りを覚えているとは、可愛い顔して侮れない。否、顔は関係ないのだが、彼女の深い藍色の瞳に見つめられると、いい加減な嘘はつきたいとは思えなくなってくる。ひょっとしたら、彼女の持つ何かの魔法にでも掛かっているのかもしれない。
「お前の問いには答えられない。別に秘密にしたい訳ではなく、俺にも分からないんだ。多分、俺は一度、死んだはずの人間だ。ただ、死んだのはここではない、別の世界。俺には魔法ではなく科学と言われる、また別の理が支配する世界で生きていたという記憶がある。だが、如何してこの世界に来たのか、魔法のない世界から来た俺が、なぜお前のいう魔力というものを持っているのか、それは俺にも分からない」
もう一つの秘密を口にすることは、なんとなく躊躇われた。俺は死んだ時より大分、外見的に若く見えている。これではまるで、見た目だけなら高校生ぐらいなのだが、まぁ、俺より更にサバを読んだ外見をしているのであろうこのドラゴン相手には、話さなくても良いか。
「ふーん。・・・取りあえず、晩御飯もあなたが作ってくれるのでしょう?」
正直に分からないと答えたら途端に興味を失ったのか、彼女の興味は再び食事ネタになってしまった。確かにコイツ、何も出来なさそうだよな。俺だって野宿に等しいダンジョンの中で出せるのは、持ち込んだ干し肉と、少し炙って噛み切れる位には柔らかくなったパンとチーズ、香草を放り込んだスープぐらいなもんなのだが。下手にドラゴン専用の食事を出されても、俺が困るし。狼の前に仕留めた六足歩行のトカゲなんかは、焼けば何とかなる気もするが。
無理して進んで、『ああ、最後に食べておけば良かった』などと思うよりはと、俺は昼飯とまったく同じメニューの代わりばえのしない夕食の準備の為に重い腰を上げたのだった。




