第36章
36.
雨が降っている。
四季のあるらしいこの世界で今はまだ雨季には幾分早く、柔らかな春の雨といったところなのだろう。朝から降り始めた雨は、お昼時の食事の後も降り続いている。頭上には木々の幹に四隅を麻の紐で結わえた防水布が掛かり、周囲には防水布のタールと湿った土の匂いがした。周囲の森は日中にも関わらずいよいよその深みを増し、鳥たちは声を潜め、防水布の屋根の下、葦毛たちは葦毛同士、人間と元ドラゴンとハーフエルフも、人間と元ドラゴンとハーフエルフで固まって肩を寄せ合っている。因みに二匹の狼の子供は、春なお肌寒い雨空の下で元ドラゴンとハーフエルフの湯たんぽ替わりでもあった。
降り続く慈雨は、古き森の木々と同じくらい古いらしいエルフの家々に等しく降り注ぎ、この馬車を覆う厚みのある防水布の屋根に細かなリズムを刻み続けている。
「私、子供の頃、母に連れられてこの村に帰ってきたんです」
俺の右肩に寄りかかる様にして、シャーリーの小さな肩の温かみがある。ツインテールは昨夜から解かれたままで、俺の目前に長く尖った細い耳があった。白き美しき美女の首筋を見つめる、血に飢えた吸血鬼の気分。美女ではなく『合法ロリ』である辺りが少し微妙だが。いや、首筋ではなく耳である事の方が問題なのか?・・・如何やら俺も、いつの間にか戻れぬところまで来てしまっているのかもしれない。
エルシャナとの『決闘』の翌々日。
『同田貫』をエルシャナに託した俺は、村の外に止めた馬車の狭い荷台の上でソフィア、シャーリーと三人して並んで肩を寄せ合っている。エルシャナによれば『同田貫』にドワーフの長老の言う『魔力を通す』事、それ自体は時間を要するものではないらしい。ただ、エルシャナの体力の回復を待つ必要があり、特に宿も外来者向けの店がある訳でもないこの村で、俺たちは若干、手持無沙汰ではあった。
「他の子供と髪の色の違う私に、同世代のエルフの子たちは余り仲良くはしてくれませんでした。それに、やっと友達になれても、私の方がいつの間にか背が高くなって。だから、また、初めからやり直し。髪の色も成長の速さも何で私だけ皆と違うのだろうと、何度も何度も母に意味のない問いをせずにはいられませんでした」
シャーリーと反対側、俺の左では、俺の膝を抱き抱える様にしてソフィアが眠りこけている。柔らかな胸の感触が狭い荷台のせいか俺の太腿に押し付けられていて、とても暖かい。ついでに、暖かいばかりでなく、その可愛い口元は見えないのだが、何か膝の辺りが湿ってきた様な気が。まぁ、いいけどね。
「私と母は村の外れの、そう、ちょうどあちらの辺りに・・・、あっ!」
思わず手を叩いたシャーリーに驚いて、ジルがストンと馬車の荷台の床に飛び降りた。三人分の手足で立て込む荷台で、よくぞ飛び降りる隙間を見つけるものだと妙なところで感心してしまう。
ジバも眠そうな顔を上げて、ソフィアの太腿の上からシャーリーを見ている。いいな、お前ら。俺と交代してほしい。今の状況も嫌いではないので、取りあえず良しとするが。
パッと顔を輝かしたシャーリーが打ち合わせた両手を合わせたままに、俺を見つめている。
「そうです、まだ、私と母の住んでいた家、残っているはずです!ちゃんと暖炉もあるし、ごめんなさい、私、最初から思いつけば良かったんだ!」
実は俺も、それは思いつかない訳ではなかったのだが。シャーリーの思い出の詰まった家に一夜の宿を求める事が憚れて、敢えて口にはしなかったのだが。
「ふぇ・・・?」
如何やらソフィアも目を覚ました。
こんなところで寝かせて風邪でも引かれたら厄介だし、シャーリーの家にお邪魔するのは丁度良かったのかもしれない。
俺は手を伸ばすと、ソフィアの口元の涎を指で拭った。
・・・真っ赤になったソフィアの説教で、更に一刻を荷台の上で正座する事となった。




