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華龍Story  作者: ryo
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第2章

2.

もし、人生にどんな意味があるのかと問われれば、正直、答えに窮すると思う。

既にバッドエンドを迎えた一度目の人生に関しては、特にそうだろう。終わり良ければ全て良しと言うが、俺の場合は逆だ。それまでの生き方に決して満足していた訳でもないが、如何にか、ちゃんと生きてこられた。自分に甘く怠惰な生き方をしてきた事も、良かれと思って不正に手を染めた事も、自分で選択した結果だったのだから、誰かのせいにする気にもなれなかった。ただ、それでもこのまま、特に良くもなく凄く悪い訳でもなく、普通に生きていけるはずと大した根拠もなく思っていた気がする。

ずっと、形のある物、しかも量産品ではなく一点物を作ることが好きだった俺は、入力に合せて出力を変動させる制御装置部品を作るという仕事が、それなりに気に入ってもいた。イメージ的には高級オーディオのプリアンプみたいなもん、と思ってくれて良い。ただ、扱うのが音楽信号ではなく高周波のエネルギーで、オーディオに於けるプリアンプ程の存在感もなく、重要ではあるがシステム全体の価格に占める割合も多分、数十億分の1以下だろう。幾つもの部署が、幾つもの構成部品を作る。俺はその中のたった一部品を作っているに過ぎない。目立たない、でも大事な部品だと、そんな風にも思っていた。


そんなある日、俺はかつて自分が設計した核融合発電設備の部品のひとつに、大きな設計ミスがあることに気が付いてしまった。いわば核融合炉の中枢に、重大なバグを作り込んでしまっていた。発電所なんてそれこそやたら時間を掛けた長期プロジェクトで構築されるし、チェックも何重にも行われるはずなのだが、その部品自体は何年も前から世の中に出回っているもので十分に使用実績がある、枯れた製品と言える。だが、それを設計した当時、俺は納期の遅れから十分な動作テスト、特に負荷テストが出来ていない事を知りながら、予定通りの日程で部品を納品する事を指示した。その当時の案件の規模からいえば、要求仕様通りの高負荷など掛かるはずもなく、俺の頭の中では問題なしと判断したからだった。

それが何故かふと、それも朝、トイレで用を足している最中に、その部品を今度の案件で使ったら大いにまずい、と思い至ってしまった。今建設を進めている新型の核融合炉は、そもそもそれまでの従来型の核融合炉の臨界温度より、随分と高く設計されていた。あの部品が晒される環境は、何倍も過酷になるはずだ。そして仕様上の限界値近い高負荷状況が長時間続くと、おそらく動作が不安定になってスパイク状の高出力を出してしまう可能性がある。何重にも作り込まれた発電設備の安全装置があり、徐々に出力が変動する場合には十分に対応出来るはずだが、その部品の瞬間的な誤動作には追従出来ない可能性があった。最悪、不安定になったプラズマが炉心の分厚いチタンの壁を溶かして、周囲に巻いたコイルを焼きながら大爆発を起こす。

明日から、新型炉の稼働試験が始まる。俺はトイレの中で冷や汗を浮かべ、目の前の何もない扉を見つめた。淡いグリーンのペンキで塗られた扉の内側ではなく、その先に灼熱した炉心の内壁が見えた気がした。

俺は、その時でもまだ、引き返せたはずだった。

自分のミスを、正直に会社に伝えれば良かった。

だが、俺はトイレを出ると、誰に告げるともなく建設中の発電所へと向かった。


その日は稼働試験前の唯一の予備日で、しかも俺が発電所に着いた時は丁度時計の針が12時を回ったところだった。山奥にある発電所の周りにはコンビニがある訳でもなく、予備日にシフトとなった不遇な所員も唯一の発電所内の食堂へと向かったはずだった。山奥に詰めて働いている者たちにとっては、食べる事が唯一の楽しみと言っても良い。決められた食堂の開いている時間を逃す様なことは、ここでは犯罪に等しいと思われている。俺は閑散とした核融合炉の建屋にたどり着くと、手動でメンテナンス扉を開けた。昨日までの構築期間中は開けっぱなしだった扉は今日は閉じられていて、炉心に入り込んだ俺はロックこそしなかったが、一応扉自体は閉めておくことにした。発電所のゲートでは警備員に対し臨時メンテナンスの為の入館を伝えたが、もし誰か現場に詳しい作業員が見回りにでも来たら、扉が開いていることを不審がるかもしれないからだ。

俺は持ち込んだ鞄から、発電所に来る途中で立ち寄った工場から持ち出して来た、交換用の部品を取り出した。俺の設計した新型で、問題の部品の後継機だった。パッケージの大きさは従来と変わらないのだが、動作原理が全く違い、高負荷にも対応出来るはずだ。部品の埋まった炉壁の一角にひざまずく様にして、早速俺は交換作業を始めた。工具を使って特殊なネジで止まったチタンの内壁を外していく。露出した部品の結線をはずし、部品自体の固定を外す。新しい部品を埋め込んで元の状態に復帰させる。円形の内壁に沿って埋め込まれた3台の部品を全て交換した頃には、俺はすっかり呼吸が荒くなっていた。否、呼吸が荒かったのも頭がくらくらするのも、緊張のせいだと思い込んでいた俺が炉内の気圧が徐々に下がっていたからだと気付いたのは、すっかり手足の動きも頭の回転も鈍くなってからだった。俺は冷や汗を流しながらも、如何にか交換した部品の詰まったカバンを引きずる様にしてメンテナンス扉の前まで帰ってきた。


だが俺には、ついに扉を開けることが出来なかった。

飛行機の扉は空気の薄い高空を飛ぶが故に、たとえ飛行中にロックが外れても扉が解放されたりしない様に、全て内開きとなっている。炉心の場合は、内部の空気を抜いている最中に開いても、臨界へ向けて内部の圧力を高めている最中に開いても問題で、扉はどちらの圧が掛かっている時にも開かない様に壁に引き込まれるタイプだった。ロックが外れていることを検知すると、安全装置が働いて与圧を下げることなど出来ないはずだったのだが。どうやら俺以外にも、ちゃんと仕事をしていない奴がいるらしい。扉の安全装置はロックの解放を検知しながらも、その結果をオペレータに伝える部分の動作が正しく設定されていない様だ。機械は壊れていなくとも、人間が行う設定が正しくなければ、システムは正しく動作しない。この扉の安全装置を設計した奴か、もし設計が正しいならば設定した奴は、きっと、俺の死体が発見された後で罪を問われるだろう。自分のミスに気が付いて、それを隠そうとして命を落とす俺と、結果的に俺を殺したことになった誰かは、どちらが幸せだろうか?否、高温高圧で焼かれた俺の体は、大した物も残らんかもしれない。熱さを感じる前に意識を失うのは、ある意味幸せなのだろうか。俺はずるずると扉を背に座り込みながら、ゆっくりと意識を手放した。

もし、再びこの世に生まれてくるならば、願わくは・・・。

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