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華龍Story  作者: ryo
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第1章

1.

男が烈瀑の気合と共に切り上げた幅広の長剣と、振り下ろされたドラゴンの鍵爪が打ち合わされ、中空に無数の火花が舞った。


男の名はフィレンツェ、それは、この世界に来て名乗った仮の名前だった。この世界で、まだ冒険者になりたての男の名を知る者は少ない。その名前は男にとって異世界でしかないこの世界で、せめても旅行気分で乗り切ろうとつけてみた、観光都市のパクリだ。この世界に似た中世の街並み、明るい市井の人々、戦乱ではなく芸術と音楽の都。・・・行ったこともないのだが。

イメージなので、多少違っているかもしれない。


フィレンツェは切り結んだ一瞬の反動に合わせてそのまま身を引くが、耐えきれずに剣が手を離れて床を転がった。転がった先は、数メートル右手の壁際だ。自分でも、頬が引きつっているのが分かる。刀身を伸ばした柄になめし革を巻いただけの握りが、血のりで滑った。多分、ドラゴンと自分の分が交じり合った血だろう。

如何にか残された左手の盾を構えると、崩れ落ちそうになる両足に力を込めて弾かれた剣を追う。右の太腿を穿ったドラゴンの鍵爪の跡から、ドクドクと鮮血が溢れ出て、フィレンツェの動線に合せて床の毛足の長い絨毯に消えぬシミを増やしている。

一瞬だけドラゴンから視線を逸らして確認した長剣は、固い爪と幾度となく打ち合わされ至る所で刃が綻び、たとえドラゴンに届こうとも、もはやその固い鱗を切り裂くことは出来ないかもしれなかった。どちらにせよ、これ以上の長期戦は不利だろう。ドラゴンのスタミナは尋常ではないはずだ。たった一人でドラゴンに挑むことなど、やはり無謀なことだったのだろうか?今更ながら、後悔が緊張した思考の隅を掠めて消えた。いくつものパーティーを屠ってきたこのダンジョンの主は、身長3メートル程度の小型種とはいえ、この世界では最強と言われるドラゴンの眷属だ。だが、一方のドラゴンの左の腕も、細かな鱗に覆われた肩から二の腕に掛けて大きく切り裂かれ、ドクドクと深紅の血が滴っている。もはや動かすことは叶わぬであろう。

「お前、良いヤツだな・・・。なんで、剣を落とした俺を襲わない?」

息を荒げたフィレンツェが睨むと、ドラゴンは深い藍色をした双眸を細め、瞳の奥に金色の輝きを宿してフィレンツェを睨み返している。フィレンツェには何故かその輝きが、楽しげに踊っている様に見えた。ドラゴンにはまだ、余裕があるということなのだろう。

「俺はこの世界に来てまだ日が浅いんだが、どうやっても魔法が使えなくてね・・・。聞いた話じゃ、俺の魔力を引き出すには、魔力を事象に変換する魔道具、『藍の宝玉』を使うしか方法がないのだそうだ。お前に恨みはないが、俺はお前を倒して宝玉と魔法を手に入れる。俺が、この世界で生きていく為に!」


左手の小盾を投げ捨てると、今度は両手で長剣を正眼に構える。厚みのある樫の板に補強の鉄を巻いた盾が、重い音をたてて転がった。自分はあの盾を、うまく使いこなせていない。結局ドラゴンのやたら固い爪を盾の木の部分で受けられる確証もなかったし、何度か鉄枠を使って弾くのに使えただけだった。どちらにせよ、付け焼刃のぶった切る様な剣術では、コイツの固い鱗は抜けない。自分に残されているのは、ただ無心にあの一枚だけ、色の濃い鱗を突き通すことだけ。別に他の鱗と形が逆になっている訳ではなさそうだが、位置が喉だし他に良い手も思い浮かばない。僅かにずらした切っ先を、逆鱗に向ける。ドラゴンが自分の弱点に違えず向けられた剣に、少し驚いた様に身じろいだ。ひょっとすると、逆鱗などという言葉は、この世界では伝わっていない知識なのかも知れない。

俺が奴の鍵爪に切り裂かれるか、俺の突きが奴の喉を突き通すか。どうせファンタジーな世界に生きるなら、もっと攻撃魔法とかで勝負したいところだ。だが、それでも俺はこの一撃に賭けるしかない。


最後の攻防は一瞬だった。

仕掛けたフィレンツェに合せて、ドラゴンが残された最強の攻撃力を持つ右の爪を振り下ろす。それでも、普通だったらドラゴンの卓抜した反射神経は、鍵爪による『後の先』の一撃を可能にしてしまう。フィレンツにはこれまでも良いところ相打ちがせいぜいで、次の打ち込みも、結局は剣に新たな傷を増やすだけだったはずだ。だが、一秒の何分の一の分だけ、両者の間合いがブレる様に縮まる。

ほとんど誤差にも等しい、この力こそが俺がこの世界に飛ばされてから唯一得られた能力、一秒の何分の一かだけ、全てを加速する力だった。

しなる様に突き出された剣先が、ドラゴンの喉元を捉えた。叩きつけられたドラゴンの鍵爪がフィレンツェの剣を砕いたが、一瞬、遅かった。

ドッ、と後ろにあった厚みのある木のテーブルを叩き割る様にして、ついにドラゴンは倒れ伏した。喉元の周囲とは違った色合いの鱗を砕いて、フィレンツェの長剣の刃先が深々と突き刺さっている。フィレンツェが固まったかの様な左手を開くと、僅かに折れ残っ柄が床に転がった。


『宝玉は、お前にくれてやる・・・、さっさと止めをさせ・・・』

突如として、ドラゴンの意思がフィレンツェの頭の中に流れ込んできた。囁きに近しい小声なのに、はっきりと響き渡った。フィレンツェは思わず目を見開いて、目の前に倒れ伏すドラゴンを見つめた。ドラゴンは片目を開けて、フィレンツェを見つめている。並んだ牙の間から、獲物の物ではなくドラゴン自身の血が滴っている。目の中には相変わらず金色の輝きが踊っていたが、フィレンツェには、今のそれは悲しげな踊りの様に見えた。


「ごめん、今ので剣が折れちまった。もう、お前のその固い鱗を貫いて、お前の心臓を貫くことは出来ないよ」

ドラゴンの喉に突き立てられた刀身と割かれた鱗の僅かな隙間から、呼吸の度に血が噴き出しては飛び散った。


『そうか・・・。では、今から姿を変える。だが、わたしはそれで、残された魔力も使い果たしてしまうだろう。・・・後は頼まれてくれるな?』

魔物の頼みごとなど聞いたこともなかったが、長時間に及んだ殺し合いを通して、コイツは何故か憎めないヤツだった。


「わかったよ。お前から宝玉を奪った責任を果たそう・・・」

からからに乾いた喉から、如何にか返事を返した。

俺はその時、この世界に来て初めて、後悔という言葉の意味を知った。


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