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Dream story

作者: 佐々木

向こう岸に光る水面に映る太陽は、まるで世界の中心だ。

水が光を反射して、辺りが明るく染まる。

そんな世界を見ていると、よもやそれが神様にすら思えてしまう。

けれど、上を見ると真っ直ぐ指す光に嫌気が差した。


「熱いな・・・」


暑いではなく、熱い。

照り続ける日光に、肌が限界を訴える。

きっとお風呂に夜入ればヒリヒリすること間違いなしだ。

普段から外に出ない私は、余計に酷い。


「・・・・はぁ」


ため息をついても一向にやまない日差しをもう一度見て、歩き出す。

私はもともと体が弱かった。貧弱、といってもいいほどに。

小さい頃から風邪を引く。一度病気にかかった事もあった。

けれどその度に直る。また風邪を引く、の繰り返しだった。


そんなおかげで学校にも馴染めずに、あまり行かなくなった。

もともとあまり行かなかったから、誰も大して気にしてはいなかった。両親を除いて。

私の両親は、私を酷く学校へ行かせたがった。

周囲からの噂とか色々あったんだろうけれど、こんな体に産んだのはお母さんじゃないか。

昔そう言ったことがある。そのとき、母親は泣き崩れて、私は結局父親に叱られてしまった。


こんなことなら病気にかかった時に死んでおけばよかった、と何度思ったことか。

けれど自殺する気にはなれない。怖いのだ。なんだかんだ抜かしておいて、死ぬのが。

死にたくない。けれど生きたい訳じゃない。こんな狭間の中にいる私は、体が強くなってきても足を世間へ踏み出さなかった、踏み出せなかった。

気付いたら皆もうそこにはいなくて、一人取り残されてしまったから。


いくら走っても走っても周りには追いつけないほどの差をつけられてしまって、何もしなくなった。

家の中で読書、インターネット・・・そればかりだ。

親とも顔を合わせたくないので、ご飯は昼間家族がいないときと夜中に軽く食べるだけ。

髪なんかは伸びきって若干気味が悪い。


それなのに何故今外へ足を運んでいるからというと、お婆さんの家に来ているのだ。

親がこんな私の生活に耐えかねて見捨てた、と取ってもよい。それくらい別れはたんたんとしたものだった。

お婆さんは私の立場を何も知らないので、外に散歩しておいで、と言った。

この場所なら誰もいないし。そう思ったのが間違いだった。

まさかこんな暑いとは思うまい。


はぁ、ともう一つため息をつく。

そして踵を返し、祖母の家へと向かった。

こんな日に外なんか出るんじゃなかった。



「あら?おかえりなさい」


居間へ行くと、祖母が机を背にして座っていた。

ただいま、と一言言うと隣に座った。

祖母は嫌いではない、何も知らないから。

私を嫌っていないから。


「・・・何してたの?」


そう問いかけると、大して隠すこともなく返事を返してくれた。

そう聞いてくれたことが少し嬉しそうだ。

頬を赤らめて、口元が緩んでいた。


「これ、(みどり)ちゃんが泊まる部屋片付けとったら出てきたんよ。緑ちゃんが小さくてよく遊びに来てくれてたころ、これで機嫌を取ったものやわぁ」


方言交じりの喋り方で言った。

祖母の手に抱かれていたのは、腕にちょうど収まるくらいのくまのぬいぐるみだった。

ちょっと埃被っていたけれどそれは壊れた様子もなく、大人しく祖母に抱かれていた。

随分と懐かしいものが出てきたものだ。


「あ、お茶いる?待っとってな」


そう言ってのれんをくぐりながら祖母は台所へと行った。

私はくまの丸い黒い目を見た。

最初はボーっと何も考えずに見てたはずなのに、いつの間にかしっかりとその目を確認していた。


“緑ちゃん、”


何処からかそう聞こえたと思った瞬間。

私の意識は落ちていった。



「・・・り、ちゃ・・緑ちゃん!」


耳元で声が聞こえ目を覚ますと、そこは何もない真っ白なところだった。

けれどそこには一つ、ぽつんとこの空間に不釣合いなくまのぬいぐるみが立っていた。

そう、立っていたのだ。

その呆然としていると、見覚えのあるくまのぬいぐるみが口を開いた。


「緑ちゃんってば、ボクが話しかけても全然起きないからびっくりしちゃった。あ、夢の中だから起きるって表現は正しくないかな」


くまのぬいぐるみが喋ったことには驚きを隠せないが、一つのキーワードで納得した。

夢、ということは、この異常現象も理解できなくはない。

だがこの年になってこんな夢を見るって言うのは逆に信じたくない事実だ。


「緑ちゃん?聞いてる?」


首をかしげながら怪訝そうに聞いてくるくまに、首を横に振って応える。

それを否定と取ったのか、くまは再び喋り始めた。


「はぁ・・・ちゃんと聞いててよね。いい?もう一回言うよ?ここは緑ちゃんの夢の中。今お婆ちゃんの家では緑ちゃんは寝ていることになっているよ。そして、ボクはテディ。昔緑ちゃんが名前をつけてくれたよね・・・ってここまでは良い?」


それには首を縦に振った。

何故か今ここでは私は喋れない。体を使って表現することしか出来ないのだ。

それをいとも気にしないように話を続け始めた。


「まぁボクが緑ちゃんを眠らせたんだけどね、それは謝るね。でも一つ、言いたいことがあったんだ」


そう言うと、テディは顔を俯かせた。

影が出来て悲しそうにも、悔しそうにも見える。

どうしたの、と声を出そうとしたが音にならなかった。


「緑ちゃんは・・・本当に皆に置いていかれたのかい?本当に、嫌われていたのかい?」


よく早退する緑ちゃん。とクラスメイトだけでなく、同級生にも嫌われていた。

学校に行かないから、という理由で親に嫌われた。

いまさら、しかも見ていなかったくせに何を言っているんだ。

頭がかぁっと暑くなった。口をパクパクさせるも、音は出ずに消えるだけだった。


「あぁ!ごめん!・・・怒られると思ったから、声を消したんだ。でもね、よく思い出してみて。本当に、君は・・・‘皆’に嫌われて、いたのかい?」


皆。

そんなはずはなかった。

きちんとお見舞いにも来てくれた子もいたし、連絡を届けてくれる子だっていた。

学校に行ったら、大丈夫?と心配してくれる子だって・・・。

お母さんもお父さんも、まだ咳が少し出る私に空気が綺麗だからって半ば無理矢理だけど祖母の家に連れて行った。


ただ、私自身が弱かったと、私が認めたくないだけだった。


「・・・・っ、そんなの、知らないっ、」


やっと声が出たことなど気にせず言い続ける。

なんで、とか、おかしい、とか。言葉にならない言葉を吐き続ける。

じゃあどうしてお母さんは私に大丈夫と言ってくれなかったの、

なんでお父さんは私を叱ったの、

なんで、なんで・・・。

テディはそれに一つずつ丁寧に答えてくれた。


「お母さんが大丈夫と言ったのは、淡い期待を見せないため。後でつらいのは君だから」

「お父さんが叱ったのは、なんで産んだの、と言ったから。本当に大切で、大事な君なのに」


私が全て、知っていたことだった。

知っていたのに分かろうとしなかったことだった。

ぽろぽろ、なんてずっと出してなかった涙が頬を伝った。

口に入るとちょっとしょっぱくて、苦くて。

涙の味がした。



「緑っ、緑!」


私を呼ぶ声で目が覚める。

目を開けたら、すぐそこにお母さんとお父さんの顔があった。

びっくりしたけれど、すぐに安心した。

するとお婆ちゃんが安堵した表情で言った。


「ほんまよかったわぁ、緑ちゃん。呼んでも起きへんし・・・急いで、お父さんとお母さんに電話しちゃって」


ごめんなさい、ありがとう。そう言うとお母さんとお父さんに向き直った。

二人は少し目元に涙が残っていた。

泣いてくれたの、そう思うと少し心が暖かくなった。


「・・・・お母さん、お父さん。ごめんなさい」


今までのいろんなごめんなさいをこめて。


なんで産んだの、なんて言ってごめんなさい。

元気なのに元気な姿見せなくてごめんなさい。

心配してくれてたのに無視してごめんなさい。


・・・愛してくれたのに、愛してあげなくてごめんなさい。


「・・・ふふ、いいのよ。私たちも言いすぎたわ、貴女の意思を尊重すべきだった」

「気にするな」


二人はそう言うとはにかんだ。

ごめんなさい、そうとは声にならなかった。

かわりに、うんと久しぶりな笑顔を見せてあげた。


「お母さん、お父さん。・・・・ありがとう」


私の隣には、くまのぬいぐるみが私の弱さを吸ってくれたように、静かに眠っていた。


今回気分転換に書いた作品。

少し主人公の思い込みが激しいような気もしますが、気にしないでください。

くまのぬいぐるみって、なんかファンタジーなイメージがあります。


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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。 米本城初音と申します。 凄くふわふわして、ほのぼのとしたお話で、癒されました! 小説を読みここまで癒されたのは初めてです。 愛されていたのに愛さなくてごめんなさい。 この一文…
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