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秋元柚木の日常

 秋元柚希の日常

「姉貴、楓となんかあったの?」

 海での帰り道、車の中で秋人にそう聞かれた。しかし、何かあったかと聞かれると何とも言えない……確かに楓が私に対して、お兄ちゃんに近づかないで! と警告してきたことはあった。だからといって、それを秋人に言うのはなんというかまずい様な気がする。そもそも、車の中には楓がいる。もちろん、今は寝ているので、話は聞こえはしないだろうけれど、良くはないと思う。

「うーん……なんで? 別にそんなことないけど?」

 とりあえず、適当にはぐらかしておくのが最良だろう。

「でも、昔は姉貴と楓仲良かったじゃん? それなのに、なんか昨日は楓が姉貴と海行くの嫌がってたし、姉貴もそれをわかってる雰囲気だったじゃん」

 その理由は私が知りたいくらいだ。私がそれをわかっている雰囲気だったのは失敗だったかもしれない。そのせいか、秋人が妙に食いついてくる。そもそも、私に聞くよりも楓に聞いたほうが早いのではないだろうか? 秋人になら楓も話すかもしれない。そう思って秋人に聞いてみる。

「楓に聞いてみたら? 多分、私には教えてくれないだろうし……」

「楓が教えてくれないから聞いてるんだって!」

 なるほど。秋人にも言わないのか……となると、問題は予想以上に解決しにくいものなのかもしれない。

「そう言われてもなぁ……私もあんまり知らないんだよね。楓がなんか私を避けてるのは知ってたけどさ」

 楓からの警告があったことは言わずに伝える。

「それなのに今日海ついてきたのかよ……」

「まぁいいじゃん! 久しぶりに海行きたかったんだもん」

 といっても、結局私はほとんど荷物番で二人と遊ぶことは叶わなかったわけだが……そもそも、今回海についてきた理由は二人ともっと仲良くなるためだったのだ。秋人と話せるようになったものの、まだ少しぎこちないし、楓にはまだ嫌われたままで、ここは一つ、一緒に海に行って親交を深めるべきだと思ったのだ。楓が嫌がるのは分かっていたけれど、海で一緒に遊べばなんとかなると思っていた……しかし、仲良くなれるどころか一緒に遊ぶことすら出来なかった。

「そういえば、姉貴ナンパされてたみたいだけどどうだったの?」

「見てたの!?」

「うん。楓が見つけてた」

「はぁ……見てたなら助けてよ! 大変だったんだから!」

 一人で寂しく泳いだり、変な男達にナンパされたり、暑い中で一人、荷物番をしたり、散々な海だった。久しぶりの海だというのに……でも、車の中だけでも秋人と普通に話せる機会が出来ているのが幸いだ。

「そいつら、楓のこともナンパしててさ……」

「へぇー楓可愛いからねぇ」

 まだ中学生だというのに大したものだ。

「俺が追い払ったけど、やっぱり海はそういう男がいっぱいいるんだなぁ」

「楓の時は秋人が追い払ったんだ……」

「当たり前だろ! 人の妹に手出そうとするとかありえねえっつーの!」

 何その扱いの差……。秋人の妹萌えに少し呆れつつも、まぁ確かにこの可愛さは守ってあげたくなるのかもしれないなぁ……バックミラー越しに気持ちよさそうに寝ている楓を見てそう思った。

家に着くと楓と秋人は自分たちの荷物を持って、走って家に入っていく。海であんなにはしゃいでいたというのに元気なものだ。これが若さなのかなぁ……いや、私もまだまだ若いでしょ! と、自分にツッコミをしつつも、走る元気はなく、歩いて家へと向かう。大学生ともなるとこんなものだ。

 部屋についてすぐ、私は荷物を投げ捨ててベッドに倒れこんむ。疲れた……ほとんど荷物のところで座っていただけなのだけれど、暑さと退屈にやられた……。それにして、楓が私を避けている理由を聞き出す方法はないものか……秋人にも言わないとなると、ますます解決は難しい気がする……とにかく楓と接して、反応を見ていくしかないのかもしれない。嫌がっているのに無理やり遊ぶというのもマイナスなイメージになりそうだけれど……今はそれしかできることがないのだから、それをやるのみだ!何もやらないでこのままよりはきっといいはずだろうと思う。

「……とりあえず、今日は寝よう」

 私は電気を消してそのまま眠りについた。


 朝起きて朝食を食べにリビングへ行くと、少し違和感を覚える。楓が朝食を食べていたというだけの普通の光景なのだけれど、どこか変だと思った。まぁ何はともあれ、ここで楓と話す機会を作れるかもしれない。今日は楓にどんどん話しかけていこう。

「楓おはよー」

「……」

 とりあえず、あいさつはスルーされる。これくらいのことは想定済みだ。別段気にならない。秋人の時もこんな感じだったような気がする。母がいないということは、多分どこかに出かけているのだろう。大体こういう時は町内会の集まりに出ていることが多い。今日も多分それだろう。私はキッチンの方に行き、適当に朝食の準備をする。私は自分の分の朝食とコーヒーを淹れて、リビングのテーブルに持っていく。

「……」

 それと同時に無言で席を立つ楓。私が来た時はまだ食べ始めだったというのに……私と二人きりが嫌で急いで食べたのだろうか? 悪いことをした。いや、この場合はあからさまに避けられて悪いことをされたのだろうか? まぁそんなことはどうでもいいのだけれど……結局、楓と話すことは出来なかった。

そういえば、秋人はどうしているのだろうか? 不機嫌そうにリビングから出て行く楓を見てそう思った。……そうか、秋人がいないのか! 先ほど感じた違和感に気がつく。夏休みに入ってからというものの、あの二人はほとんど一緒にいた。それは朝食のときも例外ではない。朝起きる時間は違うものの、秋人は先に起きても楓が来るのをリビングで待っているし、楓が先に起きたときはわざわざ秋人を起こしに行っていたと思う。それは部屋から聞こえてきた声で知ったのだけれど……とにかく、秋人と楓の夏休みが始まってからあの二人が朝食を一緒に食べていなかったときはない。もしかしたら、秋人は朝早くから出かけたのかもしれないけれど……

「おはよう……」

 寝癖で頭がボサボサの秋人が眠そうにリビングへ入ってくる。やっぱり出かけていたわけではないようだ。

「おはよう」

 とりあえず、私は挨拶を返して様子を見ることにした。秋人はソファー座ってテレビを見ている。どうにもおかしい。朝食を食べる様子はない。楓がもう朝食を食べ終わったことを知らないのだろうか? いつものみたいに楓を待っている様に見える。これは直接聞いてみたほうが早いかもしれない……

「秋人、朝食食べないの?」

「んー楓が起きたら食べるからまだいいやー」

 やっぱり知らない様だ……これは教えて上げた方がいいだろう。

「楓ならさっきもう食べてたよ?」

「え? まじで!? なんで!?」

 すごい勢いで驚く秋人。

「なんでって……それは私にはわかんないけど」

「はぁ……まじか……出かけるとか言ってたかなぁ?」

「とりあえず、ご飯食べたら?」

「……そうだなーそうする」

 秋人がそう言いながらトボトボとキッチンの方へ向かっていく。別になにかあったわけでもなさそうだ。今日は楓がたまたま一人で食べていただけなのかもしれない。別に一緒に食べなくてはいけないわけでもないだろう。そんなことを考えながら朝食を食べていると、秋人が朝食を準備し終わり、テーブルに座る。楓と話すのは失敗したけれど、今度は秋人と話すことにしようと思った。

「そういえば、なんで秋人って楓と仲良くなったの?」

「ぶほっ!」

 私が前々から気になっていたことを秋人に聞いてみると、丁度飲んでいたコーヒーを吹き出した。

「なにやってんの……? はい、タオル」

 私は秋人にタオルを渡す。秋人が妹萌えだということは知っているけれど、どういう経緯で仲良くなったのかはまだよく知らない。そこに楓との問題を解決する鍵があるんじゃないかと思ったのだ。

「はぁ……いや、ほら、俺ってあれじゃん……なんというか……その……」

 秋人がバツが悪そうな顔で言う。

「あー妹萌え?」

「あー……うん。やっぱわかってた?」

「まあね。お姉ちゃんは弟のことはなんでもわかるもんなんだよ! 隠し事しても無駄ってわけよ!」

 私は自慢気に言うが、実際は美咲先輩に聞いたのだけである……

「まぁ、いいや……そういうことなんだよ」

 どういうことだ……それじゃ全くわからない。

「いや、そうじゃなくてさ……どんな感じで仲良くなったのかなぁって。前は話すこともほとんどなかったじゃん?」

「まぁ、そうだけどさ……」

「そもそも、いつから妹萌えなの?」

 私はまた気になっていたことを聞く。

「姉貴がアメリカに行った時くらいだったかなぁ……まぁ、高校入ってからなのかな? その頃はまだ、普通にアニメとかの妹可愛いと思ってて、楓とは全然別のものとして考えてたんだけどね」

 なるほど。美咲先輩もリアルで妹萌えしてるやつは普通いないと言っていた。秋人も元はそうだったということなのだろう。

「そんで、姉貴がアメリカ行って一週間くらいかなぁ……俺は姉貴が留学してるのなんて知らなかったから、いつも楓が暇そうだにしてんなぁとしか思ってなかったんだけど……」

「え!? ちょっと待ってちょっと待って……私がアメリカに留学すること知らなかったの? なんで?」

 そんなことは初耳である。

「なんで? って姉貴が言わずに行ったからだろ?」

「嘘……!? 言わなかったっけ? あれー? おかしいな……」

 そういえば、そうだった様な気もする……。

「俺は後で母さんに聞いて知ったよ。楓が知ってたのかは知らないけど……」

 あの時は留学の準備で忙しく、楓と遊ぶ時間もなくて、伝え損ねた様な気がする……楓が遊ぼうと言っても、忙しいからと断っていた様な記憶がある。あまり覚えていないが、あの時は本当にいろいろと大変だったのだ。

「ごめんねー言うつもりだったんだけど……」

「いや、俺は別にいいんだけどね。」

 秋人がそう言う。まぁ確かに、あの時の秋人からしたら別に私がいてもいなくても、大して変わりはなかったのだろう。

「まぁ、それで俺がリビングで携帯ゲームやってるとすげー楓が見てきてさ……見てるのバレてないと思ってチラチラこっち見てくんだけど、なんかそれが面白くてさ。だるまさんが転んだみたいな感じで遊んでたんだよ」

「ぷっ……なにそれ?」

 私は昔の秋人のツンツンしていた態度を思い出して、その秋人がそんなことをしているのを想像して笑ってしまう。

「いや、なんかビクビクしながらこっちの方をチラチラと何回も見てきてさ……なんか小動物みたいで可愛いなぁと思ってね。まぁビクビクしてたのは多分、あの時の俺の態度のせいなんだろうけどさ……」

 確かに、あの頃の秋人の態度では、楓は怯えるだろうなぁ。家ではほとんど私にべったりだったし、その私がいなくなってどうしたらいいかわからなかったのかもしれない。そこで、兄である秋人に遊んでもらいたいと思ったけれど、怖くて中々話しかけられなかったと言ったところだろう。

「そんな感じのことを十分くらいやってたら、なんか笑っちゃって。楓はなんで笑われたのか全然わかってなかったみたいだけどさ。それからちょっと話す様になって、今に至るわけだけど……」

「へぇーなるほどねー」

 秋人が丁度、朝食を食べ終わったところで話にも区切りがつく。私がいない間にいろいろあったんだなぁと思った。留学で楓を一人ぼっちにさせてしまったのは心が痛い。本当は他の人が行く予定だったものを急遽、私が行くことになった形で、元々海外に行きたかった私はすぐ母に許可をとり、準備して間もなく出発だったのだ……秋人に言い忘れていたのはそのためだと思う。

「そういえば、一応聞いておくと秋人の妹萌えは妹として好きってことであって、別に異性として好きっていうわけじゃないんだよね?」

「ぶはっ! ごほっごほっ……」

 さっきよりも盛大にコーヒーも吹き出す秋人。全くもって汚い……私はまた秋人にタオルを差し出す。

「そんなわけねえだろ! 普通に妹として好きなんだよ!」

 秋人がタオルを受け取って、テーブルを拭きながらそう言う。

「そっかそっか。それならよろしい」

 何故、美咲先輩の予想はこうも当たるのか……あの人はエスパーかなにかなんだろうか? 私は少し怖くなってくる。 

「よろしいってなんだよ……それじゃ、俺はそろそろ楓の様子を見てくるわ」

 秋人が朝食のお皿を片付けながらそう言った。

「はいよー。私は最近秋人とまた話せる様になって嬉しいよ」

「は?……いや、そんくらい普通だろ?」

「まぁそうかもしれないけどさ……それでも嬉しいよ」

「……」

 秋人は黙ってリビングを出て行った。顔は見えなかったのでどんな表情をしていたのかはわからないが、きっと照れていたのだろう。可愛いやつだ。


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