秋元秋人の計画
秋元秋人の計画
夏休みの計画というものはやっぱり立てたくなる。特に予定がなくても、今年の夏は何をしよう、どこに行こうなんてことを考えてしまうのが人間というものだ。実際に行くか行かないかは別としても、この日はここに行って何をして、なんて感じで順調に夏休みの計画を立てていく。その計画がうまく進めば気持ちがいいものだ。
もちろん、俺も夏休みの計画を立てていた。今年の夏は妹と海に行き、遊園地に行き、そして花火をする。そんな妹尽くしの予定を立てていたのだ。そのための準備もしてきた。してきたのだけれど……。不測の事態というものは起こりうるものだ。俺の中のイレギュラー――つまり、姉貴の存在が俺の夏を無計画なものへと変えた。
今日は楓と海に行く予定だった。『楓と海に行く』予定だったのだ。電車で一時間ほどの近場にある海で、夏をエンジョイするはずだった。しかし、今俺は車に乗って海へ向かっている。もちろん、俺はまだ高校生で車の運転なんてできないし、楓なんて尚更、運転できるはずがない。母親も免許は持っていないし、父親は海外だ。要するに、海には姉貴がついてきているということである。俺の斜め前にはルンルンと運転している姉貴がいて、隣には不機嫌そうな楓がいる。なんでこうなった……。
海へ行く前日。俺と楓は海に行く事に期待を馳せてはしゃいでいた。海に行くのは久しぶりで、俺も楓もわざわざ今日のために水着を買ったのだ。楽しみではしゃぐくらいのことは当然だろう。俺達はリビングで海に行ったらどうするかという話をしていた。
「何? 明日海行くの?」
飲み物を取りに来ていた姉貴が俺たちを見てそう言った。
「そうそう。海とか久しぶりなんだよなぁ」
この間のこともあり、俺は前みたいに無視することもなく普通に答えた。
「あのさ……私も行っていい?」
「は……?」
予想していなかった一言に驚く俺。姉貴が着いてくる……?まぁ、別にいいか。いや、待て待て。妹と海へ行く、それが重要なのではないか? でも、ここで断ってこの間みたいに泣かれでもしたら……でもなぁ……とりあえず楓に聞いてみるとしよう。
「うーん……楓、どうする?」
「やだっ!」
楓が珍しく大きな声を上げる。俺はそれに少し驚いた。楓は姉貴と仲が良かったし、別に問題ないと思ったのだけれど……。
「……嫌だそうだ」
とりあえず、楓に強く拒絶された姉貴の反応を伺う。これはまためんどくさいことになりそうだ……。
「いや、まぁ楓はそうだとして……秋人はどうなの?」
「え!?」
楓の拒絶を軽く受け流して、俺に質問をしてくる姉貴。これにも俺は驚く。もっとショックを受けると思っていたが……。
「いや、俺は別にいいけど……」
「なんで!?」
とりあえず、俺がフォローを入れたところで、楓がまた大きな声を上げる。
「いや、なんで? って……まぁ別に海なら多い方が楽しいかなぁと思って……」
「お姉ちゃんがいたら楽しくない!」
そこまで言うか……一体この二人になにがあったというのか。
「まぁ、そういうわけだから……姉貴、今回はごめんな」
ここまで楓が嫌がっているのだから、これは断るしかないだろう。これなら姉貴もわかってくれるはず……
「秋人、お金あるの?」
「は?」
「海に行くのはお金がかかるでしょ? 電車賃からご飯代までいろいろとお金がかかると思うんだよねぇ」
「そうだけど……それが?」
姉貴がどうも含みのある言い方をする。
「お金あるの?」
「いや、それくらい持ってるって……」
「まぁ、秋人は持ってるかもしれないけど、楓はどうだろうね?中学生でまだお小遣いも少ないし、海に行ってお金を使ったらこれから夏休みを最大限に楽しめる分は残らないんじゃないかな?」
確かに楓のお小遣いは俺より少ない。それほど貯金してるようにも見えない。楓の方を見ると俯いて何かを考えている。この様子は多分そんなにお金を持っていないのだろう。
「でも、かっこいい秋人お兄ちゃんはそんな楓を心配して海のお金は出してくれるはず! そうだよね!」
「え……いや……えーっと……」
俺もそんなにお金があるわけじゃない。正直、自分の分で精一杯だ。しかし、ここまで言われて、お金がないから無理というわけにもいかない。それでは楓に甲斐性のないダメな兄貴だと思われてしまう……。どうしたものか考えている俺に姉貴が近づいてきて、耳元で囁く。
「私なら車運転できるし、海に来るまで連れてって上げてもいいんだけどなぁ……そしたら電車賃も浮くし、余裕ができるんじゃない?」
結局、姉貴の甘言に乗せられて今に至るわけだが……。それにしても、疑問なのはどうして楓がこんなに姉貴を嫌がっているのかである。俺がまだ思春期で、家族と話すのが恥ずかしいと思っていた時期に楓は姉貴にべったりくっついていた。俺から見ても二人は仲が良かったし、一緒に何処かへ出かけることも多かったと思う。それがいつの間にかこの状態である。
「いやー海とか久しぶりだなぁ! 楽しみだなぁ!」
「……」
ハイテンションで車を運転する姉貴と納得のいかない様子でふくれっ面の楓。そして、気まずい俺。楽しいはずの海がどうしてこんなことに……まぁ、半分は姉貴に乗せられた俺のせいなのだけれど。
「……楓、そろそろ機嫌直せよ」
「……」
昨日から全く口を利いてくれない楓。非常にまずい。俺の妹萌え夏休みが……
「なんでそんなに姉貴と行くの嫌なんだよ? お前、姉貴とは仲良かっただろ?」
「……」
「わかったわかった。海ついたらアイス買ってやるから!な!」
「……うん」
ふぅ……なんとかなった。楓もまだまだ子供だな。アイス一つで機嫌が直るなんて……
「とうちゃーく!」
姉貴の言葉で車から降りると、いつの間にか海についていた。潮の匂いと湿った空気、涼しげな風が吹いてくる。久しぶりの海である。やっぱり海がいいなぁ。夏を実感するにはやっぱり海だ! 海以外にはありえない!
「それじゃ、私は車停めてくるから先行ってて」
姉貴がそう言って車で駐車場へ向かう。その間に俺と楓は荷物をもって浜辺へ行き、適当な場所に荷物を置いて姉貴を待つことにした。
「姉貴来るまでアイスでも食べてるか!」
「本当に!? やったぁ!」
さっきまでの不機嫌はどこに行ったのか……アイスくらいで機嫌が直るとは、楓本当にまだまだ子供だ。
「それじゃあ買ってくるから、ここで荷物見ておいて」
「うん! わかった!」
そう言って俺はアイスが売っていそうな店に向かった。こういうところの物は値段が高い……まぁ、これも楓の機嫌を直すためだ。仕方があるまい……
俺が戻ると既に姉貴と合流できていた様で、二人は無言で座っているだけだった。なんなんだこの状況……とりあえず俺は楓にアイスを渡して、日陰に入る。
「ありがとう! お兄ちゃん!」
この一言だけでこの暑さも吹き飛ぶ。やっぱり妹は最高だ。
「お兄ちゃん!一緒に泳ごう!」
アイスを食べ終わった楓が俺の腕を引っ張りながら言った。どうやらもう遊ぶ気満々らしい。そういえば、荷物どうするか……
「荷物は私が見てるから行ってきなぁ」
俺の視線に気がついたのか、姉貴が荷物番を買って出たので、お言葉に甘えて楓と泳ぐことにした。姉貴を連れて来て正解だったなぁと思った。よくよく考えたら荷物もロッカーに入れたりしないといけなくて、お金がまたかかるところだった。正直それほど海でどうするかを考えていなかったので、姉貴がいてくれて助かった。とりあえず……
「よし!楓、泳ぐぞぉ!!」
「おー!」
今は楓と海をエンジョイするのだ。それが今日、俺のやるべきことだ。俺たちは海に向かって走り、そのまま海へ飛び込んだ。
「冷たーっ!」
楓がびっくりしたように声を上げる。
「いやー!夏だ!海だ!水着だぁ!」
俺もだんだんテンションが上がってきた。
「えいっ!」
楓が手で水をすくい、俺にかけてくる。口の中に少し海水が入り塩辛い味が広がる。
「やったな!」
俺も負けじと楓に水をかける。これぞ海!
「はっはははは」
「あははははは」
海最高!妹最高!生まれてきてよかった!!!!
海で泳ぎ尽くした後、俺と楓は昼飯を食べることにした。
「あっ……」
荷物を置いた場所に戻ってから、姉貴に荷物番を任せっぱなしだったのを忘れていた。
「あぁ……お帰り……」
パラソルの下で姉貴が死にそうな顔をしていた。悪いことをしたなぁ……折角、海に来たというのに姉貴はまだ海に入れていない。ここは少し優しくしてあげよう。
「俺ら昼飯買って来てここで食べるから、姉貴海入ってきなよ!」
「んー……え!?」
「姉貴せっかく海に来たのにまだ一回も入ってないだろ? 暑そうだし、俺らがここで飯食いながら荷物見てるから、海入ってきな?」
「えっ……? ああ、うん……」
フラフラと海の方へ行く姉貴。大丈夫だろうか? 海で涼しくなれるといいけど……とりあえず、俺は自分の分と楓の分の食べ物を適当に買って来ることにした。
「楓はなんか食べたいものある?」
「えっとね! 焼きそば!」
「了解! そんじゃ、買ってくるよ」
「いってらっしゃーい」
焼きそばだったらさっきアイスを買ったとこに売っていた気がする。というか焼きそばくらいならどこの店でも売っているだろうけど……。
俺が飯を買って戻ると、楓が二人組の男に話しかけられていた。同級生だろうか……? なんて考えるまでもなく俺は走って楓のところへ行く。
「すいません。妹に何か用ですかね?」
「あ、お兄さん? ちょっと妹さんと遊んでもいいかな?」
大体俺と同じくらいの年齢であろうチャラチャラしてそうな男がそう言った。
「いいわけねえだろ?」
「は? いや、ちょっとくらい……」
「いいわけねぇって言ってんだよ。殺すぞ」
もう片方の爽やかそうな男の言葉を待たずに睨みつけて言い放つ。
「……」
二人は顔を見合わせて舌打ちしながら帰っていった。
「楓! 大丈夫だったか? なんか変なことされなかったか?」
「もー心配しすぎだって! ただ話しかけられただけだよ」
「話しかけられただけって言っても、どうせ一緒に遊ぼうとか変なこと言ってたんだろ?」
「まぁそうだけど……あれくらい自分で断れるよー」
「そうは言ってもなぁ……」
妹が可愛すぎるというのも考えものだ……よからぬ男がわらわらと寄ってくる。まぁ、これも可愛い妹を持った兄の宿命というやつか……
「お兄ちゃんは心配性だなぁ」
楓が笑いながらそう言う。
「でも……ありがとう」
はぁ……なんで俺の妹はこんなに可愛いんだろうか? 不思議だね。もう奇跡だよこれ。やっぱり妹最高! 海に来てよかったあああああああああああああ!
「あっ!」
楓が何かに気がついた様に声を上げる。
「ん? どうかしたか?」
「……」
楓の視線を辿ると、さっきの男達に話しかけられている姉貴がいた。
「姉貴も大変だなぁ……とりあえず、飯食おうぜ!」
そう言って俺はさっき買ってきた焼きそばを楓に渡した。
「……うん。いただきます!」
俺も自分の分の飯を食べ始める。
「そういえば、楓は何で姉貴のこと嫌なんだ? 昔は仲良かったじゃん」
俺はこの機会に聞きたかったことを聞いてみることにした。
「……」
しかし、楓は答えない。あまり言いたくないのだろうか?
「喧嘩でもしたか? 姉貴もなんか楓が嫌がってるの知ってたみたいだし」
「別に……」
あからさまに不機嫌になった楓。やっぱり何かあったのだろうか?
「そっか……それより、食べ終わったらまた泳ぎにいこうぜ!」
「うん!」
後で姉貴の方に聞いてみた方がいいかもしれないな……。