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秋元柚木の計画

秋元柚希の計画

「なるほどねー」

 私の話を聞いて美咲先輩がそう言った。私が美咲先輩に電話をした次の日、私は美咲先輩と約束を取り付け、またしても大学付近の喫茶店に来ていた。もちろん、秋人のことを相談するためだ。美咲先輩は昨日、かなり飲んでいたようだけれど、今日もいつもと変わらない様子だった。この人は二日酔いとかないのだろうか……?

「まぁ、要するにあんたはアホだね」

「えっ!?」

 美咲先輩がケラケラと笑いながら、机の上に置かれたコーヒーを飲む。私は何故アホと言われたのかわからないままである。

「普通、姉が妹の振りしたりしないでしょ」

「いや、でも先輩が……」

「いやいや、私は妹になれなんて言ってないよ?」

 確かにその通りなのだけれど……

「まぁ、あのネコミミとメイド服を騙されて着ちゃうくらいだからねー」

「……」

「いやーごめんごめん。まさかそこまで騙されやすいとは思ってなかったからさ。まぁお詫びに今回は真面目に相談に乗るからさ」

「本当ですか!?」

 私はつい大きい声を出してしまう。今日もまた他のお客さんの注目を浴びてしまった。私はあまり目立つのは得意ではない。もちろん、時と場合にもよるのだけれど……。とにかく、美咲先輩が真面目に答えてくれるというのはありがたい。

「んーまぁ弟君の方はなんとかなりそうだけどね」

「なんとかなるんですか?」

 今度は声を抑えて答える。

「うん。弟君はどうとでもなるよ」

「どうとでもなるんですか? 私、何してもダメだったんですけど……」

「まぁ、普通に話せるようにはなると思うよ」

「普通に話せればそれでいいですよ……」

 今は普通に話すどころか、無視されている。たまに話す時は大体怒られる時だ。それを話すと言えるのかどうかは別として……

「いや、目的を忘れてない?」

「目的……?」

 はて……? なんだったか。当初の目的は秋人と普通に話せるようになって、秋人と楓と普通に仲良く暮らす……楓? 妹……あっ!

「そうでした。秋人の妹萌えを姉萌えで倒すんでした。あれ? でもこれって美咲先輩の冗談だったんじゃ……」

「まぁ、冗談の部分もある」

「……」

「いやーだからごめんって」

 美咲先輩がまたケラケラと笑っいながら謝る。

「いえ、いいんですけど……それより、どこまでが冗談なんですかね?」

「んーそうだなぁ……」

 この人また適当なことを言っているんじゃないだろうか?

「いや、ちがうよ? 私は実際に見てたわけじゃないから、あくまで推測しかできないからさ」

 訝しげにしていた私に気づいたのか美咲先輩がすぐに否定する。

「多分、弟君の妹萌えは恋愛的な意味じゃなくて、ただ可愛いものを愛でたいっていう感じなんだと思うんだよね」

「愛でたい……」

「だから、現状では別に問題ないんだよね。弟君の妹を好きっていうのは、妹は俺の嫁! みたいな意味だ、とか言ったけどさ……」

「なるほど。じゃあそれは放っておいて問題ないんですね?」

 だとすると、目的は最初の秋人と普通に話せるようになるってだけでいいのでは?

「いや、放っておくのはまずいと思う」

「なんでですか?」

 私には特に問題ないように思うけれど……

「弟君は高校生なわけでしょ? いろいろと間違いが起こりやすい多感な時期でもあるし……妹の方も思春期真っ盛りでいろいろと勘違いしやすい時期だと思うんだよね」

「間違い……ですか?」

「あーあんたにはわからないか……要するにさ……」

 美咲先輩が左手を口のところに持っていき、耳打ちをするときの形を作る。私はそれに気がついて片方の耳を差し出す。

「――――。」

 美咲先輩が起こりうる間違いについて詳しく説明する。

「――というわけ」

「……はい。なるほど……わかりました……」

「あはははは。あんた本当にこういう話ダメだね」

 美咲先輩がお腹を抱えて笑う。

「大学生にもなってこんな話で顔真っ赤にするって、どんだけピュアなの!」

 美咲先輩は笑いが止まらないようだった。私としてもそれなりの知識はあるし、別に苦手というわけでもないのだけれど……どうにも恥ずかしい。

「まぁ、とにかくそういうことが……ぷぷっ……あるから……くっははははは」

「笑いすぎですよ! 美咲先輩!」

 そこまで笑わなくてもいいと思う……。

「はぁ……ごめんごめん。とりあえず放っておくのもまずいって話よ」

「そうですね……そんなの絶対ダメです! それで、どうしたらいいんですかね?」

「確か、妹の方にはお兄ちゃんに近づかないでとか言われたんだっけ?」

「はい。まぁ、あれは私が変なことしてたからかもしれませんが……」

 秋人が嫌がっていて、楓が代弁したという可能性もある。

「変なこと?」

「いや、先輩に騙されてやったことですよ……」

「あーそういうことね」

「……?」

 美咲先輩が何か含みのある言い方をして納得する。

「そうなると、問題は弟君の方じゃなくて妹かもね……」

「楓がですか?」

「うん。まぁ、とりあえず弟君の方をどうにかしようか」

「はい……そうですね」

 楓の方が問題というのはどういうことなのかわからなかったけど、話を進めることにした。

「そういえば、あんた姉萌えの条件って調べたんだよね?」

「調べましたけど?」

 あんな無茶な条件は合っているのかわからないけれど……

「じゃあその通りにすればいいよ。それで弟君の方はなんとかなる」

「え!? あんなの無理ですよ! 美咲先輩みたいな完璧超人なら出来るかもしれないですけど、私には無理ですって!」

「そうかなぁ? あんた料理くらい作れるでしょ? 勉強も運動もそれなりに出来るし、後はあんたの気持ち次第だと思うよ?」

「そうですかねぇ……あんまり自信ないです」

 そもそも、優しいとかちょっと抜けたところがあるって一朝一夕でなんとかなるものじゃないと思うんだけど……

「まぁ不安だったらこれを飲みなさい」

 そう言って美咲先輩は鞄から怪しげな缶を取り出した。ラベルの貼られていない缶ジュースの様だ。もちろん、中身はわからない。

「……なんですか? これ」

「そうだなぁ……魔法のジュース。体に害はないし、無理かなぁと思ったら飲むといいよ」

「はぁ……」

 私は一応その怪しげな缶を受け取った。少し不安ではあるものの、流石に毒物だったりはしないだろう。

「問題はいつやるかね」

 私が缶を眺めていると、美咲先輩がそう言った。

「いつやるか……ですか?」

「普段弟君の側には妹がいるわけでしょ? 妹に近づかないでと言われた以上、その時に近づくのは難しいと思うんだよね」

「確かにそうですね」

「だから、妹がいない時まで大人しく様子を見なさいな」

「なるほど。分かりました」

 その後、秋人と話せる様になった後のことをいくつか教えてもらって喫茶店を後にした。


 と、言うことがあって今に至るわけだけれど……現在、私は非常に困っている。何故か秋人の部屋のベッドで寝ていて、何故か記憶が飛んでいる。作戦を決行するために私は、昼ご飯を作り秋人へ料理が出来るというアピールをしたのだ。しかし、その後どうすればいいのかと悩んで……そこから記憶がない。秋人は普通にゲームをやっていて、私が起きていることには気がついていないようだ。これは見つからない内に出て行った方がいい気がする……。そう思って私は忍び足で部屋を出ようとした。

「痛っ!」

 しかし、寝起きの足で慣れていない秋人の部屋を歩くのは難しく、下に転がっていた雑誌につまずいてしまう。当然、秋人に気がつかれる。ヤバイ……絶対怒られる。

「あ、起きたんだ。おはよう」

「え……? あ、うん。おはよう……」

 普通に挨拶された。なにこれ? 逆に怖い……。私の記憶が飛んでいる部分で一体何があったというのか……よく見ると秋人の服が昼間と違う。そんなに詳しくは覚えていないが多分違う。そして私の服も記憶が飛ぶ前と違う。これは間違いない……本当に何があったんだ……!

「うーん……」

 何が起きたらこういうことになるのか、私には全く検討がつかない。こんなとき美咲先輩だったら何があったか予想できるんだろうけど……美咲先輩? もしかして……そこで私はあるひとつの可能性を思いつく。そう、先輩が言っていた間違いというやつである。……いやいや、まさかね。ありえないし! 姉弟だし! 意味がわからないし! でも、何故か秋人の部屋のベッドにいたし!

「……」

 なんかよく見たら秋人は風呂に入った痕跡がある……髪がちょっと濡れていて、床にタオルが落ちている。実際にこんな場面を体験したことがないからわからないけれど、先にシャワー浴びてこいよみたいな……いやこの場合、後でシャワー浴びましたみたいな! ……なにそれ? 意味わかんない! どうしよ!? どうしたらいいんだろ!? とりあえず落ち着こう。うん。そうだ! 落ち着こう。……よし、落ち着いた。私は自分の頬を叩いて落ち着かせる。もうこれは秋人に真実を聞いてしまった方がいいだろう。このまま悩んでいても答えはでないのだ。きっと間違いなんてなかったに違いない。いや、ないに決まってる……多分。

「えーっと、あの、秋人……」

「なに?」

 ゲームをやっていた秋人がテレビからこちらに目を向ける。

「もしかして私……やっちゃった?」

「……は?」

「いや、その、なんもなかったならそれでいいんだけど……なんか着てる服がなんか記憶と違うし、もしかして……と思ってね。いや、まさかね。そんなことないよね?」

 そう、そんなはずはないのだ。間違いなんてなかった!

「……まぁ、やっちまったな」

「え!?」

「めちゃくちゃ大変だったんだぞ! 姉貴のせいで!」

「えぇえええええ! 嘘! 嘘だよね!? 嘘でしょ!?」

「覚えてないのかよ……」

 何故かこっちに近づいてくる秋人……。

「ひぃ……」

 私は咄嗟に後ずさってしまう。

「うあっ! ……いたっ」

 またしても床に転がっていた雑誌につまづいて転んでしまった。後ろがベッドだったので怪我はなく済んだから良かったものの、この部屋は片付ける必要がありそうだ……ってそうじゃなくて! それよりも問題は別だ。秋人が既に目の前まで来ていた。そしてこちらに顔を近づけてくる。

「いや、まずいって! ちょっと待って! ストップストップ! 良くないって! こういうのはよくないよ!」

 私の止める声を無視して秋人が近づいてくる。

「……やっぱり臭い」

「……へ?」

 秋人の予想外の言葉に唖然とする私。

「……ゲロ臭い」

「ゲロ臭い!? ……嘘! なんで!?」

「なんでって……姉貴がやったんだろ」

「え!?」

「だから、姉貴がゲロ吐いて大変だったんだっつーの」

 ゲロ吐いた……? そういえばなんか口の中が気持ち悪い。……大変だった?

「……もしかして、私がやったのって」

「ああ、寝ゲロな。といっても吐く前に起きて急いでトイレ行こうとしてたんだけどな。本当に覚えてないのかよ……」

「じゃあ、秋人がお風呂に入ったっぽいのは……」

「姉貴がトイレ行こうとして立ち上がってすぐ、俺の前で吐いたからだよ!」

「でも、私の服が違うのは……」

「姉貴が自分で泣きながら自分の部屋に行って着替えたんだろ! しかも、その後何故か俺の部屋に戻ってきて俺のベッドで寝るし! ゲロは片付けないし !もう最悪だよ!!」

「あ……いや……ごめん」

 なるほど。ゲロだったか……ってゲロもどうかと思うけど……まぁ、最悪の予想ではなくてよかった。というか、冷静に考えたらそんなこと絶対にありえないわけだし……。

「いやーでも吐くなんて、体調でも悪かったのかなーあはは」

 とりあえず、適当にごまかしてみる。

「は? 飲んでたからだろ?」

「え? 飲んでた? なにを?」

「酒だよ! 酒!」

「へ? 嘘!? ちょっと待って!」

 秋人にそう告げて私は自分の部屋に行く。微かに覚えているのだが、記憶が飛ぶ前に先輩からもらった魔法のジュースを飲んだのだ。部屋にはやっぱり空になった缶が置いてあり、これを飲んだのは間違いない。飲み口のところに鼻を近づけて臭いを確認する。

「うわぁ……」

 明らかにお酒の匂いがする。しかし、これはお酒ではなく魔法のジュースである。どんなにお酒の匂いがしても魔法のジュースなのだ。……うん。そういうことにしておこう。それにしても、どうして秋人は普通に話してくれるようになったのか……まぁ、いいか。普通に話してくれるようになったのだから問題ない! やったぁ! 万歳! 最高ぉおおお!

「……」

 とりあえず、ここまでは美咲先輩の予想通りなのかな? 多分。記憶が飛んでるからちゃんと出来ていたのかは不安だけれど、結果的には成功だ。問題はこの後だ……。


 夕方になるとになると楓も母親も帰ってきて、私は自分の部屋で待機していた。何を待っているのかというと、これから来るであろう戦いをである。

「……来たか」

 部屋の外から聞こえる足音を聞いて私はそう言った。しかし、かっこよく決めてみたもののその足音は私の待っているものとは違うようで、そのまま通りすぎてしまう。一人で少し恥ずかしくなる。

「お姉ちゃん……入るよ」

 その時ノックと共に楓の声が聞こえる。そう、私はこれを待っていたのだ。少しタイミングはずれたものの、これで合っている。多分。

「どうぞー」

 私は楓を部屋に招き入れ、臨戦体制を取る。といっても、立ち上がっただけなのだけれど……。楓は静かにドアを開けて私の部屋に入り、また静かにドアを閉めた。顔を伏せていて、背の低い楓の表情は伺えない。

「……」

 そして、何かを言う様子もない。大体言いたいことは検討がついているのだけれど……もちろん、私が検討をつけたわけではない。

「どうしたのー?」

 私は知らないフリをして声をかける。

「……お姉ちゃん! お兄ちゃんに近づかないでって言ったじゃん!」

 やっぱりだ。美咲先輩の予想通り、楓は私と秋人が話せる様になったら文句を言いに来た。どうしてそういうことになるのかはよくわからない。美咲先輩も理由はわからないと言っていた。しかし、理由がわからないのにどうしてこうなることがわかったのだろうか……。まぁ美咲先輩ほどの人になるとそういうこともできるのだろう。

 それよりも、今はこの状況をどうするかだ。楓は随分とお怒りのようだ。秋人と話せる様になったからと言って、楓と話せなくなってしまっては意味がないのだ。私は家族みんな仲良くしていたい。

「……」

「……そんなこと言ってたっけ?」

 しかし、空気に耐え切れずにすっとぼけてしまう。

「ちゃんと言った! お兄ちゃんに近づかないで!


「えっと……それはどうして? なんでダメなの?」

 それがわかれば何とか出来ると思うのだけれど……

「……そんなのお姉ちゃんには関係ないじゃん」

 まぁ当然、教えてくれそうにない。

「関係ないってことはないでしょ……ちゃんと理由を言ってくれないとわからないよ」

 我ながらすごく大人っぽい対応である。お姉ちゃんらしさを見せつけて懐柔するのだ。

「……」

 しかし、以前黙ったままの楓……さて、どうしたものか。

「黙ってちゃわからないよ?」

「……」

「どうしたの?」

「……」

「お姉ちゃんのこと嫌いなの?」

「……」

 うーん……さりげなく気なっていたことを聞いてみたものの、何も答えてくれない。しかし、嫌いならここは頷くのでは?嫌われてはないのだろうか?いや、わからない……思春期の子というのは難しい。

「もういい! お姉ちゃんの馬鹿!」

 そう言って楓は入ってきた時とは大違いの勢いで部屋を出て行ってしまった。馬鹿とまで言われてしまった……どうしたらいいというのか。まぁ、とりあえず後はアプローチをかけていくだけだ。楓と仲良くなる過程でついでに秋人の妹萌えも治してみせる。もう計画は始まっているのだ!


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