秋元秋人の憂鬱
秋元秋人の憂鬱
姉貴と話さなくなったのはいつごろだっただろうか? 中学一年生の時はまだ話していたという記憶がある。二年生くらいになると家族と仲がいいというのは、なんだか恥ずかしい様な気がして姉貴を避けるようになった。話しかけられても返事をしなかったりすると、姉貴は悲しそうな顔をしていて、少し申し訳ない気持ちになった。その内、姉貴から余計に話かけてくることも少なくなり、俺は姉貴も高校で忙しいのだろうなんてことを考えていた。もちろん、実際は話しかけると嫌そうにする俺に遠慮したのだろうけど……。
高校生にもなるとそういう思春期的な行動も落ち着いて、別に家族と話すことは恥ずかしいとは思わなくなっていたが、今までの自分がしてきた態度を考えるとなんだか気まずくて、話しかけることもできなかった。別に嫌いというわけではないけれど、わざわざ話しかける必要もないと思ったし、特に話す内容もなかった。そんな風に過ごして、高校での生活にも慣れてきた頃、気がつけばいつの間にか姉貴はいなくなっていた。アメリカに行ったというのを母親から聞いたの姉貴がアメリカに発ってから一週間程経ってからだった。
姉貴は昔から勉強も出来て人付き合いも上手い。学校には友達もいっぱいいて、クラスの中心的な人だったと聞く。きっとリア充だったのだろう。俺のようなオタクとは関わることのない人間だ。その姉貴がだ……その姉貴が何故こんなことになっているのかというのは俺には理解できない。
「あ、秋人! お遅かったにゃん! 悪い子にはお仕置きだぞっ!」
学校帰りに慎二とゲーセンに寄った後、家に帰ると何故かネコミミメイド姿の姉貴がいた。頭には黒のネコミミ、メイド服は黒と白の定番のメイド服、おまけにシッポまで生えてやがる……ありえない……意味がわからない……何かの嫌がらせなのか? 暗に俺がオタクなのはバレてるぞ、白状しろということなのか? お仕置きだぞっじゃねえんだよ! なにがにゃんだよ! なにキャラだよ!
「あれぇ〜どうしちゃったのかにゃん? そんなに固まっちゃって……?」
意味のわからない台詞を吐きながら姉貴がこっちに近付いてくる。にゃんじゃねえ……なんなんだ……俺に何を要求しているんだ。というかどう反応すればいいんだ……とりあえずこれは無視しよう……そうだ! 無視しよう。普段通り姉貴とは話す必要はない。無視しよう。うん。それがいい。
「……」
靴を脱いで部屋に向かう俺を姉貴はただ眺めているだけだった。
とりあえず、今の状況を整理しよう。昨日姉貴に部屋を見られて、恐らく俺がオタクになっていることはバレている。今日の朝、顔を合わせた時に気まずそうにしていたことからそれは間違いないはず。俺が風呂に入っている間に姉貴は出かけていて、そのあと顔を合わすことはなかった。そして、俺が学校から帰ってきたらあの状況……うん。わけがわからない。恐らく姉貴が出かけた先で何かがあったのだろう。出かけた先……まぁ、多分大学だろう。大学でなにがあったらあんな風になるんだ?ありえない……そもそもあのネコミミとメイド服はどこから出てきたんだ?
……いや、考えてもわかるわけがないのだ。俺は姉貴のことはよく知らない。それに、別に知る必要もない。今まで関わることなんてなかったんだ……これからも特に関わることなんてないだろう。さっきのは何かの間違いで、明日には話しかけられることもほとんどないだろう。俺と姉貴の関係はそんなものだ。そんなことを考えていると、ノックの音がする。まさか、姉貴が追いかけてきたのか?
「お兄ちゃん! 入るよー」
どうやら訪問者は楓だった様で、俺は安心する。
「楓か……いいぞー」
俺がそう言うと楓が部屋に入ってくる。常々思っていることだが、妹はいい。妹というのは最高だ。何が良いって、まずお兄ちゃんって呼んでくれる。なんだかもうそれだけで癒される。いろんな悩みが吹っ飛ぶ。しかも、自分のこと慕ってくれるし、可愛い。なにこれ? 妹可愛すぎ。妹最高!!
「お兄ちゃん、なに変な顔してるの?」
「えっ!? 変な顔してた?」
「うん……してたよ」
どうやら顔に出てた様だ……いかんいかん。兄としての威厳を保たねば……俺は気持ちを一気に切り替えて、楓の方に向き直る。
「それで……? 何か用か?今日もゲームするか?」
「えっと……それより……楓かってどういうこと? この部屋には私以外来ないよね? 誰だと思ったの?」
なんだか少し怒ったように楓が言った。何を怒っているのだろうか? 特に何かをした覚えはないのだけれど……
「いや……姉貴かと思って……」
「ふーん……お姉ちゃん部屋に来るんだ?」
あれ?妹が不機嫌だ……でも不機嫌な妹もまたいい。
「いや、なんか玄関でなんか変なことしてたのを無視してきたから追いかけてきたのかと思っただけだよ」
「変なことって?」
「なんかメイド服来て猫耳付けて語尾ににゃんとかつけて……本当になんだったんだろあれ……なんか知ってる?」
姉貴が海外に留学するまで、楓は姉貴と仲が良かったし、もしかしたら何か知っているかもしれないと思った。姉貴のことなんて関係ないけれどあれは少し気になる。あまりにも謎すぎる。
「うーん……まぁ……わかんないかなぁ」
どうにも歯切れが悪い。まぁでも、楓にもわからないということは俺にはわかるはずもないのだろう。それなら、この話はここで終わりだ。これ以上考えるたって仕方がない。時間の無駄だ。
「……それで? なんか用があったんじゃないのか?」
今は妹との時間を楽しむとしよう。それが一番である。妹と過ごす時間こそが、俺にとって最も心が休まる時間なのだ。それを邪魔する奴は誰であろうと許さない。それが俺のジャスティス!!
「ううん。もういいや……」
「そうか? じゃあゲームでもするか!」
「いいや。ちょっとやることあるから部屋に戻るね」
そう言ってドアを閉めて部屋に戻る楓。あれ?おかしい。いつもならここで、うん!ゲームしよっか!とか言うのに……。まぁ用事があるなら仕方がないか。少し寂しいが、昨日の一件から考えっぱなしで、俺はほとんど寝れていなかったことを思い出し、突然襲ってきた眠気に体を任せて眠りについた。