秋元柚木の歩み
秋元柚希の歩み
今日は二度目の楓の部屋。私の前には楓が座っている。何から話したらいいのだろうか……私は迷う。部屋の空気は張り詰めている。無言の状態が続き、時計の音が私を急かすように鳴り響く。
「お姉ちゃんはどうして何も言わないで留学したの?」
私より先に楓が口を開く。
「……こんなのは言い訳にしかならないと思うけど、元々留学する予定の人がキャンセルになって、急に決まった話だったし、あの時は本当に忙しくて、お母さんに話しただけで、楓や秋人にも話した気になってた。この間秋人に言われるまで二人に話してなかったこともわかってなかったんだ……」
私は本当のことをちゃんと話す。
「……そんな大事なことを忘れちゃうってことは、私のことなんてどうでも良かったってことじゃないの?」
「そんなこと……」
そんなことはないけれど、私は何も言えなくなってしまう。そう思われても仕方ないのだ。また部屋に静寂が訪れる。
「えーっと……楓はお姉ちゃんのこと嫌いかもしれないけど、私は楓のことが好きだよ。私が勝手に何も言わないで留学して、楓に寂しい思いをさせたと思う。だけど、楓が嫌いでそうした訳じゃないことはわかって欲しい。本当に今更で、許してもらえないかもしれないけど、ごめん!」
私は地面に頭をつけて謝る。もっと言いたいことがたくさんあった様な気がするけれど、今はこんなことしか言えなかった。ありのままの気持ちをそのまま楓に話すことしかできなかった。
「……」
楓はなにも言わない。きっと私を許してはくれないだろう。それでも、私には謝ることしか出来ないかった。
「私だって嫌いなわけじゃない……」
「え……?」
楓の声に顔を上げて楓を見る。
「私だって嫌いなわけじゃないよ! だけど、急にお姉ちゃんがいなくなって! ずっと寂しかったんだもん!」
楓が泣きながら叫ぶ。
「ごめんね……本当にごめん……」
やっぱり私には謝ることしかできなかった……我ながらダメな姉だと思う。完璧な姉には程遠いのだろう。
「私の方こそ、ごめんね」
「え?」
楓が何故か頭を下げて謝る。謝るのは私の方だというのに、どうして楓が謝るのか私にはわからなかった。
「本当は私わかってたよ……お姉ちゃんが別に私のこと嫌いで行ったわけじゃないってこと……でも、寂しかったから! 意地張ってお姉ちゃんのこと避けて……お兄ちゃんにあんなこと言ったりして、本当にごめんなさい!」
「え? え? いや、楓は悪くないって……だって、私が楓に何も言わないで勝手に行ったから……」
「違うの! 私が! 私のせいで!」
「いや、え? ちょっと待って! ちょっと落ち着こ? ね?」
私は慌てて、楓を落ち着かせようとする。
「だって……だって! うわあああん!」
「え? え?」
泣きじゃくる楓にどうしていいのかわからなくなる。こういうとき秋人ならどうするだろうか……?
「ごめんなさい……!ごめんんさい……!」
「えーっと……えーっと……そうだ! あれ! アイス買ってあげる! アイス! 楓好きでしょ? アイス!」
海に行ったときのことを思い出して私は咄嗟にそう言う。しかし、こんな子供騙しで楓が落ち着くだろうか……?
「グスン……うん」
楓はどんだけアイスが好きなんだ……楓がぴたりと泣き止んだのを見て、私は少し笑ってしまいそうになる。
「楓ってそんなアイス好きだったっけ……?」
「昔はあんまり食べてなかったかも……」
「そうなんだ」
私はちょっと笑ってしまう。この一年で楓も私も随分と変わったのだろう。楓はアイスが好き。今日は一つ、変わった楓のことを知った。きっとこれも大事なことなので、私は覚えておくことにする。
「えーっと……じゃあ……一緒にアイス買いに行こっか?」
私は時計を見て、早めに行ったほうがいいだろうと思い、楓にそう言った。
「うん!」
楓が少し嬉しそうに返す。これはどうなったのだろうか? 結局、私は楓に許してもらえたのだろうか? よくわからないままだ……。
「ちょっと財布持ってくるから外で待ってて」
私は楓にそう告げて、自分の部屋に戻り、財布と携帯を持って部屋を出る。さっきは財布も携帯も忘れてしまったからなぁ……
「どうだった?」
下に降りると、玄関にいた秋人に聞かれる。ずっと待っていてくれたのだろうか? 今回は秋人に随分と助けられた。
「うーん……わかんない」
「なんだよそれ」
秋人が笑いながらそう言う。
「今から楓とアイス買いに行くんだ。さっき楓がここ通らなかった?外で待っててって言っておいたんだけど」
「あーだから玄関開く音がしたのか、俺さっきまでリビングにいたから……」
「そっか。秋人も一緒に行く?」
私は秋人にも誘いをかける。楓も秋人が一緒の方が嬉しいのではないだろうかと思ったし、三人で出かけるのもいいと思ったからだ。
「いや、俺はいいよ」
「ふーん……」
秋人に断られて、私はちょっと残念になる。
「今は二人で行ったほうがいいだろ」
「そっか。そうだね」
私は秋人の言葉に納得する。確かにその通りだ。今は楓と二人でゆっくり外を歩こう。そして、さっき楓を探しにいったコンビニで楓の好きなアイスを買うんだ。アイスを食べながら、またゆっくりと歩いて家に帰る。きっとその先で分かり合えるのだろう。なんとなくだけれど、そう思えた。
「それじゃ、行ってくるね」
秋人にそう言って私は外に出る。
「おう。気をつけてな」
秋人の声が後ろから聞こえた。外には楓がいて、空を見上げていた。
「お待たせ。なにしてるの?」
「うーん……別に? 星見てただけ」
楓がそう言ってこっちを見る。少し機嫌が良さそうに見える。そういえば、昔は楓と星を見に行ったっけ……流れ星を見て、一緒にお願いをしたような気がする。どんなお願いだったかは覚えていないけど、確か私も楓も同じ願い事をしたんだと思う。
「なんか懐かしいね……」
楓がそう言う。
「そうだね。夏の大三角形かぁ……久しぶりに見たなぁ」
私と楓はしばらく空を見上げる。少ししてから、楓が視線を下ろして歩き出す。
「それより、早く買いに行こ!」
「そうだね」
私はそう答えてさっきのコンビニに向かう。
「お姉ちゃんと歩くの久しぶりだなぁ……」
家から少し歩いたところで、楓がそう言った。
「そうだねえ……」
私は懐かしい気持ちに成りながら歩く。
「楓……本当にごめんね?」
「何が?」
楓はなんのことかわからないという様にそう言う。
「何がって……なにも言わないで留学したこと」
「もうそれはいいって……私が意地張ってただけだし……」
「そんなこと……」
「じゃあさ!」
楓が私の言葉を遮るように言う。
「両方悪かったっていうことにしよう? 多分このままだと、お姉ちゃんは私にずっとそういうこと言うし、私もずっとお姉ちゃんに悪いって思ったままだよ……」
「……うん。そうだね」
楓の言ったことに内心驚きながらも、同意する。秋人だけじゃなく、楓もまた大人になっていたんだなぁと思った。
「でも、お姉ちゃんまた海外に行っちゃうんでしょ?」
今度は不安そうに楓が言う。
「え!?」
「お兄ちゃんが言ってたよ……」
秋人が? 秋人が海外へ逃げるのを止めたはずなのに何故だろうか? ……まぁいいか。きっと何か理由があったのだろう。秋人は秋人で、なにかをしていたのかもしれない。その事はまた今度、ゆっくりと話そう。
「いや……行かないよ。もう何処にも行かないよ。海外に行くって言ったらさ。秋人に怒られちゃった。本当は私のせいで秋人と楓が喧嘩してるなら、私がまたいなくなればm元通りになるかなぁって思ってたんだけど。それは逃げだって秋人に言われちゃった。私もそうだと思ったし、やっぱり私は二人と一緒にいたい」
「どういうこと?」
「私はちゃんと二人と向き合おうとしてなかったんだと思う。二人と仲良くなろうとして、いろいろやってたけど、問題の原因をちゃんと見てなかったんだ。だから、さっきまで楓に謝るなんて大切なことも気づかないで、最後は海外に逃げて、また二人を置いていこうとしてた。本当にごめんね」
「うーん……よくわかんない」
楓が少し考えた後、笑いながらそう言う。楓にはちょっと早かったかな? と思い、私も笑う。とりあえず、問題は解決したのだろうか?きっとしたのだろうと思う。これからは楓とまた、一緒に歩いて行くのだ。
私と楓はコンビニでアイスを買い、夏の夜の涼しさを感じながら、またゆっくりと歩きながら家へと帰る。
「おかえり」
家の前では秋人が待っていた。
「ただいま」
私と楓はそう言って家に入る。普通の姉と弟と妹の光景。きっとこんな日常が、これからも続いていくのだろう。




