秋元秋人の決意
秋元秋人の決意
家から出て、姉貴を適当な方向に行かせた後、反対の方向に走るフリをしてからすぐに家っへと戻る。姉貴は熱くなっていたから気がついていなかったけれど、楓は家を出てなんかいないのだ。ドアを開けて閉めただけで、そのままリビングへと行ったのだ。靴が玄関に置いてあったことからわかった。冷静に見ていれば気がつくであろうことだ。普段なら楓が出て行ったなんてことになれば、俺はとても冷静になんてなれないのだろうけれど……今俺はそれどころではない。楓に対して怒りがふつふつと湧いているのだ。リビングのドアを開けてすぐ、楓を見つける。
「……お姉ちゃんは?」
楓は少し驚いた様な顔をしてから、すぐにそう聞く。
「今、外でお前のこと探してるよ」
俺はちょっと笑いながら言う。姉貴には悪いが、今は楓と二人で話したいのだ。姉貴に楓が家にいることを言わなかったのはそのためだ。姉貴とはもう話した。今度は楓ともちゃんと話すべきなのだ。
「ふーん……」
楓は少し不機嫌そうに言って、目線を下げた。
「とりあえず、俺の部屋行くか……」
俺はそう言って、楓に手招きをする。楓はそれを見て、小さく頷き、こちらへ来る。そして、そのまま、俺の部屋に向かう。
「ふぅ……」
俺は適当に座って、楓もいつもと同じくベッドに座る。
「お前さ、なんとなくわかってんじゃねえの?」
「……何が?」
「姉貴は別にお前が嫌いだから何も言わないで留学したわけじゃないってこと」
「……」
楓は何も答えないで下を向いている。
「まぁいいけどさ……俺はさ、お前が妹でよかったなぁって思うよ。人懐っこいっていうかなんていうか、妹としては最高ってくらいだ。妹好きの俺が言うんだから間違いない」
俺は自分で言って少し笑ってしまう。
「姉貴は……まぁ、ちょっと姉としては頼りないけどさ、それでも頑張ってると思うんだよね。なんか偉そうで悪いけどさ……俺がもう姉貴とは話さない、って言ったってのは姉貴に聞いたんだろ?」
「うん……」
「あれはさ、俺が言ったんじゃないんだよ。姉貴がもう俺と話さないって言ったんだ」
「……」
楓はわかっていたのか、そういうわけではないのか、何も答えない。
「まぁ姉貴なりに責任感じてたんだろうな。楓が自分を嫌ってるのが自分のせいで、それのせいで俺とお前が喧嘩しててってのが嫌だったみたいだ。俺はさ、別にお前が姉貴のこと嫌でもいいと思うし、というか元々、俺だって姉貴とは話さないで無視してたんだから姉貴と普通に接しろなんて言う義理はないんだけどさ。でも、俺に姉貴と話すのをやめろとか、そういういじめみたいなことはやめろよ」
「だって……」
「だってじゃないっつーの!」
俺は楓に対して、初めて声を荒げる。楓は少しビクっと体を震わせる。驚かせてしまっただろうか?しかし、こればっかりは心を鬼にしなければいけないことだ。甘やかしているだけではいけないのだ。今までは厳しくしようと思ったことが何度かあったが、結局はずっと楓を甘やかしてきたと思う。そのままではダメだ。そんな関係は良いものとは言えないだろう。そう思ったのだ。
「……まぁ、俺もそんな偉そうに言える様な人間じゃないけどさ。そういうのはとりあえず、やめろよな?」
「……うん」
楓が小さく頷く。ここからは姉貴次第だ。俺の問題はもう解決した。別に姉貴とも楓とも普通に接して、普通の生活が送れるだろう。ただ、このまま後は姉貴に放り投げるというわけにもいかない……
「姉貴は明日から海外に行こうかなって言ってたよ」
「え?」
俺は楓を試してみることにした。
「お前に嫌われて、俺と話すのもやめて、家にいても気まずいだけだろ?だから、夏休み中に海外に行こうかなぁって言ってたよ」
「……」
楓は何も言わない。ただ下を向いているだけで、表情も見えない。
「まぁお前にとってはその方がいいのかな? また姉貴はいなくなって、俺と二人でまたいつもみたいに適当にゲームでもするか? 俺は別にいいけどさ……お前は本当にそのままでいいの?」
「……」
楓が少しこちらを見る。
「本当はお前、姉貴と前みたいに話したいんじゃないの?」
「そんなこと……」
「俺は姉貴と前みたいに話せる様になって良かったと思ってるよ。別に話してない時に、話したいなぁとは思わなかったし、これから先ずっと話すことも別にだろうと思ってた。けどさ、やっぱり話してみるとそう思うよ。話せる様になって良かったって……だって姉弟なんだもんな。話さない姉弟より話す姉弟のが良いに決まってる。お前がどう思ってるのかはお兄ちゃんでもわからないけどさ……少しでも話したいと思うんだったら、ちゃんと姉貴と話せよ? 話さないままでいたら、話したくなってもどんどん話しづらくなってくぞ?」
これは俺のことでもある。俺が中学の時から姉貴と話さなくなって、それからずっと話さないままでいて、話す機会を失ったままだった時のことだ。そして、今やっと話せる様になってわかったことだ。
「……」
楓は黙ったまま、なにかを考えている。多分、どうするか考えているのだろう。でも、楓も姉貴が本当に嫌いなわけではないはずなんだと思う。そうじゃなければ、迷ったりはしないはずだ。
「よし! じゃあ、今から姉貴呼んできてやるから、部屋で待ってろ。別に姉貴とこれから話すかどうかは別として、一回でいいから話し合ってみろよ。それから先のことはそれから決めればいいよ」
俺は楓の背中を押すつもりでそう言う。
「……うん」
楓も思ったよりも素直に返事をして、部屋に戻る。俺はそれを確認してから、姉貴に電話をかけた。しかし、姉貴が電話に出る様子はない。
「なにやってんだ……」
何度か電話をかけるが、姉貴が出る様子はない。
「はぁ……」
俺は仕方なく姉貴を探しに行くことにする。やっと楓と話ができるというのに、アホなのだろうか? まぁそれほど遠くに行ってなければいいが……家を出て、さっき姉貴に指示した方向に走っていく。
姉貴は思ったよりも近くにいた。携帯を忘れて出てきていたらしい。相変わらず少し抜けている。それでも、姉貴はいつも必死なんだと思う。俺が思春期で無視していても、毎日おはようと声をかけてきたり、留学から帰ってきてからもわざわざメイド服なんか着て俺と話そうとしたり、いつだって俺と仲良くなることを諦めたりはしなかった。だからこそ、姉貴が諦めて逃げようとしていたことには少し驚いた。同時に怒りもあった。俺は多分、姉貴に期待していたんだと思う。俺と楓だけで過ごした一年も楽しかったけれど、あれはいつか壊れる関係だった。俺は楓を甘やかしていただけだし、楓もそれに甘えっぱなしだった。その結果が今回の姉貴と話さないでといういじめみたいなことを言い出した原因だ。薄々このままではダメだろうということには気がついていた。そういうのを全部壊してまた作り直す、姉貴ならそれができると思った。だって、姉貴はいつも自分勝手で面倒くさくてトラブルメーカーだけど、誰より俺や楓のことを考えているからだ。姉貴はいつも、俺と楓のためにいろいろしてくれていたと思う。今回のこともそうだ。結局は海外へ行こうとしていたのも俺と楓のためだ。自分を犠牲にして、そういう道を取ろうとしていた。でも、それじゃあダメなんだと思う。俺も楓も知らない間に姉貴に甘えていた。無視しても何も言わない。だから、ずっと無視してたんだ。これからは姉貴に甘えるだけじゃなくて、みんなで前に進んでいくべきなんだ。
「なに……? 私の顔になんかついてる?」
家に帰る途中で、姉貴が足を止めてそう言った。姉貴の方を見すぎていたらしい。
「いや、別に……」
俺は適当にごまかして足を進める。
「ふーん……」
姉貴が納得いかなそうに言う。こういうところは楓に似てるなと思う。
「姉貴はさ……なんで俺とか楓とそんな仲良くなりたがるんだ?」
「なに? 今更……」
姉貴が訝しむ様に返してくる。理由は今ならわかるけれど、それでもなんとなく、聞いておきたいと思った。
「だって、姉貴は別に学校とかにも友達がいっぱいいて、俺とか楓と関わらなくても別に問題ないだろ?外で遊んで普通に帰って来て、普通に充実した生活ができるんじゃないの? 無視してた俺とか、嫌がってた楓とわざわざ仲良くなる必要なんてないんじゃないの?」
「……え?なんで?」
「いや、なんでって……なんとなく」
「まぁ、そうかもね。別に必要はないかもしれないけど、それでも秋人や楓とは仲良くしていたいなぁと思うよ」
「なんで?」
「家族だから」
姉貴は短くそう言った。やっぱりそういうことだったんだなぁと思う。俺は姉貴が自分の姉で良かったと思った。




