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秋元柚木の問題

 秋元柚希の問題

 昔の楓と言えば、なにかと、お姉ちゃんお姉ちゃんとくっついて甘えてきたものだ。秋人がまだ中学生だったころだから、大体三年前くらいだろうか……それよりも前、秋人ともまだ仲が良くて、楓が今よりももっと小さかったころ、あの頃はみんな仲が良かった。秋人も楓も私に懐いてくれていて、何かあればお姉ちゃんって頼られて……私はもっとお姉ちゃんらしくがんばろうと思った。

「なんでこんなことになったのかなぁ……」

 私は今日何度目かわからないため息を吐いて、ベッドの上で天井を見上げる。楓が私を避けていることは分かっていたけれど、秋人に私と話すなという程に嫌われていたとは思わなかった……秋人にはなんとかすると言ってみたものの、特に何か解決策があるわけでもない……美咲先輩にまた頼るというのが最善なのだろうけれど、あいにく電話は繋がらない。自分の力で何とかするしかないということだ。

「……楓と話してみないことにはどうにもならないかなぁ」

 気が重い……話そうとしても、楓はまた無言になるだけだろう。しかし、それでもやらなければならないのだと思う。それが姉だ。弟が困っていたら姉がなんとかする。そんなのは当然のことだ。

「……よしっ!」

 私は気を取り直して楓の部屋に向かう。

「楓、入っていい?」

 私はドアをノックして、楓の返事を待つ。

「……」

 予想通り返事はない。でも、ここで終わるわけにはいかない。本気になった姉の力を妹に見せつけてやるのだ。

「返事がないなら入るよ!」

 私はそう言ってから、勝手にドアを開ける。こういう時はカギのない部屋というものに感謝する。自分の部屋には鍵が欲しいとは思ってしまうけれど……部屋に入ると、楓はベッドにうつ伏せになったまま、こちらを見ていた。……見ていたというより睨んでいた。私はドアを閉めて楓に近づく。近くでよく見ると目元が少し濡れている様に見える。枕にも濡れた跡が残っている。

「もしかして、泣いてた?」

「……泣いてないもん」

 楓が不機嫌そうに答える。本人は気がついていないだろうけれど、やっと話すことができた。楓は意地っ張りというかなんというか……こういう時に否定せずにはいられない。その性格をうまく使えば、ちゃんと会話できるかもしれない。言い方は悪いが、少し挑発してみた方がいいのかもしれない。

「秋人と喧嘩したから?」

「……」

 この質問には答えない。まぁ、答えは知っているから別にいいのだけれど……ここまでは普通の会話でいいのだ。

「秋人から聞いたよ? なんでそんなに私が嫌なの?」

「……」

「楓が言いたくないならいいけどさ……その代わり、ちゃんと説明できないなら私は秋人と話すのをやめたりしないよ? 楓はそれでいいんだよね? そうじゃないならちゃんと話してくれないと……」

 私はここで楓を少し挑発してみる。

「……なんで?」

「え?」

 楓が小さく何かを呟いた。

「なんで!?」

 今度はベッドから起き上がり、大きく怒鳴り声を上げる。私はそれに少しびっくりしてしまう。楓が大きい声を出すというのは、留学から帰って来てからよく見るものの、やっぱりまだなれないのだ。

「お姉ちゃん勝手にどっかに行った癖に、勝手に帰ってきて! もう私のことなんてどうでもいいんでしょ!? それなのに今度は私からお兄ちゃん奪おうとして! なんでそんなことするの!?」

「え……? え!?」

 すごい剣幕でこちらに迫ってくる楓に押されて混乱する私。

「お姉ちゃんこそ私のこと嫌いなんでしょ!? だったらもう私に構わないでよ! 嫌がらせばっかりして!」

「え? いやっ違うよ! 私は……」

「もう出てって!」

「いや、待って! 話を……」

 私が答えを返す前に部屋から締め出される。

「……」

 どうしよう……部屋から出されてしまった……しかし、別に鍵はないのだからと私はドアをそーっと開けてみる。

「うわっ!」

 半分ほどドアを開けて、顔を覗かせた瞬間に何かが飛んでくる。私は驚いて、反射的にドアを閉めてしまう。ドアに何かがぶつかった音がする。恐らく枕か何かだろう。もう一度開けてみようかと思ったが、逆効果になりそうなのでやめておくことにした……。しかし、楓に嫌われている理由はわかった。

「私のせいじゃん……」

 なんだか、自分が全然ダメな姉だということに気づいてしまった気がする……勝手にどこかへ行って、勝手に帰って来て、私のことなんてどうでもいいんでしょ、か……一年もいなくなるというのに、大事な家族に別れも告げなかったのだ。それなのに、急に帰って来て、普通に接しようなんていうのはおこがましいに違いない。嫌われてしまうのは当然のことだろう。そんな自分勝手なことをしておいて……全く姉としての役割を果たしていなかったというのに……なにが姉だというのか?

元々、楓は私と仲が良かったけれど、あの頃の秋人には恐がって近づけなかったのだ。正直、私でもあの頃の秋人とはほとんど接することはできなかった。秋人はチラチラと見てきて、小動物みたいで可愛かったと言っていたが、楓にとってはものすごく恐ろしいことだったのだろう。急に仲の良かった姉がいなくなってしまって、家で相手してくれる人もいないというのは、楓にとって不安で不安で仕方がないことだったに違いない。だから、秋人は怖いけれど、頑張って仲良くなろうとしたのだ。

そして、やっと仲良くなれたというのに、自分を放って何処かへ行った姉が急に帰って来て、自分が頑張って仲良くなったお兄ちゃんと普通に仲良くしようとしているのがまるで、自分から兄を奪おうとしているように見えるのだろう。私としては別に楓から秋人を奪おうとしているわけではなく、ただみんなで仲良くしたいと思っているだけなのだけれど……しかし、その仲良くが出来ない理由が私のせいだったのだ。私が楓に留学でいなくなるということを言わなかったせいだ。こればっかりはどうにもできない。今更楓に謝ったところで聞いてはくれないだろう……ここは潔く諦めてしまったほうがいいのかもしれない。私が秋人と話すことをやめて、楓と秋人が元通り仲良くなれるなら、それでいいのではないだろうか……? そうに違いない。

 部屋に戻った私はベッドにうずくまる。なんとも言えない気持ちをなんとかするために、寝てしまおうと思ったのだ。こういう時は寝てしまうのが一番だ。しかし、まだ寝るには時間が早すぎるせいか、全く眠くならない。もう母も帰ってきていて、夕飯を作り始めている頃だろう。ご飯を食べるときはどうなるのだろうか?秋人も楓も揃って、気まずい雰囲気になるのだろうか? それも私のせいなのだ。私がいなければ平和な家庭のままだったのではないだろうか? そんなことを考えてしまう。いっそ夏休み中はまた海外にでも行ってしまった方がいいのではないか? ……どうせ学校が始まれば、サークルやらなにやらで忙しくなるのだ、楓や秋人と顔を合わせることも少ないだろう。そうなればもう何も問題はない。どこに行こうか……今度はヨーロッパ辺りがいいかもしれない。美咲先輩はドイツがオススメだと言っていた気がするなぁ……

「姉貴、いるか?」

 突然、ノックと共に秋人の声が聞こえる。これはどうしたものか……このまま無視して秋人と話すのをやめてしまったほうがいいのではないだろうか? ……しかし、無視するというのは心苦しい。

「……入るぞー」

「えっ!?」

 ドアがゆっくりと開き、秋人が入ってくる。

「なんだ、いるじゃん」

「……」

 私は秋人の方を睨みつける。

「え? なに?」

「なに勝手に部屋入ってんの?」

「いや、姉貴も俺の部屋勝手に入ってきてたじゃん」

 確かにその通りなのだけれど……

「いや……そうだけど……女の子の部屋に勝手に入るなんてありえないから! 男と女じゃ違うでしょ!」

 全くデリカシーのない弟になったものだ。

「なんだそれ……」

「そうやって勝手に開けるから、楓の着替え覗いて、怒られたんじゃないの? もう忘れたの? ……あっ」

 楓で思い出した……もう秋人と話すのはやめるんだった……自分のせいで秋人と楓が喧嘩しているというのに、なにを言っているのだろうか……もう忘れていたの? というのは、私こそ言われるべき言葉である。全くもってダメな姉だ……

「なんだよ……急に黙って……」

 秋人が訝しげに聞いてくる。

「……」

 説明しようにも、秋人とはもう話さないと決めたのだ。ここは無視するしかない……そうしなくてはならない。

「え?なに? そんなに怒ってんの?」

「えっ……いや、そうじゃなくて……あっ……」

 反射的に話してしまった……

「え? なに?」

「……」

 秋人がまた話しかけてくる……どうすればいいのだ……

「わけわかんねえ……姉貴って本当に訳わかんないよな。いつも急で、何考えてるのか全然わかんねえ……」

 いつも急……さっきは別にいいと言っていたものの、やっぱり急に何も言わずに、留学したことを秋人も怒っているのだろうか?

「何で黙ってんの? なんか言いたいことあるなら言えって……言わなきゃ誰もわかんないっつーの……」

「……」

「はぁ……もういいよ……」

 ため息をついて部屋から出ていこうとする秋人。

「私だって……」

「え?」

 話してはいけないと思っても、言葉が出てきてしまう……ここでグッと堪えたままではいられなかった。

「……私だって話したいよ! でも全部私のせいなんだから仕方ないじゃん! 私が秋人と話さないで、楓と秋人が喧嘩しないで済むならそうするしかないじゃん! どうしようもないでしょ!」

 抑えていた感情が一気に溢れてくる。それと一緒に何故か涙が出る。私自身、どうしたらいいのかわからないのかもしれない。秋人と楓が喧嘩しなくなるのなら、それでいいと思ったけれど、やっぱりやっと話せた秋人とまた話せなくなるのは嫌だし、楓ともまた話せるようになりたい。また三人仲良く暮らしたい。それでも……私には秋人と話さないという選択肢しか、思いつかないのだ。

「……は?」

 秋人が唖然とした顔でこっちを見ていた。

「ごめん、何の話?」

「だから! 秋人と楓が私のせいで喧嘩してるんだから、私が秋人と話さなくなればもうそれで解決でしょ! だからもう私は秋人と話さないの! わかったらこれから私にもう話しかけないで!」

「は? なんだよそれ……」

 またしても唖然とした顔でこちらを見ている秋人。どうして伝わらないのだろうか……私は間違ったことは言ってないはずだ……元々、私と秋人は話したりしない仲だったんだし、秋人だって別に私と話したいわけじゃないに決まっている。いつの間にか話せるようになっていたけれど、部屋に戻った時に見つけたジュース……あれできっと強引に話したのだと思う。迷惑だと思っているに違いない。だったら、私がもう話さなくていいと言っているのだから、秋人もそっちの方がいいはずなのだ。それなのになんで……なんでそれがおかしいことの様な顔をするんだろうか……?

「まぁとりあえず落ち着けって……」

 秋人がこちらに近づいてくる。多分、私は今すごく情けない顔をしているのだろう。これでは姉どころか妹である。

「もうやめて! 話しかけないで! 楓と早く仲直りしてくればいいじゃん! どうせ秋人だって別に私と話したいわけじゃないでしょ!」

 私は怒鳴り散らしながら秋人に向かって、近くにあった枕を投げつける。枕は放物線を描いてゆっくりと秋人の横をかすめて、壁にぶつかった。不抜けた軽い音がしてから、気まずい空気が部屋に流れる。私は声を荒げたせいか、少し息を切らしていて、その音だけが部屋に存在していた。

「はぁ……」

 少しの沈黙が続いた後、秋人がおもむろにため息をつく。

「まぁいいや……姉貴が本当にそれでいいと思ってるなら、そうすればいいよ。もう俺は知らねー」

 秋人が呆れた様な顔をして部屋から出て行く。私は何か間違っていたというのだろうか? 秋人と楓が話すためにはこうするしかなかったのだ。きっと間違っていないはずだ。部屋には静寂だけが私を責めるように残った。


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