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秋元柚木のプロローグ

1秋元柚希のプロローグ

 昨日まで海外留学のためアメリカで過ごしていたせいか、目が覚めた時にはもう昼を随分と過ぎた時間だった。時差ボケというやつか……そして頭が痛いのもきっと時差ボケのせいだろう。決して、昨日大学の友人たちと久しぶりに会って飲みすぎたからではない。私はうら若き乙女であり、まだ十九歳なのだ。未成年が飲酒などするはずがない。きっと時差ボケのせいなのだ。そうでなければこんな堕落した生活はありえない。まぁなんにせよ、血中の時差ボケ成分を薄めるために水を飲んだほうがいいだろう。そう思って私はベッドから起き上がり、重い足取りで部屋を出て、リビングのある一階へと向かった。

 リビングのドアを開けると、ソファーでくつろいでいた弟がこちらを一瞬見たが、すぐに視線をテレビに戻す。一年ぶりに会った姉に対する態度がそれか……おかえりくらい言ってもいいんじゃないかと思う。昔はお姉ちゃんお姉ちゃんとくっついてきた弟も、高校生ともなるとこんなものだ。

 弟の秋人がこんな感じになったのは中学の時くらいからだろうか……急に私のことを姉貴と呼び始めたり、部屋に入るときはノックをしろとか言ったり、鏡の前で髪の毛をいじっていたり、そんなことをするようになってから話しかけてもあまりしゃべらなくなった。思春期というやつなのだろう。まぁ思春期は誰にでもあるし、私にもそういう時期はあったのでそれほど気にはならなかったけれど、どうやら今もまだ思春期のようだ。

「ただいまー」

 私がキッチンでコップに水を入れていると、リビングに誰かが入ってきた。どうやら妹が学校から帰ってきたらしい。ここからは壁でよく見えないが、あの淡い栗色の髪とここからでは頭しか見えないくらいの身長から察するに、多分妹だろう。留学前、妹の楓はまだ思春期に入っていなかったらしく、私とは仲が良かったし、私のことを暖かく迎えてくれるだろう。いや、まずは寂しい思いをさせてしまったことを謝らなければいけないかもしれない。昨日帰って来た時には楓は寝ていたし、恐らく私が帰って来ていることを知らないだろう。そうだ! ここは一つ、びっくりさせてやろう。そんなことを考えながら水を飲みほし、リビングへと向かう。

「楓! やっと帰ってきたか! お兄ちゃんは寂しかったぞ!」

 私がキッチンから出てくると、さっきまでテレビに夢中になっていたはずの秋人がいつの間にか立ち上がり、楓の近くにいた。

「やっとって一時間出かけてただけだよ?」

「やっぱり楓がいない一時間は長いな!一年くらいに感じたぞ!」

 楓の頭を撫でながらそんなことを言う秋人。

「もう、お兄ちゃんったら大袈裟なんだからー」

 秋人に頭を撫でられて嬉しそうな楓。その光景に違和感を覚える。いつの間にこの二人はこんなに仲が良くなったのだろうか? 少なくとも一年前はこんなに仲良くは無かった。と言うよりも、ほとんど接することがなかったと思う。秋人は思春期だからか家族とはあまり話さなそうとしなかったし、その雰囲気を感じ取ってか、楓は私に付きっきりで秋人にはあまり近寄らなかった。この一年に一体何があったというのだろうか? なんにせよ、ここはさりげなくこの仲良さ気な雰囲気に乗っかって登場しない手はない。

「おかえり! 二人ともいつの間にそんなに仲良くなったの?」

「……」

 私の方を見て、さっきまでの笑顔が消える二人。あれ? なにこの雰囲気? なんか間違えた? そう思ってダメ押しの一声を上げる。

「あれぇ〜もしかしてお姉ちゃんのこと忘れちゃった? 君たちの大好きな柚希お姉ちゃんだよ〜」

「……」

 無言。なにこの空気……重たい……数秒の沈黙が何時間にも感じる。

「お姉ちゃん帰ってたんだ……」

 私にとって五時間ほど――実際の時間は二、三秒してから楓がようやく口を開く。なるほど。びっくりして声も出なかったというわけか! なんといっても一年ぶりなのだから仕方がない。私も、単身赴任でここ数年会っていない父親が急に帰って来たらこんな反応になってしまうだろう。ここは姉として素直にびっくりさせてしまったことを謝るとするか。

「ごめんごめん。びっくりした? 昨日帰ってたんだけど……」

「お兄ちゃん、二階行こ!」

「そうだな! 俺の部屋でゲームするか!」

 私を無視して楽しそうにリビングから出て行く二人。

「……」

 一人取り残される私。

「なにこれ……」


これが数日前の話である。あれからも二人は私と顔を合わせると変な顔をして何処かへ行ってしまう。嫌われているのだろうか? とりあえず、私がいない一年の間にあの二人が何故仲良くなったのか? それを知る必要があるだろう。このままでは私だけ除け者扱いだ。というか軽く無視されていてへこむ。しかし、今の私にそれを知る術はない。父は単身赴任で家にはいなかったし、母は……家にいたが、あの人の性格からするとほとんど事情は知らないだろう。それどころか、そうかしら?元からあんな感じだったと思うけどな〜と言うだろう。まぁしかし、手がかりがない以上母に聞くしかあるまい。もしかしたら何か知っているかもしれないし……

「そうかしら? 元からあんな感じだったと思うけどな〜」

 予想通りなにも知らない母にがっかりする。キッチンで夕飯の支度をする母はどうみてもしっかり者だが、普段はぼんやりとしていて抜けているところがある。この人があの二人がどうして仲良くなっているのかなんて知っているはずがなかったのだ。

「なに? お姉ちゃん、あの二人が仲いいのが羨ましいの?」

 食材を切りながら楽しそうに聞いてくる母。

「いや……羨ましいとかじゃなくてさーなんかあの二人が私のこと避けてるみたいで、なんかしたかな? みたいな……」

 羨ましいというよりは気になる。

「避けてる? そうかしら?そんなことないと思うけどな〜」

 ダメだこいつ……早く何とかしないと……。母に聞いた私が馬鹿だった。

「あ!でも、あれかも!」

 部屋に戻ろうと踵を返そうとしたところで、母が何かに気付いた様に言う。

「あれって? やっぱり、私なんかしてた?」

 やはり何かしていたのだろうか?と不安になる。

「ほら、お姉ちゃん一年もアメリカに行ってたのにお土産買ってきてくれないから〜」


「あー……」

 お土産か……まさかそんな理由で無視されるはずがない。そもそも帰ってきてお土産があるかどうかも分からない状態であの空気だったのだ。全く関係ない。というよりお土産は買ってきたのに、あの雰囲気で渡すことができなかったのだ。

「いや、お土産買ってきたよ。後であげるよ……」

そう言って私は部屋に戻った。


 部屋でキャリーバッグを開けて、お土産を探す。確か適当にチョコレートを買ったと思う。別にあの二人がお土産を上げないから変なのではないということは分かっている。しかし、ここはお土産を渡すことによって、お姉ちゃんお土産ありがとう! よかったら一緒にゲームする? みたいな感じで自然に仲良くできるのではないだろうかという作戦だ。我ながらナイスアイディア!

「あ、あった!」

 そんなことを考えながらチョコレートを見つける。確かそれなりに高かったはず……。とにかくこれをあの二人に渡すしかない。多分、今も秋人の部屋で遊んでいるだろう。そう思って秋人の部屋へ向かう。部屋からはドア越しでも楽しそうな声が聞こえる。やはり両方ともいるみたいだ。

「秋人、楓〜入るよ〜」

 私はノックをしてから声をかけてドアを開ける。

「は!? ちょっまって!」

 弟の声は既に遅く、私はドアを開けていた。

「あのさーこれお土産なんだけどよかったら食べてね!」

 秋人はゲームをしていたらしく、テレビの前にいた。何故か驚いた顔をしてこっちを見ている。ベッドの方で寝転がっていた楓もまた同じ様な感じだ。どうしたというのだろうか? 何があったのか……? まぁとりあえずお土産を渡してしまおう。そう思って部屋に入り、焦ったようにキョロキョロと辺を見回している秋人に近づく。何かこの部屋にあるのだろうか?そう思って私も部屋を見ようとした。

「勝手に部屋入んな!」

 秋人の怒声が部屋に響く。私はびっくりして秋人の方を見る。

「いや、一応ノックしたんだけど……」

「返事がある前にドア開けてたら意味ないだろ!」

 確かにその通りだった。

「ごめんごめん。それより、これお土産ね。二人で食べて」

 そう言って私は秋人にお土産を渡して逃げるように部屋を出た。結局お土産で仲良くなる作戦は見事に失敗した。むしろ、怒らせてしまった。確かに返事の前にドアを開けたのは悪かったと思うけど、あんなに怒鳴らなくてもいいと思う。……でも、多分それは秋人が怒った本当の理由じゃない。秋人が怒った本当の理由――それは多分、私に隠していることがあるからだ。突然入ってきた私に怒るというより、部屋にある何かを見つかりたくないというように部屋の壁を見たり、机の方を見たり、慌ててどうするか考えている様な素振りを見た限り、アレが原因だろう。それで咄嗟に怒鳴って、部屋から私を出したのだ。私は秋人の視線の先にあったものを少しだが見てしまった。なるほど、確かに私がアメリカへ行く前とは少し違うのかもしれない。

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