四話
命を大切にするのは生き物として当たり前のことですけどなかなか難しいものです。
確かに、薄々感じていた。此処が今まで私が築き上げてきた常識の上に成り立つような場所では無いことを。それでも、そう易易と認めることの出来ない位には私の頭はガチガチに固められているのだ。
金髪少年と片眼鏡銀髪青年に挟まれている美少女を見る。ああ、いいなあ。ほんの2,3年の違いだろうけど、彼女はすぐにこの状況を嬉々として受け止めている。
今、漸く少しずつ受け入れ態勢を始めた私とは違うのだ。あの柔軟な頭切実に欲しい。
取り敢えず鎧男の方に顔を向け、気を遣ってくれているだろう彼に有難う御座います、と言いながら小さく礼をする。
少し目を見張られたが、頷かれたので気にするなという意味だと思っておく。もしかしてお礼も言えないようなクソガキにでも見えたのだろうか。お礼含め挨拶は大切ですよ。大切。
もう一度、前を行く彼女を見る。顔の綺麗な三人がいると正直眩しい。
よく見ると、二人とも妙に彼女を見る目に熱が篭っている気がする。あの目は私の友達が隣のクラスの宮崎くんを見る目と同じだ。まあ彼女の場合はその内視線で相手を溶かせるのではと思う位熱烈なものであったが。まさか恋する乙女を此処でも見ることになるとはというか幾らなんでも落とすのが早すぎやしないかお嬢様、いや女王樣。
そしてはたと気付く。先程まで足元に居てくれた銀之丞がいつの間にか離れている。
「ぎ、銀!? ど、どこ?」
銀とは銀之丞の事だ。焦って足を止めると私の手を掴んでいた鎧男も立ち止まる。日本語で言ったのだが私の足元を見る限り銀之丞が居ないことに気付いたようだ。
自分でも頭から血が引くのが分かる。不安で不安で仕方がなくて、膝が笑うし手は震える。
既にあの部屋から随分と離れた廊下に出たらしい、庭園も見られるこの場所をぐるりと見渡す。愛しい銀色の毛並みは何処にも見当たらなかった。
もしや誰かに捕まったのかと思い更に青褪める。
然しどうやら杞憂だったようで、後ろを振り向いたそこには此方へ全速力で向かってくる逞しくも可愛い足取りの銀之丞がいた。口に何かを咥えているようだ。
と、それを見た彼の手が強張った。この人は犬が苦手なのだろうか。
(というより、この世界には犬がいるのかも分からないし、もし居ないのだとしたら未知の生物だしね。)
犬の居ない世界など想像もつかないが、まあそんな事もあるだろう。異世界には私の常識も想像も及びもつかないのだから。
銀之丞を両腕を目一杯広げて迎えるために手を放してもらおうと引っ張ったのだが、放す気はないらしく少し強めに握られた。
それならばと思い今度はしゃがむため下に引っ張る。これには応じて貰えた。然しマッハで顔面に向かってくる銀之丞はやはり恐いようだ。多分、自分の上司が連れていくと言った手前応戦出来ないのだろうとも思う。彼は、偽物であると判断された私を気に掛けるくらいには良い人だから。
「オンッ」
嬉しそうに一吠えすると、銀之丞は巨躯であることを利用し体全体で目一杯抱き着いてくる。
私も応えるように力いっぱい片手で抱き締める。つい、愛らしさに頬が緩む。
「その獣の口に咥えている物を寄越せ。」
「ひぁっ」
銀之丞と私の甘い時間は強制的に一瞬で幕を閉じられた。
何処からともなく降ってきた声と首筋に当たる物に出掛かった叫びが抑えられる。
地を這うように低く、果てしなく冷たい声に全身の毛が文字通り総毛立った。背筋に氷でも当てられたかと思うくらいだ。
一体何処の誰だ、この男は。
取り敢えず、頸動脈を切られないよう祈りながら銀之丞に肩にかけた前足を外しお座りしてもらう。銀之丞がひどい形相になって咥えているものに牙が食い込んでいるが、なんとかかんとか口からソレを出すことは出来た。心配ばかり掛けてごめんよ。
(これ、普通の縄?)
こんなの何処から、と呑気にも内心疑問に思いながら銀之丞を見ると何故か得意げな顔をした。何故だ。
だが今は銀之丞の得意顔よりも自分の身の安全だ。早速お返ししようとちょうど死角にいて顔が見えない相手に声をかける。
「この縄、貴方のですか?」
「そうだ。」
意識だけを相手に向けて、縄を頭上に持ち上げる。
手から縄が引ったくるように取られて首には何も無くなったかと思うと、其処にはもう誰も居なかった。
そう分かると、其のままその場にへたり込む。
(こ、わ、かった…!!)
今でも姿は見えない男に、見張られているのでは無いかと思うと膝がまた笑って仕事をしなかった。
怖い。
日本の世の中の大部分を占める常識に沿って人生を歩んできた私にとって、悪意はあっても殺意など向けられたことはなかった。
それでも、
「銀! 急に居なくなったら駄目でしょ! 銀が傷つけられたらどうすんだ、馬鹿!!」
銀之丞が私や家族の知らない所で傷ついて、最悪の場合命を絶たれることのほうが酷く怖かった。自分の命は大切で、他人のために死ぬなんて到底私には出来ないことだけど、私のせいなんかで銀之丞は傷付いて良い存在などではないのだ。
つい気持ちが昂ぶり視界が滲む。おいやめろ。他人に見せる涙など無い。
珍しく大声で叱られて、すっかり悄気返った銀之丞に、泣きそうな顔で小さく笑ってぎゅっと抱きしめた。
間が空きましたが、よんわです。ヘンナオニイサンは伏線のつもりなんですけどね。出来ていないですね。
2月24日。ちょっと編集しました。