二話
先程からお蜜柑という言葉が頭から離れません。
カツカツと乱暴な足音が部屋の外にあるだろう石畳に響き、唯一光の入り口であるアーチ状の形をした入り口から先ほどの大男を伴って2人の男たちが入って来た。
「二人もいるとは聞いていないぞ!どちらが本物だ!」
先頭に立つ男は激昂した。随分と傲岸不遜な態度だとは思うが色とりどりの毛髪軍団が一斉に頭を垂れたので多分偉いさんだろう、それもかなりの。
顔が良く綺羅綺羅しい服に身を包んだ若い人物というのは総じて位が高いものだ。ご先祖様の代で財産を築いた家は大抵眉目秀麗な人が伴侶に選ばれている。美形ばかりの家系には美形が生まれると例外はあれども相場が決まっている。
あの大男の連れてきた二人は、正に美男子だった。口を開いた少年といっても差し支えない位だろう男の後ろに一歩下がって片眼鏡をかけた青年、そしてその後ろに未だにフードを被った大男が二人を護るように立っているのでどうやらこの金髪少年がこの場で最も位が高いらしい。
然し本物ってなんだろう。偽物がいるのか。
小心者の私は突然の事に銀之丞を抱き締めてビクビクしながら美少女を見る。私と彼女であればどこをどう取っても彼女が本物だろう。華人という言葉は正に彼女のためにあるようなものだ。緩いカーブのかかった明るいブラウン色の綺麗な長い髪に少し吊り上がった形の良い眉、長く量の多い睫毛、黒目がちな輝く勝気な目、陶器のように滑らかな白い肌。これでも緑の黒髪と言わしめた私の髪への努力も、彼女の前では霞んで見える。
顔が平凡なので髪だけでもと思いシャンプーをお値段高めだが私の髪に合うものにしてみたり、食事に気をつけてみたりとちょっとした努力をして自分の髪に少なからず愛着があるのだが、化粧やファッションはからっきしなのであまり意味がないとも言える。
「本物はやはり此方にいる者でありましょう。」
「ああ、どう見てもこの者に違いない。」
そんな風に周りが喚きだすと、全員が隣へと視線を移す。ええ分かってましたとも。私と彼女の二者択一で彼女を選ばないほうがおかしい。その択一された方は急に全員に目を向けられたためか、今までにないくらい戸惑っている。話聞きましょうお嬢さん。その顔で自覚がないとか言い出したらぶん殴るぞ。
嫌に存在感を放つあの金髪少年が入り口から後ろの二人を引き連れて、初めて怯えた色を見せた彼女の前に立つ。こんな状況でなければこの絵になる光景を眼福眼福と拝んでいるところだ。さながら牢屋に姫を助けに来た王子様とそのお供。そして私は描写もされない忘れられた侍女というところか。
「おい、お前。俺の言っていることが分かるか?」
分からなかったら聞いても意味ないんじゃないですかね。それ死んでたら返事してくださいと同じようなものだと思う。
彼女は体を引いて全力で警戒している。警戒しているから迂闊に喋る気はないのだろう。
然し沈黙をどう解釈したのか
「分からないらしいですね、彼女。」
私が分かるのに彼女が分からない訳あるか。この眼鏡め。何故片目だけなんだ、コンタクトはどうした。
「リューデス様、如何致しますか。」
大男よ、仮に分からなかったとしてどうにもならないと私は思う。翻訳機能でも付けるつもりなのか。
出来る限り銀之丞に顔を埋め(うずめ)、目だけで王子様の従者に訴えかける。王子様というのは雰囲気だから実際の位は知らないのだけれど。
すると何を思ったか、金髪少年は無駄に綺麗な手を伸ばし、人差し指を彼女の額にこつんと当てた。
つい銀之丞から顔を外して訝しげにその指先を見る。E・T的なあれだろうか。いやでも初対面である筈だから急に親友になることは無いはずだ。
するとどうだろう、穴があく程見つめていると急に指先から青い光が漏れだしたではないか。
(なんだ、これ…!)
瞠目した私と同じ位可愛らしい目を見開いて顎を引く彼女に、気にすることなく人差し指を押し付ける金髪少年。そしてそんな状況をまるでなんでもないように見る男達。
十数秒後、漸く指を離された彼女には、何処も変わった風はないように見えた。
「もう一度聞こう。俺の言っていることが分かるか?」
「わ、分かる、し、喋れるわ…。…貴方、あたしに何をしたの!?」
驚きと恐怖と困惑が入り混じった不思議な表情をしながら彼女は彼らと同じ言語を喋った。
もしかして、今まで本当に分からなかったのだろうか。話を聞かないお嬢様だと思っていたことを謝らないといけないようだ。
何故私が分かったのかは疑問だが、それよりもこの金髪少年は一体何をしたんだ。指先に遅効性の発光塗料でも塗ればあんな事は出来るだろうが、彼女の事への説明がつかない。
何かがおかしい。
私はまた、世界が違うようだと今度は口に出して小さく小さく呟いた。きっと銀之丞以外誰にも聞こえていないくらいには小さかったと思う。
11月25日改行、余白をとりました。