狭霧の竜との戦い
大地を震わすような、稲妻のように轟く咆哮が響き渡る。
「くっ・・・こりゃ、未知の感覚過ぎるな」
周囲の大気がビリビリと振動する。現実では感じることの無い感覚がを襲う。
後ろを振り向くとルナが表情を険しくしていた。
圧倒的存在に、プレッシャー。本気の親父からも感じたことの無い、ただならぬ気配。
目の前にいるのは二十メートルあろうかという巨体を持つドラゴン。しかしそれはやや日本神話で登場する竜のほうに似ているが。
名前は『狭霧の竜』。ここでは最強のモンスターといえる。
ドラゴン。それは子供の中じゃ最強でかっこいい存在だ。火をはいたり、人の言葉を理解したり、空を飛んだりする架空の存在だが、VRシステムでだったら簡単に作り出すことくらいできるだろう。
―――まさかこんなに早く神話級と闘うことになるとはな。
「ルナ」
「なにかしら」
「逃げられるか?」
「無理ね。今の私たちじゃ」
だめもとで訊いてみたが無理らしい。
「まぁ、どっかのライトノベルみたいに死ぬわけじゃないしね。アイテムもなくならないし、お金もなくならないしね。このまま殺されても問題ないわ」
ともうあきらめがちに言うルナ。
「まだ闘ってもいないのにあきらめんのか」
「そうよ・・・ってえ?もしかしてあんた闘うつもり?」
「もちろん!」
「ここでえばって言うな!っていうかその霧、物体として質量あるんだから避けなさいよ」
「忠告すんの遅ええぇぇぇぇぇよぉぉぉぉぉぉぉ!」
目の前にものすごい量の霧の塊が迫っていた。俺は小太刀を斜めにするようにしてその攻撃の威力をいなす。
「攻撃は全身から噴出す霧を操った攻撃と、身体を使った攻撃だから」
「はぁ?全身からとかマジチートだろ」
要するに二十メートルの体から常に霧が発生と。とてつもない量だな、おい!
だいたい狭霧の竜は上空五メートルくらいを常時飛行している。
ちょっとそこまで飛び跳ね続けんのはなぁ。
「おらよっと!――そいやっと!―――『天空』!」
地面を蹴り、樹木を足場にし、狭霧の竜まで一気に近づき剣技で攻撃。
振り下ろされた白刃が狭霧の竜と交差、
「ぐっ!」
苦悶の声を上げたのは俺だった。
硬ェ。これじゃタングステン合金よりも硬ェぞ。
斬れない。
いままでどんなモンスターもこんにゃくを斬るかのようにズバッと斬ってきたこの相棒と言える小太刀が通用しない。
斬れないのだから、衝撃の大半は己へと帰ってくる。ビリビリとしびれる。
「やっぱ・・・こうじゃねえとなぁ!」
狭霧の竜が動き始める。羽を広げて飛翔。
小太刀を振り下ろす俺も反動で空を移動する。
「『三日月』!」
逆袈裟懸け。狭霧の竜は二股の爪で対応。ギィィッ!と金属同士がこすれるような甲高い音が響く。
続いて相手の攻撃。全身の穴のようなところから噴出し続ける霧が一点に凝縮。レーザーのような鋭い塊がいくつも飛来する。
当たるのが三本。掠めるのが二本。残りは全て外れる。
俺が目測で計る予想。命中率が悪いとしかいえない。
「おらっ!おらっ!」
命中するものだけを迎撃。致命傷とならないものは無視。
「『鹿威し』!」
踵落とし。竜の身体は硬い鱗で覆われているから牽制や滞空時間の延ばしにしかならない。
「『爪』!『滝登り』!」
袈裟懸け五閃に上段斬り。HPバーがほんの少し赤に染まる。
「ダメージなさ過ぎるだろ!」
「まぁ一応レイド系モンスター。簡単に言うなら強敵ザコ。ごくまれに出てきてボスクラスの戦闘能力を持ってるから」
「弱点とかねぇのか?」
「ないね」
「即答かよ!」
飛んできた霧の槍をいなしつつ、ルナに突っ込む。
と思いきやいきなり霧は触手のように細長い形に変わった。襲い掛かる触手を迎撃。対処しきれずぐるぐる巻きにされた俺は激しく地面に叩きつけられる。
「があああああ!」
防御力ステータスに自身の無い俺のHPが三割以上削られる。
「グァァァァァ!」
雄たけび声を上げ竜は尻尾を振り下ろしてくる。巨大な塔を連想させる巨大な尾が。
パァン!
射撃音。
銃弾が何処とも無く飛来し竜の目玉をえぐるようにしてクリティカルヒット。振り下ろし攻撃が止まった。
「まったく、じれったいわね」
拳銃を撃ったのはルナだった。手には本人には少し大きめの拳銃が握られていた。
「援護するわ」
「誤射して俺を撃つなよ」
「わかってるわ」
「さてと」
これからは、一人じゃない。
二人で一パーティだけど、一対一じゃない。
お前を、引き摺り下ろしてやる。
「はあああああ!」
大地を駆け抜ける。疾風のように、光の如く。
「んな攻撃、もう見切ったぜ」
飛んでくる霧の槍による攻撃を、ことごとく交わす。
後方宙返り。
バク転の弧を描き着地。元々俺がいたところに、粉塵が舞う。地面と槍が激突した。
ゆらっとした完全に脱力しきった、絶対回避の体勢。
右耳のすぐ横とわき腹のあたりを掠めるように通っていくが回避。ダメージは無い。
そして回転。いや瞬転というべきのもの。
体のどの部分よりも小太刀の切っ先が先頭に動き、
ズバッ、と何かを両断する音が聞こえ、
霧の槍はさらさらとした砂のように静かに地面へと還っていく。
そして俺は小太刀を鞘に納める。
さて、歩くとするか。
ゆっくりと近づく俺に向け、狭霧の竜は無数の霧の槍を浴びせてくる。雨のような攻撃。
俺は特に蛇行したり身体を捻ったりしない。やることは、柄に手を当てゆるゆると歩み寄っていくだけ。
目の前に槍の豪雨が迫って、
瞬く間に槍が消えた。
表現が正しくないな。正確には
俺の目の前でばらばらに切り裂かれた。俺の閃光ような斬撃が通過した直後に。
・・・親父とか例外を除けば、完璧何をやったか分からなかっただろうけどな。
まあ、信じられないかもしれないが、これはれっきとした抜刀術。
『抜』『斬』『納』
抜刀術のこの動きを極限まで極めた奥義。
速さの速さによる速さのための一撃。
名は
『不知火』
一条の熱線に気づかないように、
あまりの速さゆえ、死ぬということを感じないように、
気づかない剣閃
「これで終わりだああぁぁぁぁぁ!」
跳躍。
これをその一言で片付けていいのだろうか。
滞空時間の長い、空を走るような、動き。
アイツは霧が効かないと分かったのか、己の牙を持ちて襲い掛かってくる。
俺のHPを削りきるための一撃は見覚えのある大型拳銃の弾の乱れ撃ちに邪魔される。
誰がやったのかは、見なくても分かる。
ルナ、ありがとよッ!
「抜刀剣技『満月落とし』」
鞘から瞬間的な速さで抜かれた俺の小太刀は竜の首に押し当てられ
両断され、重力に従って落下。近くの湖に巨体を沈ませた。
ピンピロリン!ピンピロリン!ピンピロリン!
何度も何度もレベルアップを知らせる音が連呼される。
なり終わると数字が大きく変わっていた。
18と。
「ありがとね、こんなに付き合ってもらって」
「かまわねぇよ。予想より早く来れたしな」
狭霧の竜を何とか撃破した俺たちは、次の街『グランタウン』に到着しきっていた。
懐かしいと思えるような喧騒。様々な装備を展開するたくさんのプレイヤー。殺れー、殺せーという野次。ひときわ濃い、硝煙の匂い。
そんなものに隠れているが、賭けなどもやっている人たちもいる。
噂以上に戦闘狂が集まるところらしい。
「で、ここまで来たのはいいんだが・・・お前はどうするんだ」
「まぁ、ぶっちゃけあんな破天荒な戦いを繰り広げたくないから・・・。ここにとどまろうかな」
「・・・そうか」
「けど、あんたとの短い旅は悪くなかったと思う。手に入れた道具でまた刀作るから」
「おう。待ってるぜ」
道端で俺たちは別れる。フレンド登録をしたからこっちからもあっちからもメールのやり取りみたいなのが出来るから問題ない。
夜の訓練は七時から。時間はまだある。
「愉しい戦いの始まりだ」
俺は嗤った。
「すんません。どうなってるんすか、ここは」
「おうわあああああああ!」
気配を消して近くの人(男)に話しかけたらびっくりされた。
・・・こんなんで戦えんのか。
「戦えるさ」
「・・・心でも読めんのか」
「いいや。顔にモロ出ていたよ」
そうだったか?
一睨みで虎を殺せそう、とか三人は人殺ししてそうな顔と言われ幼馴染みに文字通り腹を抱えてげらげらと笑っていたのを思い出すと、正直言ってそうとは思えない。
「正しく言うと僕が表情を読み取れすぎなだけなんだよ。これが詐欺に費やしてきた三十年間の実力だね」
「・・・・・」
「・・・・・」
気まずい空気が流れる。
「あぁ、それ嘘だから。僕はまだ高校生だし」
「まぁ分かってたからいいけどな」
この青年の声音は嘘まんぱんだった。といっても普通は対して気づかないだろうが。
「僕の名前はシュウ。よろしく」
「俺は征哉だ。よろしく頼むぜ」
俺たちはがっちり握手する。
シュウと名乗った少年は黒髪で青い瞳の男だ。
少し珍しいが、これくらいは普通に変えられる。設定時に。
身長は俺よりやや小さい。武器はホルスターに収まっている拳銃だけ。
まぁ、ステータスウインドウのアイテム収納からすぐに出せるようだから関係ないか。
「・・・と言うかなんか変なんだよなぁ」
「なんか言ったかい?」
「いや、なにも」
この口調。この雰囲気。
何か思い当たるんだけど何か分からない。
まぁ、いいか。
「で、きみはここへ戦いに来たんじゃないのかい」
「そうだ。どうやって戦うんだ」
「なんて言うんかな?とにかく来てごらん」
シュウの後を着いて行く。その間に狭霧の竜によって上がったステータスをどう振り分けるか悩む。
結局いつもくらいにしてみると「ここだよ」と声がかかる。
「すげぇ、そしてでけぇ」
着いた所は闘技場のような場所だった。おそらくたくさんの人がここで戦うのだろう。
古代ローマの建造物、『コロッセオ』を髣髴させる俺好みの戦うところだ。
感嘆している時間はこれまでだ。さーてと
「殴り込みだ」
「ここはどこの諸悪の結社じゃないから殴り込むのはやめようか。素直に入れば脳筋がいるから戦ってくれるはずだ」
というシュウの言葉に耳を貸して重そうな横開きのドアを開ける。
銃撃の音がなっているかと思ったら
「あれ?おかしくねぇか」
静か過ぎる。それにはシュウが答えてくれる。
「ここでのバトルは両者が同意すると特殊な空間に運ばれる。一対一で戦うんだけど五分で切り上げるんだよ」
「短ッ!」
「始めてくる人は必ずそういうんだ。時間が短いと。実際は二、三分で決着がついてしまう。まあこのあたりだと防弾効果持ちの装備品とはお目にかかれないからね、9パラでおよそ五発だ。多くて十前後。だから逆にその五分が果てしないほど長く感じるんだよ」
「へぇ」
「ちょっと一度僕と戦ってみれば分かると思う」
「じゃあ初めてをお前にやるよ」
「それは初めての対人戦って意味だよね。誤解を招くようなことは止めてくれ」
そういうつもりはなかったんだったけどな。
どうやら人間はあたりの人間しだいで変わってしまうようだ。
朱も交われば赤くなる、だ。
「さてと始めるよ」
その声と共にステータスウインドウのようなものが俺の前で展開する。
『相手に試合を申し込まれました。戦いますか?【YES/NO】』
喧嘩をふかっけられました。やっちゃいますか?【はい/いいえ】
と言うことだろう。
俺は当然
「戦ってやるぜ!」
YESのボタンを押した。
ログアウトのように純白の光に包まれる。浮遊感を感じ。
俺が気がつくと広大な森に飛ばされていた。