ミストガーデン
「はああああ!」
俺はアメリカザリガニのようなモンスター、レッドシザーの比較的柔らかい腹の部分に小太刀を叩き付ける。
性別はメスだろう。卵のような青とも黒とも取れるような色合いの球体がボロボロと降りかかってくる。
これがただのザリガニならなんとも思わないが、これが三メートル級の大きさとなれば話は別。
三十センチくらいの黒球が落ちてくるたびに膜が破裂して、中の液体を撒き散らす。はっきり言って
グロい。キモい。吐き気を催す。そして
「気持ち悪ィ」
俺に降りかかる全ての卵に対し、一つ一つ丁寧に斬撃を浴びせに分割にする。
弾けてこちらに噴射する液体は、飛ぶ斬撃―――『飛斬』―――で対処するから俺には一滴も汚くくすんだ液を浴びていない。よって一番被害を被っているのは―――
「きゃああああああ!」
ルナである。
どうやら運悪く卵の中の液体を浴びてしまったらしい。緑で、ねばねばしているようだ。ご愁傷様。
それよりこのゲームは大丈夫なのだろうか。絶対にトラウマ生むぞ。
ロングブーツにかかった液を取ろうとしているがどうやら取れないらしい。ダメージは受けないようだ(実験NO.1ルナによって解明)。
「『斬鉄・・・・剣』!」
鉄をも斬り裂く体重をかけた重い斬撃。レッドシザーの巨大な鋏を切断。突き刺し、後ろ―――のルナのほうに投げ飛ばす。
「きゃああああ!こっちに投げないでよ!」
「こっちは死ぬ気で部位破壊やってんだっつーの!」
確かルナが言うには、こういうカニ系モンスターは鋏を部位破壊でき、破壊したあとは弱点になるらしい。似たような蠍系も。
というかコイツカニよりエビのほうが、外見的にあってんじゃね?
くだらない思考はさておき、俺はダッシュで背後に回る。そして尻尾から硬い甲羅のような背中を駆け上がる。めっちゃくちゃ身の毛がよだつが我慢、我慢。
「はああああああ!」
俺は飛び上がり、突き刺した。
レッドシザーの右目玉を。
準急所である目玉を攻撃されたレッドシザーは縦横無尽にのた打ち回る。
「おら・・・・よっ!」
くるっと器用に刀をネジのように回すと、ブチブチッと筋繊維の切れるような音がした。
おそらく視神経が引きちぎれた音だろうが、ずいぶんとリアルすぎねぇか?
というか神経どんだけ太いんだよ。
すると軽く力を加えるだけでスポッと軽快な音と共に引っこ抜けた。
アイテムとして扱うなら水晶体と表すであろう目玉を―――再びルナに投げた。
「みぎゃああああああ!こっちに投げんな!」
うん。反応が新鮮である。
あいつ―――希はこんな女々しい反応はしない。断じて、しない。
(なぜか悪寒が)
急になんか寒くなったけど気のせいだろう。決して希が心の声を聞いたわけが無い。
「うおおおおらああああ!」
気合一閃。
一筋の残光が出現。空中振り下ろし斬りは頭の甲羅のような部分を攻撃。鉄のように硬い部分はそのまま剥がれ
「はあああああ!」
俺の突きはレッドシザーの喉に吸い込まれ
―――穿ち、貫いた。
「斬!」
身体を軸にして捻り、強引に小太刀を振った。レッドシザーの首はゴトリという豪快な音を立て地に落ち
身体は辺りに轟音を撒き散らし、沈んだ。
「よーし、レベルアップ!ボーナスステータスポイントの半分以上をAGIに振って・・・っと」
「こっちは全然良しじゃないわよ!めっちゃくちゃ気持ちが悪いわ、もう」
どうやらご機嫌斜めのようだ。ルナがアイテムを取り出す。『浄化の粉』と言うものらしい。
それの一握りをブーツにかけると、先ほどの液体は嘘のように消えていた。
準備がいいな。
ただ本心でそう思う俺である。
「・・・っ!そんなに欲しそうな顔しててもあげないわよ」
「いらん。つか俺一切汚れていないし」
雫一滴すらつけない覚悟で闘ってたからな。人間って案外やろうと思えばやれんだな。と言ってもある程度の技術持たないとだけどな。
とそこでルナがプルプルと震えているのが分かる。それと同時に胸がってのはどうでもいい。
「どうした?」
「あ、あああ悪魔っっっっっっ!」
「悪魔?」
んな種類のモンスターがここにいるわけないだろ。
合成獣すら出てこないっつーのに、そんなモンスターがここにいるわけないだろ。
「く、黒い・・・悪魔!」
「黒い悪魔・・・だとっ!?」
黒い悪魔とばゴキ―――じゃなかった、Gのことである。
何億年も前から存在し、姿かたち変えず存在し続けている『生きた化石』否『生きている化石』だ。
逃げ足が速いやつは『殺虫スプレーから逃げ回るG並み』という速さの表現をする、事もある(俺談)。
正直言えばGと言わずに正式名称をいてもかまわないのだが、隣にはねぇ。
いくら家にうじゃうじゃいるからとはいえ女の子は本能的に拒絶してしまうだろう。
「ゴ、ゴキブリ――――――!」
「はっきり言いやがったこいつ――――――!」
恥も外見にも関係なく大声で言いましたよ!こいつ!
うん、確かにゴキブリだ。
後ろを振り向くと俺らよりやや低い大きさのゴキブリ。約1メートル30センチくらい。
はっきり言う。キモい。
ただその一言に尽きる。
だったらまだあの巨大ザリガニのレッドシザーのほうが可愛げがある。
さすがにこの俺でも、二足歩行の巨大ゴキブリは耐えられない。
「このくそが。絶対に」
オ・マ・エ・ヲ・殺ス!
と心の中で「伯方の塩」のリズムで叫ぶ。
「お前らを真の微塵切りでわけの分からん肉片に変える・・・っ!」
「そこまで!?」
「ああ、現実じゃあんな奴らゴキほいで追い込んだのを漬物石で圧殺した後にそれをぐりぐり回して木っ端微塵にした後ライターで燃やしている」
「それなにかの宿敵よりもひどい扱いだよね!?」
と耳に入ってくるルナの声を意図的にシャットダウン。精神統一、心頭滅却、抹殺、殲滅、撲滅、虐殺、ホロコーストホロコーストホロコーストホロコーストホロコーストホロコォォォォォォォォォストォォォォォォォォォォッッッッ!!!
「はぁはぁはぁ」
「大丈夫!?目に血柱走ってるよ!」
「だい、はぁ、じょうぶ。はぁ、これくらい寝不足だと思えば・・・っ!」
「ちょっと無理やり過ぎない!?」
「大丈夫だ。人類のためなら」
「・・・たとえここで殺しても現実じゃ減らないってこと覚えてるのか?」
俺は一点に集中する。ゴキブリの体。それを斬るために集ちゅ―――
「うっぷ」
あぶねぇ。リバースしかけるところだった。
―――トラウマあるからなぁ
俺の弱点の一つ。それがゴキブリだ。
俺がまだ子供だったころ、でかいゴキブリを殺そうと近づいたら、急に飛んだ。跳ねた。翼を広げて飛び上がった。
そのときの練習着に入って大惨事。ウワアァァ、ウワアァァ的な感じになって以来、落ち着いてても恐ろしい気持ちになる不治の病(?)になったわけだ。威張れねぇけど。
穴があったら埋め殺したい。拳銃があったら撃ち殺したい。
けど俺の主武器はこの小太刀一本。斬り殺すしかない。
「ィッシャァアア――――――ッ!」
死ねっ!消えろっ!滅びろっ!お前らなんて一兆何千億もこの世界にいるんじゃねぇええ―――っ!
と言う心の思いを込めた一撃を容赦なく繰り出す
・・・でも少なくなったらなったで天然記念物になっちゃうんだろうな
とくだらないこともことながら思いながら。
「『燐光』」
稲妻のように鋭く、そして何よりも早い一撃を繰り出す。
鞘をカタパルトのようにして、瞬間的な猛加速を起こす抜刀術による最速の一太刀。
さらに親父の見よう見まねの『飛燕閃』も織り交ぜる。
「千切れろ――――――ぎゃああああああ!」
「なにごと!?」
何事じゃない!めっちゃ気持ち悪いんだよ、この切った感触が!
巨大だからより鮮明にっっっ!これだったら魚の目玉弁当の方がましだ!って何と比べてんだ俺はぁぁぁぁ!
とにかく斬っていくしかねぇ。半分の半分の半分の半分の・・・・・・エンドレスッ!
ひたすら『無尽の剣』。
しばらく全方位からの剣舞を浴びせているとHPを示すバーは0になっていた。どうやらいつの間にか止めを刺していたらしい。
ふと思い出したかのようにゴキブリ型モンスターは光に包まれ消滅する。
「トラウマが穿り返される前に倒せてよかったぁ」
「そこ!?安堵のため息吐くところそこ!?」
「普通そうだろ。もし緑色の体液とか出たらどうする?」
「体液は血の部類に入るからこのゲームじゃでないのよね。逆に出なくてよかったわ」
このゲームは全年齢対象としているため血は噴出しない。
たとえそれが虫の青い血であってもだ。
というかそれを批判した奴どういう神経の持ち主だ、と言いたくなる。
「っれにしてもなんか靄がうぜぇな」
ここがミストガーデンという名前にしても霧、霞、靄に分類されるものが当たりに散らばりすぎている。
と言うか急に視界が白一色になり始めた。
「なんか嫌な感じがする、っていうのかな?これは決して天気でないと思うなぁ」
「実は俺もだ」
この靄はただの自然発生で無いと断言、できる。
「なーんか、霧そのものみたいながあるって感じだね」
「霧そのものね。ずいぶんとスケールが大きいこと」
頭に何か突っかかる。
霧そのもの。もしもだ。あくまでももしもだが。
霧そのもののモンスターがいたら。
簡単に言えば、炎のモンスターが焼け野原にいたら、と想像してほしい。
もしもその状況なら、気配は感じないんじゃないか?
もしも、霧属性なんてモンスターがいたら。
その可能性はゼロじゃない。
気をつけるモンスターがいると言っていたが。
それが俺でも気配を察知できないほどの曖昧で抽象的で、さらにぼやけている存在だとしたら。
それは俺にとっての最悪の敵とならないか?
「『旋風刃』!」
そう思った俺は少しでも霧を吹き飛ばすために、空気の圧縮斬撃をあちらこちらに飛ばす。もちろんルナに当たらないようにしながらだ。
時空が割れたかのように錯覚する光景の中に、俺は見つけた。
巨影。
宙を舞う巨影。
20メートルを越える巨体の圧倒的な光景に、俺は息を呑んだ。
序盤に、あんな奴が出てくるのか?
そんな静まり返った靄が包むこの空間で、ルナは恐る恐る言葉を口からこぼしたかのように言った。
「・・・初見殺しといわれた低レベル者の最大の敵『狭霧の竜』。霧隠れの箱庭の主・・・っ!」
狭霧の竜とよばれたソイツは、超越者の如く舞い降りてきた。
目測と変わらない大きさの巨躯は、リザードマンより硬そうな鱗で覆われている。
取り付けられたかのような腕には、果てしなく鋭利な二股の爪。
巨体は白色で、先端には凶悪な表情を浮かべる顔が。それは後ろに行くたびに細くなっていく。
竜頭蛇尾。いや違う。
竜だ。日本神話で出てくる、細長竜。
「マジ・・・かよっ・・・っ!」
俺は一次元上の存在に戦慄する。
でも・・・
俺は気づいていた。戦慄と同時に
興奮と感激を混ぜ合わした、武者震いをしていたことに。