能力とスキル
暗い。
真っ暗だ。
光の無い、闇といわれる状態。
自分の姿すら見えない、闇の空間。
足元も見えない。上を見上げても、空は無い。
右手を上げようとする。感覚はあるが、やはり見えない。
・・・どういうことだ?
不安定な浮遊感が常に襲い続け、身体が前に動かない。
なんかのミスか?これが俗に言う『ばぐ』というやつか?といぶかしんでいると、遠くに光が見える。
米粒のような、光の点。
それが徐々に大きくなっている。
俺が動いているのか、光が迫っているのかは分からない。
その光は距離が縮まるたびに、白だけの光を極彩色に変えてきている。
様々な色彩を帯び迫る光点に、眉をゆがませる。
あまりのまぶしさに目を細めると、光が俺を包み込むかのように衝突し、次の瞬間
「おおおおおお!すっげぇ!」
周囲は色鮮やかな緑色の森へと変化していた。
目の前には、ごつごつした岩で形成された山。尖った、比較的鋭利な山頂は天を貫いている。そびえ、立ち並ぶ壁のような山脈はアルプスを髣髴させる。
近くを流れる清流は、澄み切った青。とても長い一本の線のような川は、すぐ側の大地を両断するかのように果てなく流れていく。
空は雲ひとつ無い蒼窮。親鳥と子鳥がVの字を描き、推進して飛んでいる。
「まじすげぇぇぇぇぇぇ!」
ゲームということを忘れようになるほどの圧倒的な光景に、それを目の前にした俺は燃えるように高くなるテンションを上げずにはいられない。
ていうかVRシステムなめてた。これじゃ、現実とほとんど変わらねぇじゃん。
「アホ口開けて騒いでないで、まじめにやろうよ」
「おっといつのまに」
すぐ側の木に、幼馴染みの希が寄りかかるように立っていた。
「・・・・・・ずいぶんと重装備だこと。重くねえのか」
希が装備しているのは、案外厳つい重装備だ。
全身金属鎧とまでもいかなくても、全身を覆うやや薄めの鎧。それに対し
「拳銃二丁か。ずいぶんと軽武装だな。大丈夫か、そんなんで?」
「ここら辺は弱いMobばかり出るから大丈夫さ。それに対して防具は重くても硬いほうがいいんだ。銃が基本だから、近すぎると当たらなくて接近されたときのためにね」
そして、俺は下を見た。自分の身体を見る形になる。
さっきは現実すら超越してそうな圧倒的光景に目を奪われて、自分の姿を見ることを忘れていたのだ。
見慣れないTシャツ。そして短パン。
ものすごく普通だ。普通すぎて、何も言えねぇ。
「なるほど。これが俗に言う『しょきそうび』というやつか・・・」
「いや、征哉。初期装備くらい普通に言えるでしょ。ゲームだけで出てくるわけじゃないんだからさ」
「かなりの軽装で防御は皆無、かみっぺらも同然だろうが避ければ問題ないだろ。よし、行こうぜ」
「ちょっと待ったーーー!」
「グヘッ!」
早速街と思われるところに行こうとした俺を、ワイシャツの襟を掴んで止める。ぐ、ぐるちい。
「ぷはー、いきなりなにしやがる」
「あのままモンスターにあったらどうするつもりだった?」
希、顔が笑ってても『目』だけ笑ってない。あん時の親父の百倍は怖いぜ☆星付けたところで希の背中にいてゴゴゴゴゴゴゴゴとうごめく阿修羅は消えないだろうが。
「どうするって、素手でぶん殴るしかないだろ」
「・・・これだから・・・!」
移ったか!親父(先祖も含む)のような脳筋バカ(自分の実の父をバカ呼ばわり)が移ったか!
くそっ。あとで五時間座禅組んで邪念祓わねぇと。
「くだらないこと考えているだろう?」
「なぜそれを!」
「長い付き合いだから、それしかないさ。それよりも冒険の前にしなければならないことがある」
「それはなんだ?」
「まずはこんな感じに。『ステータスウインドウ』!」
希は高らかな声と共に右手を振るう。すると浮かび上がる紫色の液晶画面のようなもの。
こちらからは何も見えないが、おそらくそっちからは見えるようになっているのだろう。
「こんな感じ。あといちいち『ステータスウインドウ』って大きな声で言わなくてもいいから。慣れれば頭の奥で思い浮かべてどっちかの手を振るえば出てくる。こんな感じさ」
希が交互に手を振るたびに明滅するかのようなスピードで現れるては消える紫の液晶画面
「とにかく紫の液晶画面を呼び出せばいいんだな」
「液晶じゃなくて、ステータスウインドウ」
「『ステータスウインドウ』」
俺の口からつむがれた声に反応し出現する紫のステータスウインドウ。
そこには今の体力と最大値を示すグラフ。空っぽのスキル覧。
そしてSTG、VIT、AGIの文字。そして、
それを全て1という文字だった。要するにステータス1
「詐欺だあああぁぁああぁぁぁぁッ!今すぐ責任者を呼べええぇぇええぇぇぇぇッ!」
「ちょ、暴れるな。まだ振ってないだけだから」
「え?振って・・・ない?」
よく見ると下の方に『ボーナスステータスポイント』の文字。
そこには20という値が。
「そう。今征哉が指してるやつ。それをクリック」
俺は言われたとおり右手の人差し指で操作する。
「ところで征哉は何を育てる予定だ?」
「そうだな・・・。何かといえば速さ重視だろうな。身体が遅いと、現実でも感覚がおかしくなるだろう」
「AGI重視か・・・。ところでステータスについて理解できてる?」
「すまん。ここに書いてあるSTRとかVITとかが何の略すら分からん」
「そこからかい!?」
嘆息。
希は一本指を立てる。
「STRっていうのはSTRENGTH、つまりは攻撃力を表している。正確に言えば、筋力と言うのも強化されるわけだが」
「そもそも筋力っつーのはなんだ」
そう話に割り込んでいうとまるで『まいったなぁ』とでも言いそうな顔で頭をぽりぽりとかく。
仕方ないだろ。俺が知っているのは『どらごんくえすと』とかってやつと『ふぁいなるふぁんたじー』とかっていう名前のゲームなんだからよ
「筋力はそのまんま筋力なんだ。簡単に言うとひょろひょろの人間は米俵を持てるかい?」
「ああ、あの軽いやつか」
「一応六十キロ、大人一人より重たいんだけどね」
「あれだったら四つぐらい持てるぞ」
「二百四十キロっ・・・!今ながら思うけど征哉って人間なの」
「それだったら親父の親父、俺から言えば爺だが、今はもう生きてねぇけど車を持ち上げたとか言ってたぞ」
「それもう化け物じゃん!」
「今は化け物、お化けだが」
「いや、そういうことじゃないよ」
あれ?不評のようだ。自分なりにはいい感じだったと思うけど・・・だめか。
「君の笑いの基準が分からないところだよ、っと話がずれたね。というか話がずれると思うから誰でもわかる解説で言うと、筋力は総筋肉量といったところか」
「ようするに現実で鍛えてない奴が重いもの持ち上げられないのと同じように、この世界で筋力を上回るものは持てないわけだな」
「実質的には扱いづらくなるが正しいんだけどね。重機関銃とかがその中に入るってわけ」
そして、丁寧にほかの事を教えてくれた。
VITっていうのはVITALITYのことで体力値、正確には耐久値という意味を持ったENDURANCEが正しいらしい。
体力や耐久と言う言葉が物語るように、この値が示すのは防御力。
高ければ高いほど比ダメージが減るらしいが、ダメージ計算はかなり大ざっぱらしい。
そしてAGIというのはAGILITY、俺が育てるスピードや速さを意味する。
速さと言うのは無意識レベルではなにも意味無いが、意識すればその能力にあった速さで動けると言うこと。
あまり上げすぎると、音速越えて走っている間ずっとダメージを受けるから注意と言うこと。
・・・だったら制限付けろよ。
と突っ込みたくなる。
そしてどんな能力にも隠し要素があるらしく、それぞれ
『STGは筋力』
『VITはHP増加プラスダメージ補正』
『AGIはダメージ補正』
と決まっている。
ちなみにVITの効果はたいした量じゃないらしい。特にダメージ補正は微々たるもののようだ。
まあAGIと効果被ってるしな。
「で、どう振るつもりだい?征哉」
白雪姫をだまそうとする魔女のような口調で、俺を急かすかのように耳当てしてくる。
「そうだな、20を十割と考えると、そうだな・・・今回はSTRに二割、VITに一割、残りの七割をAGIっていったところか」
「最低限の防御、少し多めの攻撃。頼りない攻撃力は速さで稼ぐ・・・か。征哉らしいと言えばそこで言葉を区切るけど、いいのかい?それじゃモロに銃弾食らうと大惨事だぞ」
「ああ、構わないさ。だって」
俺は希に向けて、ニヒルな笑みを向けた。
「『どんなに強い攻撃だとしても、当たらなければ何の意味もねぇ』。よければいい話だ」
「あっさり言うね。銃弾避ける宣言、承ったよ」
「ああ。もし俺が避けれねぇ時は、俺と同じかそれ以上の力のある奴だけ。つまり負けるときだけだ。まあ、そんなことねぇけどな」
「根拠は?」
当たり前だ。んなもん
「俺が強ぇーからに決まってるだろ」
「で、今度はスキルだ」
「スキル?」
「正確には常時発動スキルの方が近いけど。ちなみに、スキルは日本語で何を意味するんだっけ?」
「技能だ」
「その通り。でもゲームだと技能よりも能力でいいと思うよ」
「なんでだ?」
俺の素朴な疑問に、希は即答する。
「スキルはかなりの頻度で《必殺技》を表していることが多い。だからさ」
「じゃあパッシブスキルってのはなんだ?」
「常時発動だから、無いと困ったりいちいちちまちま発動していたら面倒な物のことさ。例えば武装スキル。ここ『アームド・ワールド』ならではなんだけどね。拳銃持つのに《拳銃》のスキルが必要。もし効果がなくなると持てなくなる、つまり手放すことにならないかい?」
「確かに」
俺の肯定に一度うなずき話を続ける。
「だからこういうためにあるのがパッシブスキルの存在だけど、分かったかい?」
「ん、なんとなく」
「では始めようか。まずは征哉の武装。銃火器は何にするつもりだい?」
「『刀』は!?『刀』はないのか!?」
「なんで銃ゲーに刀剣が必要なわけだ?そういうのは征哉しか思わないだろうけど。いちおう刃物はあるよ。《短剣》」
「刃渡りが長いのは無いのか?」
「それじゃ短剣じゃないじゃん」
適格な突っ込みに当たり前か、とうなずいてしまう。
「まあ、職人辺りに頼めばオーダーメイドくらいならしてくれんじゃないか?」
「本当か?」
「オーダーメイドの分高くはなるだろうけど、不可能ってわけじゃないと思う」
「それは《短剣》の部類に入るのか?」
「この世界には超近距離武器は短剣しかないから必然的にそうなる」
「そうか」
上のほうにあった短剣スキルを選択。そのまま画面に対しスライドさせる。
五つしかないスキル収納枠のひとつが埋まる。
「《ジャンプ》・・・これ必要か?《投擲》?手榴弾でも投げんのか?あとは・・・《ステップ》。・・・これ論外」
カーソルを下げながら一つ一つ考える。
《アサルトライフル》とか《狙撃銃》とかの武装スキルは元々興味ない。ゆえに切り捨て。
《地雷設置》とか《爆発物創作》とかはいいかなと思ったけど止める。家訓の初めには『悪事は見逃さない』というものと『卑怯は禁止。常に侍であれ』とある。
古来、侍とは最強の存在であった。侍を倒せるのは侍以外には忍者しかいなかったのだ。
忍者とは毒殺、闇討ち、奇襲、そういうものを卑怯を卑怯と思わず躊躇い無くやる。
今の時代で言うと、闘士と兵士の関係だと言える。
でもその家訓は、たとえそうだとしても闇に手を染めてはいけない。
親父とか、爺とかは
『常に警戒してればいい』
とまで言う。
簡単に言えば『戦いは常に正々堂々と』と言うことだ。
爆発物は俺からすれば、銃火器よりも邪道だ。
―――閑話休題―――
結局俺のスキル枠には、《短剣》、《罠解除》、《気配察知》、《記憶》、《煌めく光》の五つが埋まっていた。
それぞれ説明しよう、
と言ったが《短剣》はパス。てか、もう行ったしな。
《罠解除》は爆弾などの分解、不発弾の処理の成功率を上げる常時発動スキル。
《気配察知》は名前の通り人の気配となんとなく感じるものだ。と言っても俺だったら人の気配がわかる、と言うか空間がゆがんでるように見える。空間の違和感ってやつ。
さらに鍛えれば人以外にも地雷や音速で飛ぶ銃弾すら感じ取れるようになるらしい。というかこういう風に成長しないなら俺はこれを選んでない。
《記憶》は『覚える』と言う意味と『思い出す』と言う意味を持つ『REMEMBER』からネーミングされているらしく、能力は『成したことを記憶する』だ。三つ。
主に高速再装填を行うときに、急いでても狂わないようにするために使うスキルらしいが。
希曰く、この使い方はB・S・O初らしい。というか短剣をメインで選んだのも。
《煌めく光》というのは火力増強スキルだ。
攻撃するもの(主に銃弾)が光り輝き、強力な一撃と変化するのだ。
まあ―――こんなところだ。
そして、OKボタンをクリック。決定。
《短剣》と言うスキルが発動。初期装備発生の、純白の輝き。
強烈な閃光が収まると、手には一振りの短剣が。
「どれどれ」
試し振り、と言った感じで前に向けて短剣を振りかぶり、下ろす。
ぶおんっ
とものすごい轟音をたてて振り下ろされた短剣の先から水蒸気の円錐が見えて
バキバキ、バタン。
目の前の木が、幹からスパッ、いやスバッと切られた。切り株の断面は超綺麗で、凹凸は無く、むしろきちんと年輪が数えられるほどだ・・・ってちょっとおおおおお!
「えーとだな。希、あれは俺がぶった切ったんだよな?」
「音速を越えた短剣の刀身から放たれた衝撃波にね。全く、どんな脳のつくりすれば―――そんな電子パルスが速くなるわけだ?」
「えーと、俺たち藤山家が脳筋一族だからじゃね」
「・・・」(視線と無言の圧力)
「はい、すみません」
希のジトーとしながらも重力の魔眼のような視線に耐えられなくなり、頭を下げる。
しばらくすると顔を元の表情に戻すと『はぁー』と深いため息を吐いた
「・・・来るよ」
「来る?何がだ?」
「MOB。征哉でも分かるようにいうと魔物とかモンスター」
「お、初戦闘だぜ。腕がなるな。そういや今まで何で俺たちは今まで襲われなかったんだ?」
「それは、ほとんど動いてないからだよ」
どうやら、いくらか動いてからでないと戦えないそうだ。逆に、始めてから動かなければ無敵って事だな。
「じゃあなんでモンスターが襲うんだ。動いてないだろ」
「一方的に攻撃かれたらさすがにモンスターだって戦う意思を持つ。一応森の木々もそのうちには入るんだけど、ここら辺のモンスターは不意打ちが嫌いで」
「つまり?」
不意打ちは強いモンスターを呼ぶ。
その希の言葉と共に草むらの影から現れたモンスター。
人間のような体躯。しかしそれを覆う茶色みがかった鱗。爬虫類タイプの尻尾。右手には曲刀、左手には円盾。歩く武装蜥蜴。それが似合うのではないか、というかそう表している
「よりによってリザードマン。しかも親玉にはリザードマンキングっ・・・!」
希のこの反応から、弱くないことは間違いない。それに分かる。リーダー格のような赤鱗―――リザードマンキングは、普通の茶色鱗―――リザードマンの数倍の力を持っていることが。
そのうえリザードマンは数えて12体。俺はまだレベル1。絶望的な戦力さ。
そうだ。そうだ。
俺は、この感覚を楽しみたかった。
「おもしれぇ。ちょうど本気で戦いたいところだったんだぜ。かかってこいやぁ!」
ぶんっ!
俺の神速の一撃が一体のリザードマンの首に吸い込まれ―――首が宙を舞い
そこから俺達の白熱する戦争が火蓋を切って落とされた。