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7:入

意識が浮上して、最初に見たのは、担任教師の鬼の如き御尊顔であった。


………。


まぁ、言うまでもないが、お説教を頂いた。




はぁ……。

全く憂鬱だ。




しかし、そんな憂鬱な時間も終わりを告げ、愛しい愛しい放課後がやって来た。



人も殺せるであろう日差しを受けながらも、家に逃げ帰った俺は……





「ぷはぁ! 生き返るっ!」





麦茶を飲んでいた。


夏の暑さに悲鳴をあげていた俺の身体に、冷えた麦茶が染み渡るのが分かる。


やはり夏といえば麦茶だよな!




……っと、そうだ。





「陽香の部屋に行かなくちゃな」





帰宅後、すぐに水分補給にダッシュしたため、まだ陽香に顔を見せていなかった。


朝は朝で、陽香はぐっすり眠ってて話せなかったし。





「……麦茶、持ってくか」





日差しがある外ほどでないが、やはり家の中も暑い。


きっと陽香も喉が乾いてるだろう。



そう考えた俺は、羊のマグカップに麦茶を注いだ。


麦茶はちゃんと冷蔵庫の中へ。


そして、そのままマグカップを片手に、階段を上がる。


と、





「あははっ。それほんとう?」


「えぇ、本当ですわっ!」





陽香の部屋から声が聞こえた。


この声は陽香と……、




――ガシャッ





「よっ、鷹宮……に烏羽もいたのか」



「あら、帰って来ましたの?」


「……………………す」




「あ、お兄ちゃん。おかえりぃ」





部屋の中には、ベットに横になっている陽香のほかに鷹宮と烏羽がいた。


机の上には麦茶が3つ……。


なるほど。

鷹宮か烏羽のどちらかが、用意してくれたんだろう。


まぁ、それはそれとして、





「ただいま、陽香」


「うん」





いつも通りにただいまを言うと、陽香は静かに微笑んだ。


顔色を見るに、今日はずいぶん身体の調子がいいようだ。





「一緒いいか?」


「いいよ、お兄ちゃん。あっ、お兄ちゃんいてもいい?」





陽香の問いかけに、烏羽も鷹宮も頷いた。


それを認め、俺は腰を降ろす。





「にしても、珍しいですわね? 貴方が自分から私たちの会話に交ざってくるのは」





というのは、鷹宮。


相も変わらぬ尊大な口調で、そう宣う。





「まぁ、そう言えばそうだが……」


「今日は、朝の陽香の寝顔しか見てないから、起きてる陽香に会うのは今日初めてだし……な?」


「う、うん……」





陽香に振ると、陽香は少し照れたように微笑みを返してくれた。




「本当に仲がよろしいこと……」





皮肉混じりにそう言う鷹宮。

見れば、烏羽もコクコクと頷いている。







「このくらい普通だ、普通。な、陽香?」


「そ、そうだよね……」



「はぁ、別に構いませんけど」





どうやら鷹宮もこれ以上あれこれ言う気はないようで、話題を早々に切り上げた。





それでいい。

陽香の表情が曇らないような話題をしよう。





その後、俺を含めた四人で一時間ほど話をした。


学校のことだったり、陽香が今日見た夢のことだったり。


取り留めのない話をして、その度陽香は笑顔を見せてくれた。



そして、







「こほっ……っ」


「陽香!? 大丈夫か!?」





笑っていた陽香が、いきなり咳き込んだ。


慌てて陽香に近寄り、背中を擦ってやる。


しまった。

あんまり陽香が楽しそうだったから忘れていた。


もう、時間か。





「すまん。鷹宮、烏羽」



「えぇ、わかりましたわ」


「……ん」





二人の名前を呼んだだけで、どうやら察してくれたようで、二人は荷物をまとめて立ち上がった。



陽香は、自分が苦しむ姿を友達に見せたくない。



常々そう言っている。

きっと鷹宮と烏羽もそれは知っているのだろう。


二人は、俺に一礼だけすると、すぐに部屋を出ていってくれた。

こういう時、瞬時に理解してくれるのは、ありがたい。



いい友達を持ったな、陽香。



咳き込む陽香の背中を優しく擦りながら、俺は心の中でそう呟いたのだった。









「おい、『羊』」


『ん? なんだい?』





『夢』の中。

俺は『羊』に呼びかけた。


返ってきた声は上から。


もう慣れたというのもあるが、慣れていなくともきっと今の俺は動じなかっただろう。


何故ならば、





「陽香を助けたい」





今の俺の中にあるのは、ただそれだけの想い。



咳き込みながらも、俺や鷹宮たちを心配させたくないと言った陽香。


落ち着いた後も、俺にごめんねと謝り続けていた陽香。



もう耐えられない。


早く陽香に『普通』の生活を取り戻させてやらないと……。





『本当に妹思いのいいお兄ちゃんだねぇ』





こいつに読心されるのも、もう慣れた。


だから、構わず続ける。





「陽香を助けるにはどうしたらいい?」


『そういえば前回は言い忘れたんだったね』


「あぁ」





前回。

ついさっき、授業中の話だ。


その時は夢世界のルールを教えてもらった。





『いやぁ、5ヶ月も前の話だからね。ボクも今さっき読み返したよ』


「……? 何の話だ?」


『いいや、こっちの話さ。君が気にする必要は皆無だよ』





『羊』はそう言うと、ニヤリと不気味すぎる顔を歪めた。


本当にこいつは薄気味悪い上に、相当に胡散臭い。





「…………」


『そんな冷ややかな眼差しでボクを見つめないでくれ。……そうそう、君の妹を助ける方法だったね』


「あぁ。俺は何をすればいい?」





おっと。

せっかく話が戻ったのだ。


話を早く進めよう。





『そうだねぇ……とりあえず、起きてもらうよ?』


「…………はっ? なんで――




俺が聞き返すよりも早く、『羊』は俺に近付き、







『おはよう』







一言だけそう言った。












「っ!?」





まるで目覚ましに叩き起こされたかのような勢いで、飛び起きた。


窓の外を見ると、依然として夜の帳が降りたままで、眠りについた時からあまり時間が経っていないことが分かる。







『やぁ、目覚めはどうだい?』


「…………最悪だ」





上からの声に、そう答える。


いきなり叩き起こされて、目覚めがいい人間などいるわけがない。



……さて。





「なんでお前がここにいる?」





俺は我が部屋の天井に張り付いている不審者にそう問いかけた。


そう。

俺の部屋に、なぜか『羊』がいた。





『なぜかって、言っただろう?』


『ボクは他の世界に干渉できる存在だってね』


『もしかすると、もう忘れてしまったのかい?』


『そうだとしたら、それはそれは残念な脳味噌だね』


『脳外科にでも行くことをお勧めするよ』




「………………」





本当に失礼極まりなく、癪に障る化け物である。



しかし、そのことにいちいち腹を立てていては話が進まない。


とりあえず、





「なんで俺は叩き起こされたんだ?」


『必要な手順だからさ』


「手順?」


『そう、手順。しかし、君は気にしないでいい。その辺に関しては、ボクの管轄だからね』


「…………」





若干釈然としないものはあるが、まぁいい。


とにかく、だ。





「さぁ――


『妹ちゃんを助けに行こうか』


「…………あぁ」





台詞まで盗られたが……気にしない。


あぁ、気にしないとも……。












意気込んだ俺は、陽香の部屋に来ていた。


無論、『羊』も一緒にいるが、陽香が起きてこいつを見たら……。





『それについては心配せずとも大丈夫さ。今のボクは君にしか見えないからね』


「……そうか」





それを聞いて安心した。


こいつの外見を見たら、陽香の病状が悪化する。

間違いない。





『失礼だねぇ。ボクのワイルドな容姿を見て惚れてしまうことはあっても、病状が悪化するなんて、そんなことある訳ないだろう?』





いつも通りの不気味な貼り付いたような笑みを浮かべる『羊』。


何を根拠にこんなことを言うのだろうか。

甚だ疑問である。








『本当に君は失礼だねぇ』


「お前には負ける」





と、そんな話をしている場合ではない。





「で、どうすればいいんだ?」


『あぁ、今から妹ちゃんの夢世界に介入する』


「介入? お前がか?」


『いや……』





『羊』はそこで一旦言葉を区切り、






『ボクと君が、さ』






俺のことを指差した。


は?

俺も?






『そう、君も一緒に入るんだよ。というよりも、君を媒体にして妹ちゃんの『夢』の中に入るのさ』


「俺を……媒体?」


『そう、媒体。って、ごめんごめん。君の残念な頭では媒体の意味が分からないか』


「分かるわ。ナメんな、化け物」





こいつは俺を馬鹿にしてるのか?

いや、まぁ。

しているのだろうが。


たく、義務教育終わった人間ナメんな。


ごめんごめん、とまたも誠意が全く感じられない謝罪をする『羊』。



形式だけの謝罪はいらん。

早く話を進めろ。



こういう時には、奴の心を読む力は便利で、言葉に出さずとも俺の意図が伝わったようだ。


『羊』は再び陽香の方に体を向け、言った。





『そうかい? なら、早速……』




『妹ちゃんにキスしてくれたまえよ』





「あぁ、わかっ――――ってふざけんなよっ!?」





あまりにも非常識で非道徳的な行為を、あまりにも自然に促すので、危うく実行するところだった!


あ、あぶねぇ……。





『突然大声なんて出して、君、非常識だなぁ』


「ぐっ」





確かにこいつの言う通り、こんな夜中に大声を出すものではなかった。


しかも、今いるのは陽香の、妹の部屋な訳だし……。



だが。

だが、だ。


『羊』に非常識と言われたくはないっ!









『とにかく妹ちゃんとキスをしないことには始まらないんだけどねぇ』





どうやら俺の内心を、今回に至っては汲み取る意志もないらしく、『羊』は不気味な笑みを浮かべながら、そう言う。



……が、冗談ではない。


まず、なんでそんな『普通』じゃないことを……。





『それも妹ちゃんの『夢』に介入するのに必要不可欠な手順だからさ』


「ぐっ……」





それを言われると何も言い返せない。


陽香を助けたいと言い出したのは、俺な訳であるし……。





『さぁさぁ、早くしないと夜が明けてしまうよぉ』


『本当はシスコンな自称シスコンではない君には今、妹ちゃんに正当にキスできる大義名分がある』


『ほらほら』





くっ……。


こいつは俺のことをどんな風に見てるんだ、とか。

俺はシスコンじゃない、とか。

こいつ楽しんでやがるな、とか。


言いたいことは山のようにあるのだが……。





「……覚悟を決めろっ、天草司っ!」





陽香を起こさない程度の声量で、しかし、意志は強くそう呟く。



それが陽香を救うためなのだというのなら、俺は躊躇ってなどいられないのだ。


例え、実の妹の(恐らく)ファーストキスを奪うことになったとしても――。




……いや、それはやばいか。



そんなことを思っている間にも、俺と陽香の距離は縮まっていき、






――――チュッ――






唇が触れた。



その瞬間、





「っ!?」





意識が遠退く。

目の前が暗くなる。

そして、俺自身が何かに引っ張られるような感覚。




それが何なのかを理解するより前に、俺の意識は消失した。











『……どうやら無事入ったようだねぇ』


『天草陽香の夢世界に……』




『それじゃあ始めるとしよう』


『『夢』の改変を――』








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