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5:動




『妹を助けたい』


『……なるほど』


『それが君の『夢』って訳だね?』




俺の言葉を受け、『羊』はそう言葉を返してきた。


それに俺は黙って頷く。




『ふむふむ』


『まぁ、いいよ』


『ボクの力を貸すのはやぶさかではない』


『どうせ暇だったからね』


『ははは』




『羊』が笑う。


相変わらず感情が込もっていない適当な笑い声ではあったが……。




『……ふぅ』


『いやいや、しかし意外だね』


「? なにがだよ?」


『もうすっかり落ち着いてるから、君』


「…………」



そう言われれば、確かに、だ。


こいつを最初見たときは、その外見の気持ち悪さにかなり驚いていたが……。




『気持ち悪いとは心外だなぁ』


『ワイルド、と思ってくれよ』


「……それは無理な相談だ」




こんなやり取りも出来るようになっている。


あまりに自然に。




『……君ってさぁ……』


「あ?」




いきなり話しかけてきた『羊』の方に、意識を戻す。


『羊』は、口許を歪めていた。



笑っていると表現もしたが、この方がやはり合っている気がする。



とにかく、『羊』は口許を歪め、




『君ってシスコン?』


「ちげぇぇよっ!!」




即答した。

速答してやった。




『いやいや、端から見たら、そのものだと思うよぉ』


『普通、現実を変えられるって言ったら、思春期男子ってやつは、脳味噌が煩悩で溢れかえるものだろう?』


「なんだ、その嫌な偏見は……」




外見の不気味さが台無しじゃねぇか……。



聞こえているはずの突っ込みをスルーし、『羊』は、さらに、下らない話を続ける。




『例えばだねぇ……』


『妹と血の繋がりがないことにしたい、とか』


『妹が自分のことを愛するようにしたい、とか』




「だから、俺はシスコンじゃねぇぇ!!」




こいつは、一体俺をどういう目で見てるんだ。






『あっ、そうだそうだ』




と、『羊』は抑揚も感情もない口調で、いきなり話を切り出してきた。


というか、会話の流れをぶった切ってきた。



なんだ?と訊ねると、『羊』は、またも口許を歪めながら答える。


というより、独り言のように呟いた。




『現実を変えるということは……』


『『普通』じゃないからね?』




本当に。

脈絡のない言葉。


普通の俺なら、一言だけでも言葉を返していただろう。


だが、




「……っ」




咄嗟に、言葉が出なかった。



見抜かれるかもしれない、とは思っていた。



だが、あまりにもあっさりと、そんなことを言う『羊』に。


俺のもう一つの願望をいとも簡単に指摘した『羊』に。


何も言い返せなかった。



……確かに。

確かに、俺は心のどこかで天秤にかけていた。

普通であること。

妹のこと。


その二つを比べて、いた。



それをこいつは、指摘したのだ。



…………っ。


でも、俺はっ――。




『……ふむ』




と、ここで『羊』は、俺の返事を妨げる形で、声を発した。


そして、そのまま腕を組み、押し黙った。



今までの会話の脈絡をブチ切る沈黙が流れる。


いや、今までも脈絡なんてなかったが……。




「どうした?」




不審に思い、声を掛けた俺に……




――にやっ




『羊』は、笑った。










「っ!」




気付くと、俺は飛び起きていた。



……ん?

飛び起きた?


さっきまで……。




「司!」




俺を呼ぶ声。


その声の主は、




「……あかり?」


「うん」



あかりだった。


心配そうな表情を浮かべて俺を見下ろしていた。


心配性という言葉とかけ離れている存在である、あのあかりが、だ。




「どうしたんだよ? 変な顔して」




そう声をかけた。

いつものようにだ。


だが、




「どうしたじゃないよっ!」




怒鳴られた。


……えっ、なぜ?




「あー……あかり?」


「なんか司いきなり倒れたんだよっ!」


「……」




ということらしかった。




「……ふむ」




一旦、情報を整理してみよう。


珍しく心配してくれているあかりには悪いが、俺も今、整理しないと訳がわからなくなりそうな気がする。



まぁ、もう十分訳がわからなくなっているが、それは言うまい。




で、だ。



さっきまでの状況はこうだ。



まず、俺はあかりに会った後、気がつくと、あの何もない場所にいた。


その場所で、あの不可解な『羊』に会い、話をした。


『羊』の話によると、あの世界は、俺の『夢』の中の世界だという。

そして、たった今、その夢世界とやらから帰還した、と。




「…………」




次は、あの不気味な『羊』そのものについてだが……。



あいつについては、分かったことなんて、ほとんどない。


強いて挙げるならば、『夢』の中に住んでいる。


そのことくらいだ。






「……司?」




っと、そうだった。




「心配かけた。ずっと看ててくれたんだろ?」




心配そうにするあかりに、お礼で返す。



あかりは、図々しい奴だが、同時に、うちの妹の世話をしてくれる世話好きでもある。


きっと今回も、体感時間にして、約十五分。


その間、ずっと側にいてくれたに違いない。



そんな俺の考えは、




「……ずっとってほどじゃない」




あかりの次の一言によって、否定された。




「司が倒れてたの……一分くらいだし……」


「………………は?」




……一分?


そんなわけはないだろ!?



あの『羊』に驚き、下らないやり取りをし、説明を受ける。



それを一分やそこらで出来るか?


答えは否だ。


賭けてもいい。

絶対無理だ。



なのに、あかりは、




「一分くらいだった」


「正確には分からないけど……」


「えっ? 十五分くらいじゃないかって?」


「それはない。私はそこまでアホじゃない」




「…………むう」




一体どういうわけなんだ?


結局、謎は謎のまま残り、むしろ増える一方で……。


俺はもやもやした気持ちを抱えたまま、家に帰り着くしかなかったのだった。









いつのまにやら、俺は、



時間の感覚も。

重力の概念も。

生物の常識も。


まったく通用しない世界。



そんな奇々怪々な世界に迷い込んでしまったようだ。



いつから?

どこから?

そして、何のせいで?



迷い込んだばかりの俺が、それらの答えを知るはずもなく……。



だが、そんな俺の都合など

お構い無しに、確実に歯車は動き出し始めていた。



運命を、現実を変えるための歯車が。




カラカラと。

ギシギシと。







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