4:羊
説明になっていなかった。
何者だ?
『夢』に巣食う『羊』だ。
いや、訳が分からない……。
『訳が分からない?』
俺の表情を読んだのか、心の内を的確に当ててくる。
『表情を読んだ? 違う違う、ただ君の心を読んだんだよ』
「……は?」
『だから、君の心の声を聞いたのさ。理解してないの? 頭悪いなぁ……』
「…………」
なんだ、こいつ。
異様にイラつく。
『はっはっ、頭悪い上に心も狭いのかぁ。救いようがないねぇ』
癪に障る奴だ。
……が、どうやら。
こいつには、隠し事はできないようである。
例え、心の中のことであろうと、だ。
それは理解した。
『やっと理解した?』
「……あぁ、不本意ながらな」
『そうかい。まぁ、でも……』
そこで一旦言葉を区切り、口元を歪に歪めて、笑う化け物。
そして、
『前話のタイトル『遭』だったけど、まさかこんな化け物と遭うとは思わなかっただろう?』
「…………」
まさかのメタ発言である。
なんかもう一杯一杯メタである。
危険なことは止めてほしい。
『おっと、ごめんごめん。ついついはしゃいでしまったよ……久しぶりだから、ね』
「……で、なんで俺はこんなとこ……『夢』の中にいて、あんたみたいなのと会っているんだ?」
「それに……」
「あんたはなんだ?」
とにかく話を進めよう。
これ以上こいつと話すと、血圧が上がりそうだ。
それに、心が読めるのは理解したが、こいつが何者なのかはまだ理解していないし。
『そうだね。頭も心の広さもどうしようもない君には、その辺から話そうか』
「…………」
納得いかない。
いかない、が、今は黙ろう。
ここで突っ込んでいたら、話が進まん。
「まずは、改めて質問だ。ここは結局どこなんだ?」
『そうだねぇ』
『現実世界以外の世界、と言えば少しは理解できるかい?』
『そして、この世界……夢世界は、』
『ボク達が生きる世界であり、君達、現実世界の者が見る『夢』でもある』
『つまりなんて表現を使わなくても、今、ここは君の『夢』の中であり、ボクが生きる世界なのさ』
『理解した?』
「…………」
内容だけならば、理解はした。
ここは、俺の『夢』の中であり、この化け物が生きている世界。
まぁ、ファンタジーやらならありそうな設定ではある。
だが、それが納得できるかというのは別の話だ。
理解は出来ても納得は出来ない。
『納得なんていらないよ』
『理解すればそれでいいのさ』
またも心を読んだ『羊』は、
『それで、次はなんだい?』
腕を広げて、俺に質問をするように促してくる。
「……お前は」
「お前は、何者だ?」
俺は『羊』の催促を受け、本命の質問をぶつけた。
その質問に、
『……何者……ねぇ』
『『夢』の中に住む『羊』さんで、他世界への干渉を行うことが出来る唯一の者』
『そんなところかなぁ』
『わかったかい?』
……と。
『羊』は、まるで台本に書かれたことを、ただ読み上げるような口調でそう答えた。
こんなに生々しい外見であるのに、機械的に……。
『機械的に? はははっ、面白いことを言うねぇ、君は』
『このボクのどこが機械的だい?』
『むしろ、情緒的で感情的じゃあないか』
「…………」
どこが情緒的で感情的だ。
こんな化け物に情緒も感情も風情もへったくれもないではないか。
おっと、いけない。
また話が逸れてしまっている。
まったく、本当に、いちいち話が滞るな……。
『そうだねぇ。一体誰の仕業なんだろうねぇ』
「お前だよ」
即答してやった。
『真顔でさらりと責任を押し付けてくるね、君は』
『しかも、中々に力のある即答だ』
『そうだねぇ、君はきっといいセールスマンになれるよ、うん』
『まぁ、それはいいや』
『で? なんだっけ?』
『あぁ! 責任とかの話だね』
『……まぁでも、それは違うだろう?』
『君とボクの過失はフィフティーフィフティーさ』
「どこがだ。話を率先して逸らしているのは、紛れもなくお前だよ」
今まで黙っていた分の言葉をここで発する。
そう、責任は間違いなく、この饒舌な『羊』にある。
だって、まず俺、こいつに話を振っていないし。
まぁ、心の中では、色々と言ってはいるが……。
だが、口には出していない。
だから、過失は――
『いやいやいや、君にもあるよ』
「だからっ」
『君は知っているだろう?』
「はっ?」
『真実を、事実を、知っているだろう?』
いきなり、脈絡もなく、唐突に『羊』は、そう言い放った。
真実?
事実?
なんだよ、それ……。
どうやら、心の中でだけ呟いたこの言葉も、『羊』には聞こえていたようで、
『はっはっ、なんだか真実とか言うとややこしくなるね』
『つまりは、』
『ここでは、思ったことがボクに伝わる、という事実……真実だよ』
『真実から目を逸らすなよ』
今まで、ふざけていた分、今のこいつには、迫力があった。
迫力はあった、のだが……。
「なんの、話だ?」
何を言いたいのか、分からない。
心当たりなんて一切ないのだから、分からなくて当然だろう。
少し、沈黙。
時間にしたら、五秒にも満たないであろう、静寂。
それを破ったのは、
『…………ふっ、はっはっは!』
『羊』だった。
何が面白いのか知らないが、笑う。
……いや。
面白い、というより、むしろ――
『そうそう、君の言う通り……いや、思う通りの方が正しいのか』
『まぁ、つまりは、』
『哀れんでいるのさ』
ますます、意味が分からない。
哀れんでいる?
なぜ?
なぜ俺は、ほんの十数分前に会ったばかりの謎の化け物に、哀れみを向けられているんだ?
『…………まぁいいや』
『で、他に質問は?』
「……あ、あぁ……」
哀れみの理由が気になる所ではあるが……、
「お前……」
話を進めた。
どうせ、また雑談やら戯言やらの類いだと思っていたのもあるしな。
なにより、『羊』が放ったある言葉に強く引っ掛かっていた。
そのせいで、哀れみの理由が些細なものだと感じていた節もある。
で、その引っ掛かっていた言葉というのが、
「他世界に干渉できる、ってどういうことだ?」
それだった。
『へぇ、案外聞いていないようで、聞いているんだねぇ』
『羊』は感心したような台詞を、感心した素振りを見せずに言う。
ちぐはぐだ。
『ちぐはぐでもなんでもいいだろう?』
『まぁ、説明をしよう』
『ボクは、他世界に干渉できる』
『まぁ、そんなことが出来るから、こうして君と会えているんだよ』
『えっ? そんなことはどうでもいい?』
『干渉の方法と効果?』
『……簡単だよ』
『こちらの世界で行ったことが、現実の世界に反映される』
『ここで何かをすれば、現実に何かが起こる』
そこで、『羊』はニヤリと口の端を歪めた。
『例えば……』
『関わるはずのない二人が友達や恋人になったり』
『交戦中の国々が友好条約を結んだり』
『偉人の暗殺を防いだり』
『そして……』
『原因不明の病気を治すことだって可能さ』
「っ!?」
他世界への干渉。
その言葉が出た時から、期待はしてたし、予想もしていた。
だが、確信はなかった。
けれど、今の一言で確信した。
「……俺は」
『ん?』
「俺は、『夢』を叶えられるのか?」
『『夢』? なんだい、それは?』
俺がそれを思っているんだ。
だから、『羊』にも分かっているはず。
だが、あえて聞いてきた。
それは果たして、今までと一緒の、人を馬鹿にしたような質問なのか。
それとも。
『夢』を叶える覚悟を、『事実』を変える覚悟を問うているのだろうか?
…………。
どちらでもいい。
どちらでも、俺の『夢』は変わらない。
だから、答えた。『羊』の問いかけに。
「俺は、妹を助けたいっ!」