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1:妹



ヒーローになりたい。




それが俺の子供の時の夢だ。


勿論、そんな夢を抱いていたのも、大体小学校に入るまでのことで、小学校に上がるとまた別の夢をみていた気がする。



まぁ、幼い頃の夢なんてそんなものだろう。


だから、今それを振り返って懐かしみはすれど、恥ずかしがることも馬鹿にすることもない。




つまり――








「天草! 天草司(あまくさつかさ)!」




自分の名前が呼ばれたことで、はたと我に帰る。




「おい、天草! 授業中にボーっとするな」




と、教壇に立って、数学の公式の証明をしていた教師が叫んでいる。


あぁ。

そういえば、今は授業中だったか。



「……すんません」




軽く頭を下げると、教師は黒板に向き直った。



一回、窓の外を見る。


もう午後だというのに、太陽が燦々と照りつけている。


暑い。


そんな暑さの中でも俺は、教科書に目を落とす振りをして、再び考えを巡らす。




つまり、あれだ。


叶わない夢は、ただただ微笑ましいだけ、というわけだ。








放課後になった。


放課後に一緒に遊ぶような親しい友達は、俺にはいない。


ただ――




「おーい! つかさっち!」




……はぁ。

面倒なのに見つかった。



嫌々ながらも、一応、義理で後ろを振り向く。


そこにいたのは、




「やっほ! 今、帰り?」




栗色のロングヘアーに、人懐っこい笑顔。

そして、異様なハイテンションを携えた女がいた。


その名も、下地あかり(しもじあかり)。


俺の幼馴染みにして、我が校の生徒会長様である。




「見てわからないのか?」


「ん? わからーん!」


「そうか、今帰りだ。じゃあな」




これ以上、こいつと関わるのは面倒だったので、そう言ってこの場を去ろうとする。


だが、




「それはないだろう!」




止められた。


しかも、凄い力で肩を掴まれる。

地獄万力と言っても過言ではない。




「ってぇな! なんだよ?」


「ん? 今日は司ん家行くから」


「は?」


「聞こえなかった? だから、今日司ん家行くから!」


「…………」




さっきも言ったが、遊ぶような親しい友達はいない。


いるのは、迷惑な幼馴染だけだ。









俺の家は、一般的な一戸建ての一般的な住居である。


一応、二階はあるが、ただそれだけ。


驚くほど広くもないし、驚くほど狭くもない。



そこに住んでいるのは、俺と両親。


そして――








「……ただいま」


「おっ邪魔しまーす!」




玄関のノブを回して、中に入る。

その後を、あかりが雪崩れ込むように入ってきた。


あかりのハイテンションな挨拶にも帰ってくる返事はない。


家の両親は共働きだから、それが当然だ。



靴を脱いで上がり、そのままキッチンへ。


冷蔵庫を開けて、麦茶をコップに注ぎ、一気に飲んだ。


太陽の熱で火照った体に、水分が染み渡っていくのが分かる。




「…………」




きっと暑かっただろうな。


そう思った俺は、コップに麦茶を注いだ。


一つは、さっき俺が使ったコップに。


一つは、氷を入れて。


そして、もう一つは、羊が描かれたマグカップに。



俺は三つの麦茶を持って、二階に上がり、二つある部屋の、俺の部屋じゃない方に入った。




そこには、先に二階に上がっていたあかりと、




「あ、お兄ちゃん。おかえり」




いつものように、青白い顔でベットに横になっている俺の妹・陽香(はるか)がいた。










俺の妹・天草陽香(あまくさはるか)についての話をしておこうと思う。



元々、陽香は明るく気配りも出来、その上、勉強や運動も出来た娘だった。


クラスの、いや、学校の人気者と言ってもいいくらいだった。



だが、今から三年前、陽香が中学一年生になった時、


陽香は病を患った。



外を出歩くどころか、歩くこともままならないほどに体力がなくなり、それに伴い免疫力も下がる。


そんな病気だ。



様々な医者にかかったが、原因は一切不明。

治療をしようにも、本人の身体は健康そのものだったため、結局、精神的なものだろうと判断され、自宅で療養することになった。



だが、陽香は未だに治っていない。



死に至ることはないようだが……。


彼女の青春時代が病で消えてしまうのは、あまりにも可哀想だ。


可哀想、すぎる。










「ほら、陽香。麦茶持ってきたぞ」




そう言って、陽香にマグカップを渡してやる。


それを両手で受け取る陽香。




「ありがとう、お兄ちゃん」




儚げな微笑みだ。


今にも消えて、壊れてしまいそうな――




「おーい! 私にはぁ?」




と、精神図太そうなやつが言う。




「…………ん」



適当に渡す。


すると、あかりは




「お茶菓子はぁ?」




なんてほざきやがる。

図太いというか、図々しい。


これから持ってくるつもりではいたが、このまま言いなりのようになるのは、癪である。


だから、陽香に聞くことにしよう。




「陽香もなんか食べるか?」


「あ、うん。ちょっとだけ食べようかな」


「わかった。持ってきてやるな」


「ありがと、お兄ちゃん」




陽香の言葉を聞いてから、部屋を出る。




「ふぅ」




扉を閉めると、ため息が出た。


暑い。

本当に暑い。



…………。



いや、それだけじゃないな。


このため息は焦りや不安だ。



陽香を見ていると、本当に感じる。




『夢』は『儚い』。


そう感じてしまう。



だって、俺の『夢』は、陽香が元気になることだから……。



それは、叶いそうにない、だけど、微笑ましくなどない、切実で『儚い』『夢』だ。






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