Episode:3
「君の妹のことが好きになってしまったんだ」と婚約者から婚約破棄されました。────ところで、妹って誰のことですか?シリーズ 〈3〉
「────ところで、妹って誰のことですか?」
「はぁ?」
私のちょっとした疑問に、婚約者はまるで私を馬鹿にするかのように鼻で笑った。しかし私にとってはとても重要な質問である。
「あなたは先ほどおっしゃいましたわ。“君の妹のことが好きになってしまったんだ”、と。そうですわね?」
「ああ、間違いない」
今度は私の質問にしっかりと頷いている。よかった、聞き間違いではなかったようだ。
「ですから“私との婚約は破棄したい”、とも。私とあなたの婚約は家同士の契約でもあります。その婚約を破棄するということは契約を破棄するということ。その意味がわかっていておっしゃっているのですね?」
「ああ、そうだ。俺は君の妹に心を奪われた。無邪気に笑い、素直に泣く。時にイタズラなんてする子供っぽい天真爛漫な可愛らしさもある。
それだけでも、彼女は君に無いすべてを持っていると思うんだ!君には申し訳ないが、俺はもう君の妹としか結婚を考えられないくらい好きになってしまったんだよ。
それに君は確かに美人だが愛嬌がないし頭の良いところを鼻にかけているというか……ちょっといけすかないだろう?なにより男を立てることを知らない。やはり女は少しバカで男の後ろでニコニコ笑っているくらいが丁度いいと思うんだよ。俺に一目惚れして無理矢理婚約を結んできた君からしたら悔しくて仕方が無いだろうけど、運命の愛っていうものは覆せないと決まっているんだ」
そう言ってまるで劇団の役者にでもなったかのように得意気にウインクしてくる婚約者の姿に思わずため息が出そうになった。私はあまり……というか全く興味がないのだが、これを好ましく思う女性も確かに存在するのだろう。
「……そうですか。ニコニコ笑っているだけで領地経営がなんとかなるのなら、私だって笑っていたいですけれど……。仕方がありませんね、あなたのお父様からどうしてもと頼まれた婚約でしたが、あなたがそこまでおっしゃるのならこの婚約は破棄いたしましょう」
元々は親同士の口約束のようなものだった。さすがにお父様がこの婚約の話を突然持ってきた時は少しだけ怒ってしまったが、本格的な婚約の契約はまだこれからだったのが幸いしたようだ。一応、素質を見極めてからにしようと思って何度か顔を合わせていたのだが、まさか私の方からこの婚約をお強請りしたと思われていたのだけが心外である。
しかも「えっ?」と素っ頓狂な声を出しているが、なにをそんなに驚くことがあるのだろうか?
「ち、父上が頼んだ?」
「知らなかったんですか?いくら後継ぎがあなたしかいないからといってこのまま爵位を譲ったら領地の経営が破綻すると、私のお父様に泣きついてこられたんです。どうしてもと頼まれて根負けしたからと言っておりましたわ。困った父親ですわよね。
そこで私は白い結婚を条件に1年間領地経営のノウハウをあなたに叩き込むだけでよいのなら、と了承したのですわ。もちろん、あなたにその素質があるかどうか見極めてから……のつもりでしたけれど。
とにかく1年後には円満離婚して、慰謝料という名の講師料をもらうという契約だったのです。白い結婚ならばあとから婚姻を無効にできますし、お互いの経歴には傷がつきません。まぁ、あなたは妻に指一本触れなかったということで別の噂が立つ恐れがありましたが……あなたのお父様にそれでもいいからまともな人間に叩き直してくれと泣きつかれまして。私、調教は得意ですのよ。それでも使い物にならなかったら廃嫡して養子を迎える覚悟もあるとか」
まぁ、何度か話をさせてもらっただけだが、あまり才覚があるようには思えなかったのでお断りすることも考えてはいた。領地経営は内助の功があってこそ。その基本がわかっていないようだったからだ。
「廃嫡?そんなこと、俺は聞いてない!」
「私との婚約について説明しようとしてもまともに取り合わず、遊び歩いては文句ばかり言われていたらしいですわね?とにかく契約を破棄するのならば講師を引き受ける話も無しです。違約金は頂きますけれど、私は別にそれでよろしいですわ。それはそれとして……。
────それで、妹って誰のことですか?」
私が軽く首を傾げてそう聞くと、彼は焦ったように口を開く。もしや浮気をしたのかと責められるとでも思っているのか。……そんなことはどうでもいいのに。
「だ、だから!お前の妹だ!金髪の!青い目をした!お前より可愛い妹だ!」
しかしツバを飛ばすばかりの婚約者……いや、この男の口からは私の欲しい答えは出てこなかった。だからつい、ため息が出てしまったのは許して欲しい。
「────私の妹は、3人おります」
「は?」
「ですから、妹は三つ子なんです。3人とも鏡にうつしたドッペルゲンガーかのようですのよ。家族以外の人間が見分けるのは困難なほどに見た目がそっくりなんです。(……まぁ、性格は全然違うのですけれど)それで、私のどの妹を好きになったとおっしゃっているのですか?」
「さ、3人……」
男はポカンと口を開けて間抜けな声を出すが、これまた私の求める答えではない。見た目が同じなのだから、違うところを言ってくれないとどの子かわからないではないか。どうして察してくれないのだろうか?
「1人はとにかくよく笑っていますわ。フォークが転がっても笑うお年頃というのでしょうか……例えばあなたが目の前で馬車にひかれたりしたらそれこそ笑い転げるでしょうね。痛がれば痛がるほどに笑って、笑いすぎて引きつけをおこすくらいには笑い続けます。以前はマフィアのたまり場に暴走した馬車を突っ込ませて遊んでいたのですが、最近壊滅したのかあまり見かけないので新しい遊び相手を探していましたわ。
いくら面白かったからって毎回馬車を暴走させるのには困りましたけれど、子供って一度気に入ると同じことを繰り返すというでしょう?
とにかく笑うのが大好きな元気な娘です。天真爛漫の笑顔は確かに魅力的ですわね」
「は?」
「もう1人はすぐに泣きます。良いことがあっても嫌なことがあってもとにかく泣きます。それだけならいいのですが、泣きすぎると脱水症状になるし、酷くなると癇癪を起こして涙が止まるまで周りの人間を切り裂きますのよ。血の涙、なんてよくいいましたわよね。“他の涙”を見ると少し落ち着くようですわ。
昔よりは自制出来るようになったはずですので、最近は死人は出ていないはずですわ。とにかくすぐに泣いてしまう繊細な娘です。それに、まるで天使の雫のような美しい涙を流すのですわ。あの涙を見れば庇護欲を掻き立てられるのも当然ですわね」
「へ?」
「最後の1人は確かにイタズラが大好きですわ。最初は単純な子供がするようなイタズラなのですが、すぐに度を越してしまうのが玉に瑕ですわね。最近は自作の罠をそこいらに仕掛けていて、時々ある犯人不明の爆破事件のことをご存知ではありませんか?あれの火消しには苦労しましたわ。かわいらしい笑顔で火薬をお強請りしてくるのは困ったものですが、あれでも一応はイタズラしていい場所とダメな場所をちゃんと見極めていますのよ?とにかくすぐにイタズラ心がくすぐられてしまうとても好奇心旺盛な娘です。集中力があるというのでしょうか、何事にも夢中になってそれを成し遂げる一途さは誰にも負けませんわ。純真無垢とはまさにあの子のためにある言葉ですわよね」
「ほぁ?」
なにやらだんだん男の顔面が崩れてきた気がしましたが……もしかして姉バカだと思われたかしら?でも、姉には姉なりの苦労だってあるとわかってもらわねばならない。ただ甘やかすだけではいけないと思い、ちゃんと躾もしてきたのだ。アメとムチが大切である。
「それにしても、最近はちょっぴり反抗期だったのかあまりに自由奔放で大変でしたのよ?
仕方がなく3人とも猿轡と簀巻きにして地下牢に放り込んだらやっと少し落ち着いたのかおとなしくなっていましたのに……あなたというおもちゃを手に入れて興奮してしまったのかしら。私に隠れてコソコソ会っていたなんて、あの子たちもとうとう姉離れしてしまったのですわね。
でも、あの子たちを本気で好いてくれる殿方が現れるとは驚きました。もうどこかに嫁がせるのは無理だろうから私があの子たちを一生養うつもりでいましたのに……。
────それで、あなたがお好きになった妹って誰のことですか?どの子も私にとっては可愛い妹……出来れば一途に好きになってくれる方と添い遂げて欲しいと思っておりましたのよ」
ここまで妹たちの特徴を話せばすぐに明確な答えが得られるだろうと期待していたのに、なぜこの男はやたらと目を泳がせながら汗をかいているのだろうか?しどろもどろとしていて全然ハッキリとしないその態度がやたらと私の神経を逆撫でしてくる。
「いや、あの、その……誰とかは、それは……」
「1番目ですか?それとも2番目?やっぱり3番目かしら?……あらいやだ、まさか3人ともお好きになられたとでも?」
これが王族だったならば側室や愛妾なんて手もあるが、貴族の基本は一夫一妻だ。もしかしてこの男は私の可愛い妹たちを弄んだのだろうか。
そうだったとしたら、どうしたって許せないわね。
✱✱✱
「「「お姉様の婚約者、面白かったね!」」」
とある貴族の邸の庭で、まだ幼さの残る同じ顔が3つ並んで笑っていた。
1人はゲラゲラと腹を抱えながらとある方向を指さしている。
もう1人は顔面を涙でビショビショにしながらハンカチで赤い何かを拭いている。
その2人を見ながら、さらにもう1人が小さな部品を指でもてあそんでいた。
「あら、あなたたちこんなところにいたの?」
「お姉様!あのね、とっても面白かったのよ!あんなに弾け飛ぶなんて!ゲラゲラ!」
「新しい罠がピューン!として、バチーンってなったの!ぐすん!」
「イタズラ大成功~!赤い花火ってキレイでしょ?お姉様の婚約者のおかげだよ!次はもっといっぱい爆弾でしたらもっともっとキレイかなぁ?」
「ふふふ、そうね。あの方はあなたたちをとても好いていてくれたから、最後にあなたたちの役に立ってきっと喜んでいるわ。でもね、もうお姉様に内緒で誰かに会ってはダメよ?心配するでしょう?
さぁ、お姉様はお仕事があるから行くわね……大丈夫、人に教えるより自分でした方が早いからすぐに終わるわ。だからそれまで、仲良く遊んでいなさい」
「「「はーい」」」
私の可愛い妹たち。まだまだ誰にもあげられないわ。妹を籠絡しようとした元婚約者にも、そんな男を私の婚約者にしたお父様にも、結婚させて一時的にでも私を家から追い出そうとしていたお母様にも……。
そう、誰にもね。
終




