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Episode:1

「君の妹のことが好きになってしまったんだ」と婚約者から婚約破棄されました。────ところで、妹って誰のことですか?シリーズ 

「君の妹のことが好きになってしまったんだ。だからこの婚約をなかったことにして欲しい」



 婚約して3年目の記念日に彼は私にそう言った。


「は?妹……?え、ちょっと待ってください……それってもしかして、私との婚約は破棄したいってことですか??」


 あまりの衝撃的発言に私は飲みかけのグラスを落としそうになった。意味がわからなくてポカンとする私の反応を見て彼が「だからさっきからそう言っているじゃないか」と不思議そうに首を傾げている。




 婚約が決まってすぐ隣国に留学してしまった彼を待ち続けて3年。本当なら1年で帰ってくるはずだったのにどうせなら卒業まで残りたいと急に言い出し、長期休みになっても顔すら見せに来ず、誕生日にプレゼントどころか手紙ひとつ寄越さなかった名ばかりの婚約者が……やっと帰ってきたと思ったらとんでもないことを言ってきたのだから当然の反応だろう。ちなみに部屋の壁際には執事とメイドもいるが私と同じくポカンとしていた。


 だってまさか、3年ぶりに顔を合わせた途端に婚約破棄を突き付けられるなんて思わなかったのだから。



 私がしばらく呆然としてしると、その間も彼はペラペラと「運命の出会い」だとか「彼女の方が素晴らしいから」などと悦に入った顔で語っている。それを見ていたら頭の奥がスッと冷たくなって今度は怒りが湧いてきた。申し訳ないが、私は泣いて縋るような女ではないのだ。


 よくわからないけれど、とどのつまりは留学中に浮気をしていたということである。留学から戻ったら我が家に婿入りして領地経営に携わるために隣国へそのノウハウを学びに行ったはずの彼は一体何を学んできたのやら。



 だいたいさっきから上から目線で私に憐れみの目を向けているけど、男爵家の次男のあなたに子爵家の嫡子である私を馬鹿にする資格なんてないですからね?!なにその「選ばれなかった可哀想な君」みたいな視線は?!


 そもそも、今回の留学費用だってうちが出していたのよ?婿入りしてもらったら苦労もかけるだろうからと、出来るだけ要望を叶えてあげようと思っていたのに……こんな裏切りってある?


 私は大きく息を吐いてから執事に頼んで書類を用意してもらおうとした。もちろん婚約破棄の書類だが、素早く私の後ろに控えていた執事の手にはすでに必要なものがすべて揃っている。やはり我が家の執事は有能だ、仕事が早い。


「あなたの気持ちはよくわかりました。ではこちらにサインを。……はい、確かに確認いたしました。私もサインして……これで婚約破棄は成立です。

 私たちは特に交流もなかったですが、一応契約違反にもなりますので慰謝料は請求させていただきますからね。では、もう私とあなたは他人ですから我が領地には二度と足を踏み入れないでください」


 本当ならもっと複雑な手続きや下手したら裁判をするべきなのだが、私と彼は名ばかりの婚約者で手をつなぐどころか手紙のやりとりすらしていない。というか、最初は何度か出していたのだが、一向に返事がこないので私も出さなくなったのだ。だからほとんど交流もしていない。理由を話せばお父様たちだって私の決断を受け入れてくれるだろう。


 なにより、浮気してそれをあやまるどころか開き直る人なんてムリぃっ!


 すると彼は「契約違反?慰謝料?君はおかしなことをいうね。まるで物語に出てくる悪役令嬢のようだ」と再び首を傾げた。おかしいのはお前の頭だと殴ってやりたい。


「悪役令嬢だなんて失礼な……それに、なにがおかしいのですか?私たち婚約破棄したんでしょう?」


「だから、僕は君の妹と結婚すると言っているだろう?ちゃんとこの子爵家に婿入りするし、当主になって領地経営もするつもりだ。ただその相手が君から妹に変更されるだけなんだからなんの違反もしていないじゃないか。それなのにそんな意地の悪いことを言うなんて、やはり君の妹の言う通り“悪役令嬢”そのものだな」


「……妹と結婚、ですか」


 私は書類をしっかりと手に持った執事が、一礼して即座に部屋から出ていくのを視線だけで見送った。きっとこのまま教会に提出してくれるはずだ。法律で一度破棄された相手とは再び婚約を結ぶことはないからこれで一安心である。




 私は視線を彼に戻して再び息を吐く。そして大げさに首を傾げて見せると、ずっと言いたかった言葉を口にしてやった。

 





「────ところで、妹って誰のことですか?」






 彼以外の、この場にいた全員が思っていたことだ。私はこの子爵家の一人娘で、もちろん妹なんて存在しない。いくらほとんど交流がなかったからとはいえ、婚約者の家族構成すら知らないなんてとんだ大馬鹿者である。




 なにやらひとりで大騒ぎしている彼をお帰り願うと暴れ出したので憲兵に通報して連れて行ってもらった。ああ、やっと静かになったわ。




 1週間後、彼の両親である男爵夫妻が改めて我が家に謝罪しにきた。すでに慰謝料はもらったが今回のことを説明しにきてくれたのである。そして真実が明らかになった。



 どうやら彼は盛大な勘違いをしていたようなのだ。



 最初の間違いは、彼の元へ届いた一通の手紙だった。


 宛名など確認せずに開封したのだろう。実はそれが自分と名前の綴りが一文字違いの別の留学生宛の手紙だったとはつゆ知らずに彼はその手紙の内容に震え上がったそうだ。


 それは自分の婚約者には妹がいて、その妹が姉に虐げられている内容だったからだ。


 そしてその妹は姉の婚約者だと知りながらもお慕いしている気持ちを我慢出来ないとかなんとか……まぁ、つまりは姉から婚約者を略奪するための仕込みの手紙である。


 しかもなんの偶然なのか私と家名がこれまた一文字違いの子爵家だったようだ。いや、いくら似てたって婚約者の家名を見間違えるほうがおかしいのではないか。


 それに、いくらなんでもさすがに住所が違い過ぎるのでは?と思ったのだが、名前の確認もしなければ住所の確認もしていなかったようだ。学園の小間使いか事務の人に「この手紙にある住所に送り返しておけ」的なことを言ってそのまま押し付けていたらしい。一度だけならまだしも、それからずっとである。違う意味てすごいと思った。


 とにかく彼はそれから私(・)の(・)妹(・)と文通を始めたらしい。私に確認の手紙さえ寄越していればすぐに解決したはずの問題を、彼は「彼女を反省させるために」わざと手紙を書かなかった、と言っていたとか。


 そして秘密のやりとりは続き、“私の妹”が私から逃げるために留学先に行きたいから匿ってほしいといってきた。このままでは無理矢理政略結婚させられてしまう、あなたでないと嫌だと言われ、彼は“私の妹”と会うために留学期間を延ばしたのだ。


 実際にやってきた“私の妹”は私とは似ても似つかぬ儚げな美少女で、彼は“私の妹”に一目惚れしたのだとか。それから卒業まで子爵家からの支援金で“私の妹”と暮らしていたらしい。


 そうしてあの日、私と婚約破棄して“私の妹”と結婚すれば全て万々歳だと計画して、意気揚々と帰ってきたわけだ。



 ちなみにその妹とやらは、元の国では略奪癖のある厄介な令嬢として社交界では有名だったようだ。今回も姉の婚約者を略奪しようと企んだが、運悪くひっかかったのは彼だったのである。


 たぶん“妹”の方は、すぐに彼が“姉の婚約者”ではなかったことに気付いていたはずなのに、都合の良い相手だと思われたのか、略奪出来るなら誰でも良かったのか……悪癖という、どうようもない病気持ちなのかもしれない。(どのみち、その姉と婚約者は相思相愛で妹なんて眼中になかったそうなのだが、彼のおかげで巻き込まれずに済んだと喜んでいたらしい。同時にあんな手口に引っかかるなんてとドン引きもされたとか)


 しかも彼は自分が子爵家当主になるのは決定事項だから安心して結婚して欲しいと“私の妹”にプロポーズして早速男女の一線を越えてしまった。


 “私の妹”はといえば、略奪に成功して喜びに浸っていたものの、彼が子爵家当主になれないと知るやいなや自分は彼に騙されてキズモノにされたとかなんとか大騒ぎだ。既成事実は確かなので、男爵夫妻は仕方なく男爵家に迎えたのだが……なんと私のいも──いや、もうその女でいいか。その女、またもや略奪癖が出たのか男爵家の跡取りである嫡男を誘惑したのである。


 もちろん嫡男には婚約者がいて、その現場を婚約者が目撃してかなりの修羅場になった。しかもその女、元の国の実家からは勘当されていて身分はすでに平民だ。その婚約者は伯爵家の五女だそうで、怒った婚約者はその女を男爵家から追い出したわけである。伯爵令嬢の方が惚れ込んで結ばれた婚約だったはずだからその怒り具合は想像に難くないだろう。


 男爵夫妻がその女を擁護するはずもなく、こんなことになった責任を取らせるために彼を除籍してその女ともども地方へ追放して、そこで強制労働させて彼のために払った慰謝料の補填をさせる予定なのだとか。





 結果的に彼は好きな相手と結ばれたことになるのだろうか。きっと今頃喜んでいるはずである。……たぶん。






 私はといえば、あれから良縁に恵まれた。私の騒動を知った、彼と一文字違いのあの男爵令息と婚約者の子爵令嬢が自分たちの家の事情に巻き込んだお詫びにと友人を紹介してくれたのだ。本人も事情を了承済みで信用出来る相手だから是非にと言われ、せっかくなのでお見合いをしたのだが……この人がとてつもなく優良物件だったのである。


 その人は2つ向こうの国の子爵令息で、次男なので自立するために勉強を頑張っている真面目な人だった。2つ向こうの国には有名な特産物があるのだが、なんの偶然かその子爵令息の実家が特産物の輸出に携わっていたのだ。我が家としては是非とも懇意にしたい家でもあった。


 それに我が家の事情を聞いて真面目に将来を考えてくれたのも嬉しかった。なにより一緒にいると、とても落ち着く雰囲気を持つ人なのだ。



 性格も穏やかで誠実、さらに私をとても大切にしてくれる。最初の1年は文通をして、それからすぐに婚約した。最初は契約結婚を持ちかけようと思っていたのだが……今では私の方が骨抜きにされている。来年の春にはこちらにやってきて一緒に結婚式の準備をする予定なのだが、今から待ち遠しい。



 ある意味で元婚約者が運んできてくれた幸運に感謝しているのだ。私はバラの香りのするお茶をひと口飲んで愛しい婚約者へと手紙を書いた。ちゃんと返事がくるという安心感が心を温かくしてくれるのである。


 


 それにしても……本当は、私が「彼を許す」とさえ言えばここまで酷い罰は与えられなかったのだと知ったら元婚約者はどんな顔をするかしら?まぁ、あの女を許すかどうかは伯爵令嬢次第だけれど……“彼だけ”なら強制労働から救うことはできた。


 だって、確かに3年間は無駄にしたけれど勉強期間だったと思えばいいし、本当に私たちには何(・)も(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)んだもの。そこにはもちろん愛情も。だから留学費用の返金と慰謝料さえもらえればそこまでダメージはなかったのだ。相場より多くもらえたから儲かったくらいである。男爵家の資産は酷いことになったようだけど、次期当主が有能だからすぐに取り戻せるだろう。


 このことを知ったら、彼は私を「卑怯者」と罵るかしら?それとも「お願いだ」と許しを乞うてくる?



 でもね、絶対に許さないわ。



 だってね、あの時「悪役令嬢」って言われたのがとってもムカついたから……どうせならその通りに“悪役”になってやろうかと思って。



 悪役令嬢って、そういうことでしょう?








終

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― 新着の感想 ―
このシリーズは好きで、チェックしてました。まとめてくれないかなと思っていたので、嬉しいです。 ただ、題名が「短編集まとめ」だったんで、最初気が付きませんでした。 この先も色んなパターンが読めそうで、楽…
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