歌は数字を残さない
——王都流行歌集 春市版 断片
金の御髪に青い夜会服、
見つめる先にはつれないひと。
王太子殿下は笑って踊る、
なのにあの娘は振り向かない。
冷たい指先、ほどけぬ誇り、
名前を呼べば風になる。
ああ、伯爵令嬢、罪なひと、
恋の勝ち負け、誰が決める。
——南広場売り瓦版 第十二号
宮廷の花と名高き伯爵令嬢エレノア、またしても王家の御兄弟を惑わす——などと書けば、瓦版はよく売れる。
今朝の広場でも、王太子アレクシス殿下との舞踏の噂、第二王子セドリック殿下との密かな贈り物の話で持ちきりであった。
なお、北街区の融資再編については紙幅の都合により次号へ回す。
「次号へ回す、ですって。北街区の話のほうがよほど大事でしょうに」
「そりゃそうさ。だが、瓦版を読もうってヤツらにゃ、お偉いさんの恋愛事情のほうが興味があるんだろ。金髪の王太子がつれない令嬢を追いかける話と、倉の帳面がどーたらこーたらいう話、おまえならどっちに銅貨を出す?」
「……たしかに、ゴシップのほうが興味を惹かれますね」
「だろう? 大事な話と、読みたい話ってのは別モノなんだよ」
——酒場聞き書き 断片
「王太子さまのほうが似合うよなぁ。あの金の御髪であの顔だぞ。広間に立つだけで絵になるってモンだ」
「いや、第二王子さまだろ。やさしいし、あの穏やかなお顔で茶菓子なんて勧められたら、断れる女なんていやしねーだろ」
「んじゃ公爵は?」
「ありゃ恋以前の話だろ。つか顔が怖ぇ。笑ったところを見た者がいないって話だぞ」
「顔で決めるな、顔で」
「じゃあ何で決めるんだ?」
「歌になるほうに決まってんだろ、こういうのは。公爵じゃ話になんねーよ」
——俗謡集 冬版 抜粋
栗色の髪の王子さま、
やさしい手には蜜菓子ひとつ。
言えないことばは袖の中、
黙った令嬢、伏せたまなざし。
恋は言わずに育つもの、
誰にも知られず咲くものか。
それでも噂は先に立ち、
真白い息まで値打ちになる。
——広場芝居 口上控え
「ご覧じろ、ご覧じろ、冷たい令嬢に焦がれる殿下を!」
「おお、なんというすれ違い!」
「金の殿下か、栗色の殿下か、はたまた黒髪の公爵か!」
「今夜こそ結ばれるか、それともまたすれ違うか!」
「銅貨一枚、笑って泣ける恋の物語だよ!」
——南広場売り瓦版 第十三号 小記事
北街区の倉、工房貸付、配給見直しについては、数字が多く読みづらいため詳述せず。
ただし、伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウスの名は、当該控えの各所に見える。
——酒場聞き書き 追記
「結局さ、みんな他人の色恋沙汰に興味深々なんだよ」
「そりゃ歌にもなるくらいだからな」
「倉の勘定で泣く客なんていないだろうし」
「でも、冬を越すために必要なのは、そっちの方だろ?」
「違ぇねえ。だけど、冬を越した詩なんて誰も歌わないだろ。楽しいほうを歌いたがるのさ、オレたちみたいな庶民はさ」
——書き付け 筆者不明
歌は恋を残す。だが、国を持たせた者の数字は、たいてい歌にならない。




