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誰が悪女を愛したか  作者: 十返香
恋と実務の二重奏

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8/14

走り書き

——北街区商会帳場より 紙片

筆者不明、端書き


 南から入る布がまた遅れた。

 釘も足りない。油も高い。

 工房の親父は怒鳴るし、倉の番頭は「もう貸せん」の一点張りだし、こっちだって毎日うまくやれるわけじゃない。


「無理です、これ以上は回りません!」

「回せ! 止めたら終わりなんだ!!」

「終わる前に金が切れるんですよっ!」

「じゃあ、あの令嬢に見せてみろ!」

「……またですか!?」

「まただ! 文句があるなら、お前がこの帳面を立て直してみやがれ!!」


 伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウス。

 宮廷で男を振り回しただの、気位が高いだの、そういう話はこっちにも流れてくる。

 だが帳場で名前が出るときは、別の話になる。


 背は思ったより高くない。けれど帳場に立つと、妙に場所を取る人だった。別に大声を出すわけじゃない。机を叩くわけでもない。ただ帳面を開いて、数字を読んで、こちらの言い訳が通らないことを静かに証明する。きれいな手袋のまま倉に入ってきて、埃だらけの棚を見ても眉ひとつ動かさない。そのくせ、帳面の数字がひとつでも合わなければ、あの黒い目がこちらをまっすぐ見る。

 あの目で見られると、嘘はつけない。


「あの方、また倉の帳面を御覧になったそうですよ」

「見るだけで済むなら楽なモンだ」

「……? じゃあ何を?」

「金の流れをひっくり返すんだよ。しかも無駄なくな。こっちが三日かけて積んだ算段を、あの人は半刻で組み直しやがる。悔しいけど、そっちのほうがよく回りやがるから(たち)が悪ぃ」

「……あの、令嬢が、ですか?」

「だから何だってんだ。こっちは儲かりゃそれでいいんだよ」



——融資控え 余白記載


 北倉への当座貸付、額を改める。

 工房分は週割り。

 返済猶予三週。

 伯爵令嬢確認済み。



——帳場走り書き 別紙


「倉を閉めるか、融資を細く引くかです」

「――両方やれば北街区が先に死ぬわ」

「では、どうしろと?」

「北倉は開けたまま。工房への貸しは週ごとに切るの。糸が切れない程度に細くして、それでも止めないで。止めたら春に何も残らないでしょう?」

「そんなっ!? 綱渡りがすぎませんか?」

「いいから続けるのよ――春までは。春まで持たせられれば、その後のことはなんとかしておくから」



——帳場端書き 追記


 北倉も工房も、いまはあの令嬢の勘定ひとつでギリギリのところを持たせている。

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