誰がいちばん彼女を得たかったのか
ここまで読んでくると、少し迷ってしまいます。
エレノアのまわりには、いつも三人の名が置かれるからです。
王太子アレクシス。
いちばん華やかで、いちばん噂になりやすい人。
広間に立てばそれだけで目を引く金の髪の持ち主で、欲しいものには手を伸ばさずにいられない。その手を伸ばされる側がどう感じるかまでは、まだあまり考えていなかったのかもしれません。
第二王子セドリック。
目立たないぶん、近くで見ていたように思える人。
兄君とは違う穏やかさを持ち、相手の疲れや痛みに先に気づく。けれど、気づくことと、そこに踏み込めることは別だったのかもしれない。
ラウル公爵。
まだこの時点では、恋の相手というより、冷たい実務家に見える人。
甘い言葉もなければ、やさしい贈り物もない。あるのは文書と数字、それから妙に厳密な扱いだけです。
後世の本や噂話も、だいたいはこの三人をめぐって回っています。
そしてたいていの場合、いちばん強く語られるのは王太子説でした。
それはそうでしょう。
王太子が伯爵令嬢を目で追う。夜会の席を三度も変える。まわりも気づく。しまいには弟にまで見抜かれる。
——これほど物語らしい材料は、そうありません。
世間が好んだのは、まずこの話でした。
冷たい女と、彼女を諦めきれない王太子。
いかにも人が好きそうな筋立てです。
けれど、それだけでは決めきれないのも確かです。
第二王子セドリックを推す読み方も、かなり根強くありました。
こちらはもっと静かです。熱っぽく見つめるのではなく、黙る瞬間に気づく。大げさなことはしないのに、添え状を三度も書き直して、最後に残したのは天気の話だけ。
王太子より、むしろこちらのほうがエレノアには合っていたのではないか。
そう考えたくなる人がいるのも、よくわかります。
そして、あの兄弟はお互いの気持ちに気づいていたようです。
二人がエレノアの名前をめぐって言葉を交わした記録が残っています。声を荒らげたわけではない。けれど、穏やかな声のまま、踏み込んではいけない場所をぎりぎりまで踏んでいた——そばで聞いていた者は、そう書き残しています。
三角関係という言葉は使いたくありません。けれど、三人とも互いの存在を知っていた。知っていて、知らないふりをしていた。それだけは確かです。
では、公爵説はどうでしょう。
正直に言えば、この時点ではいちばん弱く見えます。
甘い言葉がない。やさしい贈り物がない。あるのは厳密な実務と、「現場判断で改変するな」という一行だけです。
ただ、その一行だけが少し引っかかる。
王太子は彼女を見ていた。
第二王子は彼女を気にかけていた。
公爵は彼女の案を、勝手に変えさせなかった。
いちばん恋らしいのは誰でしょう。
いちばんやさしいのは誰でしょう。
いちばん強く、彼女を欲したように見えるのは誰でしょう。
たぶん、多くの人はここで比べはじめます。
そして、恋愛の勝ち負けのように読みたくなる。
でも、おそらくそれが最初の罠です。
なお、この時期のラウル公爵が伯爵令嬢の実務能力だけを見ていたのか、それとも別の政治的意図があったのかは、記録からは判別できません。公爵家の内部文書には、伯爵令嬢を「取り込む」ことの利を説いた進言書が存在した、という指摘もあります。
公爵がそれにどう答えたのかは、まだ見えていません。
問題は、誰が彼女を望んだかではないのです。
エレノアが最後に、誰と並んだのか——見なくてはいけないのは、たぶんそのことでした。
戦の前と後では、同じ「隣に立つ」でも重さが変わります。
華やかな恋の噂だけでは、そこまでは届きません。
だから三人を比べるなら、熱だけでも、やさしさだけでも足りないのでしょう。
最後にエレノアの隣へ立てる人がいたのなら、その人には別の条件があったはずです。
評判に流されないこと。
戦の現実を知っていること。
あるいは——彼女の言葉ではなく、彼女が引き受けたものを見ていたこと。
そう考えると、三人の見え方も少しずつ変わってきます。
三人とも彼女を欲したように見えます。
けれど、最後に彼女の隣へ立てた人は、もう少し別のところから見ていかなくてはいけないのでした。
——セシリア




