表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰が悪女を愛したか  作者: 十返香
悪女の噂と三人の男

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/11

兄と弟

「兄上」

「なんだ、セドリック」

「夜会の席次、また変えられたそうですね」

「誰から聞いた」

「誰からも聞いていません。見ればわかります」



——第二王子宮侍従エミール・ハザック私信

姉宛、秋季夜会の翌日付


 姉上、少し気になることがあったので書きます。


 昨夜の夜会のあと、殿下方がお二人きりで話しておられる場に、たまたま出くわしてしまいました。

 廊下の角を曲がったところでお声が聞こえて、立ち止まるしかなかったのです。


 並んで立つと、殿下方の違いがよく出ます。

 王太子アレクシス殿下は背が高く、金のお髪が燭台の明かりに映えて、遠くからでも一目でわかる。広間ではいつも周りに人垣ができるお方です。

 うちのセドリック殿下は、兄君より少しだけ肩が狭くて、栗色の髪が柔らかい。陽と影というと語弊がありますが、お二人が並ぶと、そういう対のように見える瞬間があります。


 あの夜、お二人の間にあった空気は、いつもとは少し違いました。



——再構成会話

王宮西廊下にて


「……目ざとい弟だ」

「エレノア嬢を近くに置きたかったのですか?」

「置きたかった、とは随分な言い方だ」

「では、何とお呼びすれば」

「席を直しただけだ」

「三度も?」

「……おまえ、本当に口が減らないな」


 一拍、間が空いたという。


「兄上はエレノア嬢を、どうなさるおつもりですか」

「おまえに関係のあることか、セドリック」

「関係があるかどうかを聞いているのではありません。聞いているのは、兄上のお気持ちです」

「気持ちの話をするつもりはない」

「では、お気持ちはある、と」

「……」

「黙るということは——」

「セドリック」


 王太子殿下の声が低くなった、とだけ記録にはあります。

 怒りではなかったようです。けれど、冗談で済ませる声でもなかった。


「あの女は厄介だぞ。笑わないし、靡かないし、こちらが手を伸ばしても自分から近づかない。それでも目を離せないのだ。離せないから席を直す。三度直しても、まだ遠い気がする。……俺はたぶん、こういう駆け引きが下手なんだろうな」


 それから、少し間を置いて。


「おまえも、あの女を気にしているのだろう?」

「……ええ。気にかけております」

「気にかけている、か。便利な物言いだ」

「便利な言い方でしか申し上げられないから、そう言っています」

「正直者め」

「兄上のほうこそ」

「俺は何も言っていないだろう?」

「言わないことが、いちばん雄弁になることもあるのですよ。兄上」



——エミール・ハザック私信 続き


 立ち聞きのつもりはなかったのですが、足が動かなかったのです。

 あの兄弟がエレノア嬢のことで言葉を交わすのを、私は初めて聞きました。


 驚いたのは、お互いに知っていたということです。

 兄上が伯爵令嬢を見ていること。弟君が伯爵令嬢を気にかけていること。どちらも、もうとっくに気づいていた。

 なのに、それまで一度も口にしなかった。


 兄弟の間に、あの令嬢の名だけが妙に重く置かれていた——と言えば伝わるでしょうか。

 お二人とも、その名前の重さを知っているからこそ、触れずにいたのだと思います。

 昨夜は、それが初めて指先だけ触れた夜でした。


 姉上に一つだけ聞いてほしいのですが、あの時いちばん怖かったのは、お二人が声を荒らげなかったことです。怒鳴り合うならまだわかりやすい。けれどお二人とも、穏やかな声のまま、踏み込んではいけない場所をぎりぎりまで踏んでいました。


 あの令嬢がこのことをご存じかは、わかりません。

 たぶん、知らないのではないかと思います。


 けれど知らないままで済むかどうかも、正直なところわからないのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ