第5話 公爵家内報
「この数では足りません、ラウル公爵」
「足りる。帳簿の上ではな、エレノア嬢」
——ラウル公爵家家令補佐の記録
公爵家内報第七号に関する補足
公爵家内報の第七号が出ました。
戦時配給および受入人員の再編についてです。
北街区を優先すること、負傷兵家族を含む世帯の計算を改めること。内報としては短く、事務的な文面でした。
ただ、この号には裏があります。
再計算案を出したのが、ラウル公爵閣下ご自身ではなく、伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウスだったということです。
——ラウル公爵家内報 第七号 抄
今月分の受入人員は、北街区を優先とする。
配給布、薬草、乾燥肉の割当は別紙のとおり。
なお、負傷兵家族を含む世帯については、従来の人数計算ではなく、就労可否を加味した再計算を行うこと。
——家令補佐の記録 続き
再計算案が届いたとき、私は閣下のおそばにおりました。
閣下はお読みになって、「簡潔だな」とだけおっしゃいました。
褒めたのか、素っ気なさを指摘したのか、あの方の場合はどちらとも取れます。
ラウル公爵閣下という方を、少しだけ説明しておいたほうがよいかもしれません。
背が高く、顔の彫りが深い方です。笑うことが少ないので、初対面の者はたいてい怖がります。黒髪を後ろへ流して、書類を読むときだけ眼鏡をお使いになりますが、それを人前で掛けることはめったにありません。
つまり、見た目からしてとっつきにくいのです。
そのうえ言葉が少ないので、何を考えていらっしゃるのか、近くにいてもよく分からない。
ただ、仕事は速い方です。いるものはいる、いらないものはいらないと、迷わずに決められる。そういう方です。
——再構成会話
公爵家執務室にて
伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウスが案の説明に来られたのは、内報が出る前日でした。
先ほどのやりとりはその時のものです。
「帳簿の上で足りても、冬を越せなければ意味がないでしょう?」
「では、どこを削るというのだ」
「式典用の備蓄です。いま優先すべきではありませんもの」
「それを通せば、文句が出るぞ」
「出るでしょうね。でも、飢える者を増やすよりはましです」
「……随分はっきり言う」
「曖昧に言って伝わる相手なら、そうします」
エレノア嬢の声が少し上がりました。
ラウル公爵閣下は眉ひとつ動かされませんでした。
あの二人が言い合うと、周りが先に居心地悪くなるのです。私は書類を持ったまま、壁際で小さくなっていました。
けれど、不思議なことに、あれは喧嘩ではありませんでした。
怒りでぶつかっているのではなく、数字の上で押し合っている。
どちらも引く気がないのに、どちらも声を荒らげない。
ぴりぴりしているのに、妙に噛み合っている。
そういう空気でした。
——公爵家内報 末尾追記
伯爵令嬢案、最終的にラウル公爵閣下了承済み。
なお、現場判断で改変するな、との伝達あり。
——家令補佐の記録 末尾
「現場判断で改変するな」という一言が、あの内報でいちばん重い箇所だと私は思っています。
あれは、エレノア嬢の案をそのまま通す、という意味です。
ふつう、公爵家の名で出す内報に、外の令嬢の案をそのまま載せたりはしません。手を入れるか、名目だけ変えるか、少なくとも体裁を整える。
それをしなかった。
信頼と呼ぶには早いのかもしれません。けれど、あの方がそう書いたということは、少なくとも案の中身を疑っていないということです。
あの頃の私は、それがどういう意味を持つのか、まだよく分かっていませんでした。




