第4話 第二王子が気にかけた女
「甘いものはお嫌いですか」
「いいえ、そういうわけでは」
「では、少しだけ」
「……殿下がそこまでおっしゃるなら」
——第二王子宮侍従エミール・ハザック私信
姉宛、茶会当日の夜
姉上、今日の茶会のことを書きます。
セドリック殿下は、兄君ほど人目を引くお姿ではありません。
王太子アレクシス殿下が広間に入るだけで視線を集めるような方だとすれば、うちの殿下はその隣で静かに立っているような方です。穏やかな栗色のお髪と、柔らかい目元が人を安心させる。あの方と話していると、身分を忘れそうになるのです。
そういう殿下が、今日もまた、伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウスのことを気にしておられました。
茶会の出席者は七名。殿下は王族としてお一人だけ。
エレノア嬢は二十分ほど遅れていらっしゃいました。体調がすぐれないとのことでしたが、顔色はそう悪くもない。ただ、機嫌のほうはあまりよくなかったようです。
席についてから、殿下は二度、エレノア嬢に茶菓子を勧められました。
一度目は断られました。二度目で、ようやく——先ほどの会話は、その二度目です。
この程度のことなら、なんということもありません。
親切な方が、気難しい相手にやさしくした。ただそれだけ、とも読めます。
けれど姉上、記録というのは不思議なもので、何でもない場面ほど、あとから妙に気になることがあるのです。
——エミール・ハザック私信 続き
退出の折に、少し印象に残ることがありました。
エレノア嬢が手袋を落とされたのです。
殿下はすぐ拾われました。けれど、うやうやしくお返しになるのではなく、ごく当たり前のお顔で手袋を差し出されたのです。
「落とされましたよ、エレノア嬢」
「あ——ありがとうございます、セドリック殿下」
「今日はお疲れのようでした。茶会の前から、ずっと何か考えていらっしゃったでしょう」
「……お気づきでしたか」
「気づかないほうが難しいです。あなたはお考えごとがある時、左手の指先がほんの少し止まるので」
エレノア嬢は手袋を受け取りながら、不思議そうな顔をされました。
怒っているわけでも、呆れているわけでもない。
ただ、そこまで見られていたことに、少し戸惑っていらっしゃるようでした。
「ずいぶん細かいところをご覧になるのですね」
「細かいのではなく、見えてしまうだけです。あなたのことは、つい」
そこで殿下は言葉を切られました。
言いすぎたと思われたのでしょう。けれど、もう半分は出てしまっています。
エレノア嬢は少し黙って、それから「ええ、少し。疲れていたのかもしれません」と答えられました。
あの方が、あんなふうに素直にお返事をなさるのを、私は初めて見た気がします。
殿下は微笑まれて、それ以上は何もおっしゃいませんでした。
王太子アレクシス殿下のような、わかりやすい熱ではないのです。
もっと静かな気の配り方です。
殿下はあの方のお顔より、あの方が黙る瞬間を気にしておられる。
笑っている顔より、笑えなくなる瞬間に先に気づくような方なのです。
——贈答品控え
翌日付
第二王子セドリック殿下より、伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウス宛。
花茶一箱。
焼菓子二種。
喉の乾きを防ぐ蜜漬け果実 一瓶。
添え状一葉。
——エミール・ハザック私信 続き
贈り物の品を選ぶところに、私も立ち会いました。
宝石でもなければ、目立つ花束でもない。いかにも殿下らしい、やさしくて、少し地味な品ばかりです。
添え状は、殿下が三度書き直されました。
最初の二通には「心配している」という言葉が入っていたのですが、どちらも途中で線を引いて消されました。
重すぎると思われたのでしょうか。あるいは、あの方に「心配されている」と感じさせること自体を避けたかったのかもしれません。
最後に残った文面は、たった一行でした。
「昨晩は風が冷えました。どうかご無理なさらぬように」
天気の話だけです。
心配の二文字は、どこにもありません。
なのに、あの方を気遣っていることだけは、にじんでいる。
殿下のやさしさは、いつもこういう形をしています。
——再構成会話
茶会の帰り廊下にて
「また贈り物をなさるのですか、セドリック殿下」
「大げさなものではないよ、エミール」
「ですが、伯爵令嬢にばかり」
「ばかり、ではないよ」
「では、ついでですか」
「……ついでで、喉を気にしたりはしないだろう」
殿下は少しだけ困ったように笑われました。
否定するでもなく、認めるでもなく。
ただ、ついでではないということだけは、もう隠しきれていませんでした。
——エミール・ハザック私信 末尾
姉上、こういう記録を続けて読むと、王太子アレクシス殿下とはまるで違う輪郭が見えてきます。
追いかける方ではないのです。
人前で奪い合うような真似もなさらない。
ただ、具合が悪そうなら気づくし、無理をしていそうなら気にかける。
そういう相手のほうが、エレノア嬢には合っているのではないか——と私が思うのは、殿下のおそばにいるからかもしれません。贔屓と言われればそれまでですが、少なくとも殿下のお気持ちに嘘はありません。
嘘がないぶん、報われなかった時のことを考えると、少しだけ怖くもあるのです。




