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誰が悪女を愛したか  作者: 十返香
恋と実務の二重奏

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11/21

北倉の鍵

「そんな並べ替えをしたら、倉に入りきらなくて帳面の数字と合わなくなりますよ?」

「だったら合うように帳面を書き直せばいいじゃない」

「ですが、エレノア様」

「倉は飾りではないでしょう。冬を越すためにあるのよ」



——北倉備蓄覚書 冬入り前月分


 北倉に収めるべき備蓄、左のとおり。

 乾燥麦 十四樽。塩漬肉 七樽。薬草束 四十八。織布反物 九。灯油樽 三。


 追記。

 搬入順の見直しあり。

 傷みやすいものを奥へ入れるな、と伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウスより指示。

 先に出すものを手前へ寄せ、帳簿順ではなく使用順に改めること。



——倉番聞き書き


 最初は冗談かと思いました。

 きれいな手袋のまま倉に入ってきたもんですから、どうせ入口で顔をしかめて帰るのだろうと。倉は埃っぽいし、油の匂いはするし、伯爵家の令嬢が来るような場所じゃありません。


 ところがエレノア様は、奥まで入っていらした。

 樽の印を一つずつ見て、古い順に並べ直せとおっしゃる。薬草束は湿気を食っているから上段へ移せとも。そのうえ、置き方にも一々こだわるのです。


「そこ、逆よ」

「は?」

「肉樽を壁につけすぎないで。冷える夜はいいけれど、昼に気温が上がると傷みが寄るの。壁から拳ひとつぶん離しなさい。それだけで一週間は保ちが変わるから」

「……よくご存じで、エレノア様」

「当然よ。倉にあるものが使えなければ、困るのは貴方がたでしょう? 倉の中身は帳面の数字じゃなくて、ここに並んでいる実物なのよ。実物が先に駄目になれば、帳面の数字にはなんの意味もないわ」


 あの口調は、怒っているわけでも、見下しているわけでもなかったんです。

 ただ、当たり前のことを当たり前に言っている。それだけなんですが、こっちは何も言い返せない。帳面を見て仕事をしていた自分が、実物を見ていなかったことを、あの一言で突きつけられた気がしました。



——鍵受け渡し控え 抜粋


 北倉第一鍵、仮預けの件。

 従来は番頭預かりとするところ、今冬に限り変更。

 立会人二名。封蝋確認済み。

 異論一件あり。

 ただし、当人指示によりそのまま記載。


「エレノア様に倉の鍵を持たせるんですか?」

「持たせる、ではない。預けるのだ」

「……同じことでしょうに」

「同じではないよ。持たせるというのは上から渡すことだ。預けるというのは、あの方の判断に倉を任せるということだ。エレノア様は中身を見て決める。帳面の数字だけしか見ないヤツに預けるより、よほど安心できるってモンだ」



——倉番聞き書き 続き


 あの方は、帳面を持ってこなかったんです。

 覚えてたんですよ、全部。何がいくつ、どこにあるか。

 こっちは毎日見てるのに控えを引っ張り出さないと出てこないのに、エレノア様は一度見ただけで頭に入っている。

 それであの細い指で、これはこっち、あれはあっちと、まるで自分の台所を片づけるみたいに指示を出す。


 正直に言えば、最初は面白くなかったです。

 令嬢に倉の中を仕切られるのは、こっちの仕事が否定されているようなものですから。

 けれど三日もすれば分かりました。あの方の並べ方にしてから、出庫の手間が半分になった。探す時間が減った。腐らせる量が減った。

 悔しいけれど、あの人のほうが倉を分かっていました。



——家人覚え書き 断片


 北倉の出入り、令嬢様みずから二度確認。

 帳場へ照会一通。

 工房側へ回す織布、予定より二反減。

 理由、南門負傷者受入れ増のため。

 令嬢様、鍵を返されず。



——鍵受け渡し控え 末尾


 北倉第一鍵、伯爵令嬢エレノア様預かり。

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