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『鑑定が遅い』と追放された見積士、寿命と原価が見えるので要塞を最強にする  作者: 霧原なぎ
要塞建国編

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第8話:略奪という名の遠征

その日は、砂塵と共に訪れた。

グラナード要塞の監視塔に立つガリウスが、地平線の向こう側に陽炎のように揺れる一団を捉え、低く笑った。


「……小僧、見積もり通りだ。王都の紋章を掲げた『乞食の群れ』がお出ましだぜ」


要塞の正門前に現れたのは、勇者レオン率いる騎士団500名。かつては王国最強と謳われた軍勢だが、その姿に往時の威厳はない。馬は痩せ細り、騎士たちの鎧は埃にまみれ、何よりその瞳には、救国者としての志ではなく、渇きに狂った獣のような卑しさが宿っていた。


「……アルス・ロベント! そこにいるのは分かっている! 出てこい!」


レオンが、刃の欠けた聖剣を要塞の門へ向けて叫ぶ。その横には、泥水で髪を洗ったせいか、かつての輝きを失いパサついた髪を振り乱した聖女セリアが、執念深い目で城壁を見上げていた。


城壁の上に、アルスが静かに姿を現した。

彼の背後には、ガリウスが作り上げた蒸気機関が重低音を響かせ、要塞が巨大な「生命体」として脈動していることを示している。アルスの傍らには、純白のクロスが敷かれたテーブルが用意されていた。


「……久しぶりだな。ずいぶんと『コスト』の低そうな格好をしているじゃないか。王都の騎士団ともあろう者が、装備のメンテも満足にできていないとはな」


アルスの冷徹な指摘に、レオンの顔が屈辱で赤く染まる。


「黙れ! 貴様が裏で工作をして、水源をせき止めているのは分かっているんだ! その要塞にある水も麦も、元々は王国の財産だ! 盗人め、今すぐ門を開けろ!」


「盗む? 見積もりが甘いな。俺はただ、俺が管理していたリソースを、俺のために使い始めただけだ。あんたたちが自力で水を引けないのは、俺のせいじゃない。あんたたちの『無能』の対価だ」


「うるさい! 全軍、突撃しろ! 水を、パンを奪い取れ!!」


レオンの号令と共に、騎士たちが咆哮を上げて駆け出す。だが、彼らの足取りは重い。数日の行軍、満足な給水すらままならなかった身体は、すでに限界を迎えていた。


アルスは指を一本、静かに立てた。


「ガリウス。……『無駄』を削れ」


城壁の随所に設けられたノズルから、純白の蒸気が爆発的な音と共に噴き出した。殺傷を目的としない、圧倒的な「熱と質量の壁」。進軍する騎士たちは、視界を奪われ、湿った熱気に押し返される。彼らが放とうとした魔法や剣技は、濃密な魔力を含む蒸気の中に霧散した。


「……くっ、何だこの霧は!? 何も見えない……!」


パニックに陥る軍勢を見下ろし、アルスはテーブルの上のパンを一つ、手に取った。

それは古代天恵麦で焼かれた、黄金色のパンだ。湯気と共に、濃厚な麦の香りが蒸気の霧に乗って、騎士たちの鼻腔を強烈に突き抜ける。


「レオン。あんたたちの喉の渇きと、胃袋の空虚。……その『負債』、俺が買い取ってやってもいいぞ」


アルスは、城壁の縁からパンを掲げた。同時に、氷のように冷えた水の入ったグラスに、一滴、また一滴と水を注ぐ。キンと冷えたグラスに結露が浮かび、その滴りが宝石のように輝く。


「さあ、見積もりだ。……あんたたちがその錆びた剣を振るって、俺の要塞を傷つけるのに必要なエネルギー。それと、今ここで武装を解き、このパンと水を得る利益。……どちらが重いか、その空っぽの頭で計算してみろ」


アルスは、手に持ったパンを最前列の重騎士へと放り投げた。

パンは泥の上に落ちたが、騎士は迷うことなく地面に這いつくばり、それを掴んだ。


「……あ、ああ……! 美味い、美味すぎる! 身体が熱い、力が戻ってくるぞ……!」


「おい、貴様! 何をしている、戻れ!」というレオンの怒号は、もはや誰の耳にも届かない。

アルスはグラスを傾け、一滴の水を、わざと城壁の下へ垂らした。


「……っ!」


セリアが、その一滴を追うように思わず手を伸ばし、膝をついた。

聖女としての尊厳が、一滴の水の誘惑に屈した瞬間だった。泥にまみれた彼女の指先が、空を掴んで震えている。


「……どうして。どうしてこんなことに……。あなたは、ただの計算係だったはずなのに……!」


「ああ、そうだ。俺はただの計算係だ。……だからこそ、あんたたちが『いつ、どのタイミングで、一切れのパンのために魂を売るか』。その損益分岐点を、最初から見積もっていたんだよ」


騎士たちが次々と剣を地面に投げ捨て始めた。カララン、と乾いた音が重なり、レオンの背後からは誰もいなくなった。

投げ出された武器の山の上で、かつての英雄たちは、アルスから配られるパンを求めて列をなす。


「……さて。レオン、セリア。あんたたちの『価値』も、そろそろ清算させてもらおうか」


アルスは冷徹な眼差しで、孤立した二人を見下ろした。

要塞の門がゆっくりと開き、中からは豊かな水の流れる音と、温かな食事の匂いがあふれ出していた。

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