第5話:死の土を黄金に変える、2%の奇跡
噴き出した水は、要塞の地下水路を通り、数年ぶりに外へと溢れ出した。
ガリウスは要塞のテラスに座り、汲みたての水を眺めながら、アルスが差し出した「カビた麻袋」を怪訝そうに見つめていた。
「……小僧。水が出たのは奇跡だが、腹は膨れねえぞ。その袋に入ってるのは、王都の家畜が食う『ハズレ』の餌じゃねえか」
「ああ、家畜の餌だ。だがガリウス、あんたはこの土地の土をどう見積もる?」
アルスは、足元の白い粉が浮いた土を指先ですくい取った。
かつて数千人を養ったはずの肥沃な大地。それが今では、雪が降ったように白く、生き物の気配が一切ない。
「どうもこうもねえ。呪われた『塩吹きの土』だ。数年前の地震以来、地底から魔導兵器の魔力が混じった塩水が噴き出して、土を殺しちまった。……ここで麦を育てようとするのは、石を耕すより無謀だぜ」
ガリウスの言葉は、この地の絶望を正確に表していた。
だが、アルスの瞳には別の「真実」が投影されている。
「……確かに、この土は植物にとって毒だ。だが、この袋の中身をよく見てくれ」
アルスは麻袋を広げ、手帳をかざした。
バラバラとこぼれ落ちる、真っ黒に変色した種子の山。
【対象:廃棄された種子の混合物】
【成分:98%は家畜用の安価なライ麦(死滅済み)】
【残存価値:2%の比率で混入している『古代天恵麦』の種子】
「2%……?」
「ああ。王都では、この黒い種を『病気で変色した欠陥品』として捨てた。……だが、俺の見積もりは違う。これは病気じゃない。あまりにも高い塩分と魔力に適応するために、外殻を硬化させた『古代の生き残り』だ」
アルスは、その黒い種の一つを指で弾いた。
「この種は、普通の土では芽を出さない。……だが、塩分濃度が極めて高く、かつ濃密な魔力がある環境――つまり、今のこの『死の土地』こそが、こいつにとっての楽園なんだ」
ガリウスは絶句した。
王都が「ゴミ」として捨てた土地と、同じく「ゴミ」として捨てた種。
その二つのマイナスを掛け合わせ、プラスの利益を弾き出す。それこそが見積士の本質だった。
「ガリウス、あんたに頼みがある。この要塞の構造を調べたが、中庭はただの広場じゃない。地下の水路と連動した『大規模な温室』だった形跡がある。……あんたの技術で、この要塞の排熱と水路を繋ぎ直し、土壌の温度を一定に保つ仕組みを再構築できるか?」
「……ケッ。鍛冶屋の俺に、土木作業までやらせようってのか。……だが、その見積もりが本当なら、俺は歴史上最も『ありえねえ麦畑』を作る職人になれるってわけだな」
ガリウスは不敵に笑い、巨大なハンマーを担ぎ直した。
二人の作業が始まった。
アルスは手帳で要塞の熱伝導率と魔力の流動を秒単位で管理し、ガリウスは岩を砕き、埋もれていた古代の水路を掘り起こして、温かな水を中庭へと導く。
王国から持ってきたわずかな食料を糧に三日三晩、不眠不休の作業。
そして、ついにその時が来た。
アルスは、選別した「2%の黒い種」を、湯気の立つ湿った土へと埋めていく。
ふもとの宿場町から流れてきた飢えた民衆たちが、要塞の門の隙間から、その狂気とも取れる光景を冷ややかな目で見ていた。
「……無駄だ。あんな塩の土に種を撒いたって、明日には枯れる」
「あの若い主も、腹が減って気が狂ったんだろうよ……」
だが、翌朝。
朝霧が晴れた要塞の中庭を見て、民衆たちは言葉を失った。
昨夜まで真っ白だった土から、力強い緑の芽が一斉に突き出していたのだ。
それも、通常の麦では考えられない速度。魔力と塩分を糧にする古代種は、要塞の鼓動に呼応するように、見る間に背を伸ばしていく。
「……見積もり通りだ。この土地の『毒』は、こいつらにとって最高の『肥料』だったわけだ」
アルスは、黄金色に色づき始めた麦の穂を撫でた。
【判定:食糧生産基盤の確立】
【収穫予定:三日後。王都の最高級小麦を凌駕する魔力含有量】
【生存コスト:劇的な改善を確認】
一方、その頃。
王都では、水不足に加えて「原因不明の不作」が重なり、パンの価格が十倍に跳ね上がっていた。
勇者レオンや聖女セリアは、自分たちが捨てた「ゴミ(種)」が、荒野で黄金の山に変わっていることなど、まだ夢にも思っていなかった。
「ガリウス。……次は、このパンの匂いで『人材』を買い叩くぞ」
アルスは、飢えに震える門外の民衆を見据え、冷徹に、だがどこか楽しげに告げた。
要塞都市の「開国」まで、あとわずか。




