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『鑑定が遅い』と追放された見積士、寿命と原価が見えるので要塞を最強にする  作者: 霧原なぎ
広域経済圏確立編

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第42話:黄金の檻 ―― 共有される繁栄

王都ブランシェット改め、中立経済特区「グラナポート」。

その中央広場に面した旧貴族評議会場。かつては王国の血筋を誇る者たちが、利権を貪り合っていたその場所に、今は周辺諸国の使節団――「ハイエナ」と呼ばれた男たちが集められていた。

彼らの表情には、昨日までの「略奪者」特有の殺気は失われつつある。昨夜の温かな湯、清潔な寝台、そして心臓コアの恩恵を受けた快適な夜が、彼らの「不便への耐性」を確実に削ぎ落としている。


その壇上に、アルス・ロベントが立った。

彼は剣を帯びず、ただ一冊の分厚い「見積書」を手にしている。


「諸君、不毛な掠奪の話はやめよう。そんなものは、一度きりの『消費』に過ぎない。俺が提案するのは、永続的な『増殖』だ」


アルスの声は、静かだが広間に深く染み渡る。

傍らでミラが杖を掲げると、空中には魔導演算によって描かれた大陸全土の三次元地図が浮かび上がった。


「見ろ。これが現在の大陸の『物流』の現実だ」


地図上に、赤く澱んだ線が何本も走る。


「ヴォルガ帝国の毛皮が、南のサンクランドへ届くまでに半年。険しい山脈を越え、関所で賄賂を払い、盗賊に怯え、運搬途中に腐敗する。……諸君らの国が一年間で生み出す富の、実に60%が、この『移動』という名の無駄によって消えている。お前たちは、ただ運ぶだけで国力を摩耗させているんだ」


バドをはじめとする使節たちは、否定できなかった。それが、彼らが「常識」として受け入れてきた中世の限界だったからだ。


「だが、今日からここ『グラナポート』が、そのすべてを解決する」


地図上の赤く澱んだ線が消え、王都を中心とした白銀の光線が、四方八方へと爆発的に伸びていく。


「ここを中立経済特区とし、各国の『直属商店街ナショナル・バザール』として開放する。……地価は諸君らの本国の都の一〇分の一だ。格安で、しかも恒久的な営業権を保証しよう。お前たちは、自国の最高級の特産品をここに並べるだけでいい。……その代わり、売り上げの十五パーセントを管理税としていただく。そして決済はすべて、我が通貨『グラナ』で行うこと。条件はそれだけだ」


「……待て、アルス・ロベント」


ヴォルガ帝国のバドが、眉をひそめて問う。


「地価を安くし、関税も取らずに場所を貸すというのか。それでは貴様に何の得がある? それに、我々がここへ荷を運ぶ苦労は変わらんだろう」


「いいや、変わる。……根本からな」


アルスは、地図上に太い「白銀の軌道」を上書きした。


「グラナード要塞は、ここグラナポートと諸君らの母国を繋ぐ『魔導鉄道網』の敷設を、全額こちらの負担で約束する。……バド、お前の国からここまで、冬場は半年かかっていた山越えが、わずか三日に短縮される。……諸君らは、もはや自国で売れない余剰在庫を抱える必要はない。ここに荷を預けておけば、三日後には隣国で最も高く売れる。……輸送費は従来の二〇分の一。商人が一往復する間に、百往復の商売ができるようになる。……十五パーセントの税を払っても、諸君らの手元に残る純利益は、これまでの十倍を下回らないはずだ」


広間に、これまでにない巨大などよめきが沸き起こった。

「略奪」を考えていたハイエナたちは、今やその頭の中で、自国の特産品が白銀のレールの上を飛ぶように売れていく光景を計算し始めていた。


「考えてもみろ。サンクランドの商人は、ここを経由するだけで、ヴォルガの最高級毛皮を『新鮮なまま』手に入れられる。ヴォルガの兵士は、南国のスパイスで味付けされた食料を、三日前の鮮度で味わえる。……グラナポートは、大陸のすべてのモノが最短距離で交差する『肺』となる。……このシステムから外れるということは、自国の経済を『馬車の速度』に留め、自滅を待つということと同義だ」


アルスは、手渡された契約書――「特区進出に関する覚書」を、使節団の一人一人の前に置かせた。


「これは占領ではない。世界最大の繁栄への招待状だ。……お前たちの王に伝えろ。この船に乗るか、あるいは、鉄道が繋がらずに陸の孤島として衰退するか。……見積もるまでもない、賢明な判断を期待している」


バドは、震える手で契約書を手に取った。

そこには、ヴォルガ帝国の名前で予約された、広大な「第一区画」の図面が添えられている。ここを確保すれば、帝国の経済はかつてない黄金期を迎えるだろう。

だが、そのすべての利益は、アルスが管理する「レール」と「通貨」という絶対的なインフラの上でしか成立しない。


「……恐ろしい男だ。あいつは、剣で人を殺すより残酷な方法を知っている」


バドは呟いた。

拒絶すれば、隣国に繁栄を奪われ、国は飢える。

受け入れれば、国家の心臓部をアルスの帳簿に握られる。

しかし、目の前に提示された「莫大な利益」という名の毒饅頭は、あまりにも美しく、そして甘い。


「……さあ、商談を始めようか。グラナポートの『一等地』を確保したいのなら、サインは早いほうがいい」


アルスの言葉を合図に、ハイエナだった男たちは、今度は血眼になった「投資家」として、ミラの図面に殺到した。

かつての廃墟は、アルスの見積もり通り、大陸中の富を吸い寄せる「黄金の関所」へと作り替えられたのである。

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