表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『鑑定が遅い』と追放された見積士、寿命と原価が見えるので要塞を最強にする  作者: 霧原なぎ
広域経済圏確立編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/41

第40話:生活の浸食 ―― 蛇口から出る魔法

工事現場の土埃と、得体の知れない熱気に当てられたバドたちは、逃げるように自分たちの宿舎へと戻った。

ヴォルガ帝国の精鋭として、戦場での泥水や野営の不便さには慣れている自負がある。だが、グラナードが提示する「一分の狂いもない白銀の世界」を目の当たりにした後では、宿舎の古びた石壁さえも、自分たちを拒絶しているかのように冷たく感じられた。


「……千人長、見てください。何だ、これは」


部下が困惑した声を上げる。

宿舎の隅、昨日まではただの埃を被った石造りの洗面台だった場所に、見慣れない金属の管が取り付けられていた。


「またアルスの仕業か……」


バドが忌々しげにその金属のハンドルを捻る。

刹那、透明な飛沫と共に、もうもうとした湯気が立ち昇った。


「……なっ!?」


バドは反射的に手を引いた。

魔法使いが火の呪文を唱えたわけでも、従僕が裏で大釜を沸かしたわけでもない。ただ、冷たいはずの金属の口から、完璧な適温に調整された「お湯」が溢れ出している。


「……馬鹿な。火の魔石すら埋め込まれていない。なぜ、ただの水が熱を帯びているのだ」


バドが恐る恐るその湯に指を浸す。

心地よい温かさが、工事現場で強張った指先の芯を、優しく解きほぐしていく。

それは、彼らが極寒のヴォルガ帝国で、命がけの行軍の果てにようやく手にする「最高のご褒美」よりも遥かに純度が高く、そして容易に手に入るものだった。


「地下の『心臓』は、魔力だけを産むのではありません。うちの技術屋ガリウスさんは、そこから生じる莫大な排熱すらも、水という媒介を通して街中に循環させています。……無駄を捨てるのは、我がアルス様の流儀に反します」


背後から、エレーナの静かな声が響いた。

彼女は数名の作業員を連れ、宿舎の各部屋に「清潔な着替え」と「白い石鹸」を並べさせていた。


「……エレーナ・ミリガンか。貴様ら、我々を家畜のように飼い慣らすつもりか。このような贅沢、武人には必要ない」


「贅沢? いいえ、これは『清算』ですよ、バド様」


エレーナは、バドの無骨な手を一瞥し、淡々と事務的な微笑を浮かべる。


「汚れた体、不衛生な環境。それらはすべて『疾病』という負債を招くリスク要因です。兵士が病に倒れれば、その分だけ防衛力が低下し、治療費という無駄なコストが発生する。……我がアルス様は、あなたたちに慈悲をかけているのではありません。ただ、あなたたちという資産を『清潔な状態』で維持管理したいだけなのです」


「管理……だと?」


「ええ。……さあ、その温かなお湯を使いなさい。本国から届くはずの、カビの生えた保存食と泥水のような酒……。それらを待つ間に、どちらが『人間らしい』か、その肌で計算してみることです」


エレーナが去った後、室内には湯気の湿り気と、微かな香料の匂いだけが残った。

部下たちは、我慢しきれずに洗面台に群がり、歓喜の声を上げながら泥にまみれた顔を洗っている。


バドは、激しく溢れ続けるお湯を凝視した。

魔法ではない。奇跡でもない。

ただ、アルスが構築した「システム」の一部として流れてくる、圧倒的なまでの快適さ。

それは、どんなに鋭い剣を突きつけられるよりも恐ろしかった。

なぜなら、一度この温かさを知ってしまった肌は、二度と「凍える夜」を正当化できなくなるからだ。


バドは震える手で、蛇口を閉めることができなかった。

温かな湯が、彼が誇りとしていた「不便への耐性」を、音もなく溶かしていく。

モチベーションになりますので、よければブクマや評価をお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ