第39話:見積士の「慈善」 ―― 鉄の道の「正統」
翌朝。バドの意識を浮上させたのは、心地よい鳥のさえずりではない。地底から響く重厚な打撃音と、空気を震わせる駆動音である。
――ガギィィィン! ズズズズ……ッ!
「……敵襲か!?」
跳ね起きたバドは、枕元の剣を掴み、半裸のまま窓辺へ駆け寄る。そこへ、血相を変えた部下が扉を突き破るようにして飛び込んできた。
「千人長! 起きてください! 表が……表が大変なことになっています!」
「何があった! 魔潮の生き残りか!?」
「いえ、違います! あれを……あそこを見てください!」
部下が指し示す先、王都の中央通りを見下ろしたバドは、己の目を疑った。
かつて目撃したあの鉄の巨躯――魔導貨物列車が吐き出した瓦礫が散乱していたはずの通りが、今は巨大な彫刻刀で削り取られたかのように、一直線の「道」に作り替えられている。
「……何だ、あの速さは」
バドは外衣を羽織るのも忘れ、広場へと駆け出した。
そこでは、カイルが杖を振るい、地盤を飴細工のように液状化させては、一瞬で水平に固めている。その後を追うように、重装甲の作業機を操るベック率いる債務騎士団が、巨大な銀色のレールを次々と路面に叩き込んでいく。
そして、その工事の列の先頭に、アルスが立っていた。
手帳を開き、ミラと数値を照合しながら、淀みない動作で指揮を執るその姿。
「……おはよう、バド。随分と寝起きの悪い顔をしているな」
バドの到着に気づき、アルスは視線を手帳に落としたまま、淡々と告げた。
「アルス・ロベント……貴様、一晩で何をした! この鉄の道は……あの、泥にまみれた貨物車を走らせるためのものか!?」
バドの問いに、アルスはようやく顔を上げた。
朝日に照らされたその瞳には、一分の揺らぎもない冷徹な「完成形」が映る。
「いいや、バド。あれはただの『急場凌ぎ』だ。……そして今ここにあるのは、世界を繋ぐ『大動脈』だよ」
アルスが指し示したレールの先。
そこには、無骨な貨物車とは似ても似つかぬ、洗練された流線型の車体が鎮座していた。装甲を剥ぎ取り、代わりに合金の輝きを纏ったそのボディは、暴力的なまでの威圧感を放っている。
「……あの時は、ただの『動く倉庫』だと思っていた。だが、これは何だ。この静かさは……この禍々しいまでの美しさは何だというのだ」
バドが震える声で零す。アルスは無表情に答えた。
「お前たちが食ったパンを、もっと早く、もっと大量に、もっと正確に運ぶためのインフラだ。……バド、お前たちの国では、毛皮一つ運ぶのにどれだけの馬を潰し、どれだけの月日をかける?」
「それは……数ヶ月はかかる。それが物流というものだ」
「今日から、その常識は捨てろ。この『鉄の道』は、その数ヶ月を数日に、数千頭の馬を一台の心臓へと置換する。……お前たちの王は、未だに馬の蹄の音を数えて国を治めているのか?」
アルスの言葉は、もはや提案ではない。
文明という名の巨大な車輪が、自分たちの古臭い常識を轢き潰そうとしている。その残酷な事実を突きつける宣告であった。




