第37話:心臓(コア)の調律 ―― 文明の第一拍
旧王都の地下500メートル。
そこには数千年にわたり、人類が触れることすら叶わなかった大陸の源流――「魔力心臓」が鎮座している。
アルス達がこの巨大なエネルギーを掌握した際、それは触れる者すべてを塵に帰す「暴虐な神」そのものであった。しかし今、その荒ぶる神を飼い慣らそうとする一人の男が、青白い放電の前に立っている。
「……ハッ。相変わらず、こいつの機嫌は最悪だな」
ガリウスは、耐魔繊維の外套をなびかせ、不敵に鼻で笑う。
彼の手元にあるのは、かつての王権が「夢物語」と切り捨てた禁断の設計図。
『魔導変圧施設』。
それは、コアから溢れ出す無尽蔵の魔力を細分化し、安定した「出力」へと規格化するための巨大な変電装置である。
「ミラ、演算を繋げ。こいつの拍動を『数字』に置き換えるんだ」
「了解……。魔力波形の同調率、四二%。……四八%。同期を開始します」
ミラの瞳が魔導演算によって淡く発光し、不規則な魔力のうねりを、整然とした数式へと書き換えていく。
ガリウスはその数値を睨みつけながら、巨大な黒鉄のハンマーを置き、精密な「魔導ドライバー」を手に取った。
「カイル、地上の進捗はどうだ」
「言われなくても終わらせてるよ。債務騎士団の連中を工兵として叩き込んで、王都のメインストリートに『血管(配線)』を通す溝をブチ抜いたところさ」
通信魔導具から響くカイルの声には、破壊ではない、何かを「建てる」者特有の高揚感が宿る。
アルスは、その光景を少し離れた場所から静かに見守っていた。
彼の手元にある「手帳」には、刻一刻と変化する王都の資産見積もりが映し出される。この工事が完了した瞬間、廃墟は「大陸最大の価値」を持つ拠点へと変貌するのだ。
「ガリウス。調子はどうだ」
「小僧……お前は俺に『予算』という名の燃料を注ぎすぎた。おかげで、腕が鳴って仕方ねえよ」
ガリウスの手が、中央制御装置の巨大なレバーにかかる。
中世という「個の武勇」が支配した時代に、アルスという男が「規格」という名の楔を打ち込む、歴史的な瞬間。
「――変圧開始。回路、全系統開放ッ!!」
レバーが倒される。
地下室を、鼓膜を揺さぶるような重低音が支配した。
コアから放たれた膨大な魔力が、変圧回路という名の迷宮を駆け抜け、暴虐な暴力から、制御された「エネルギー」へと姿を変えていく。
地上では、様子を伺っていたヴォルガ帝国の千人長バドが、地面から伝わる規則正しい振動に顔を強張らせていた。
「……何だ? 地震ではない。まるで、大地が『息』をし始めたような……」
バドが剣の柄を握りしめ、周囲を警戒する。
だが、そこには敵も魔物も存在しない。ただ、誰もいないはずの王都の地下から、得体の知れない「文明の胎動」が響いてくるのみであった。
「見積もり通りだ」
地下の闇の中で、アルスが静かに呟く。
魔力心臓の拍動は、もはや恐怖の対象ではない。それは、グラナード経済圏という巨大な機械を動かすための、確実な「動力」へと成り下がった。
「いい拍動だ。……これで、俺たちの血管に血が通ったぞ、小僧」
汗を拭い、不敵に笑うガリウス。
王都の地下に張り巡らされた魔導配線に、今、安定した魔力が満ちていく。
これこそが、剣と魔法の時代を終わらせる、「文明の第一拍」であった。
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