第36話:魔力溜まりの「放電」と「接収」
王都地下、深度五百メートル。 そこは、数千年分の澱んだ魔力が黒い霧と化し、人間の肺を内側から焼き潰そうとする「無酸素の地獄」だった。
「――勇者、聖女。接続維持! エレーナ、各セクターの損失許容範囲を提示しろ!」
アルスの叫びが通信機を震わせる。要塞財務局のオフィスで、エレーナ・ミリガンは神速で算盤を弾き、数千の変数を処理していた。
「現在、王都全体の資産毀損率は62.8%! アルス様、これ以上の魔力暴走は『倒産』を意味します。……勇者の出力を0.03%下げてください! その分を北東の防壁セクターへ転送。ただの1つも無駄も出さないで!」
エレーナから送られてくる「資源最適化データ」が、アルスの手元にある水晶版に投影される。彼女は復興コストを逆算し、どの区画を優先して守るべきか、冷徹に優先順位を書き換えていた。
「ぐ、あああああああああッ!!」
心臓に直結されたレオンの肉体が硬直する。血管が青白く浮き上がり、細胞が魔力に焼き切られようとする寸前――、
「――甘えんな、小僧! このガリウス様が打った『特製絶縁プラグ』を信じろ!」
ガリウスが過熱した拘束具を素手で締め直し、ミラの瞳が限界を超えて発光する。
「セリア、演算をリンクします! 私が精神防護のフィルターになります!」
一方、地上では別の「絶望的な戦場」が火を噴いていた。
「――債務騎士団! フィルターを最大稼働させろ! 地響きに合わせて重機を叩き込めッ!」
王都の瓦礫の山の上、カイル・グレイが杖を突き立て、地形を書き換えていた。その周囲で迅速に動くのは、漆黒の気密装備を纏った債務騎士団の五千人だ。彼らの背中のユニットは、周囲の汚染された魔力を吸い込み、それを自分たちの動力へと変換して、規則的な駆動音を奏でている。
「カイル殿! 第一外郭、圧力限界! 地底からの突き上げ、来ます!」
かつての将軍デトモルトが、ガリウス製の特殊バイザー越しに鋭く報告する。彼はもはや過去の誇りに固執してはいない。一分一秒の作業が、自分たちの「負債」を減らし、そしてこの地で生き残るための唯一の手段であることを理解していた。
「分かってる! デトモルト、貴様らは三番重機で地盤を抑えろ! リック、遊撃隊で漏れた魔毒を散らせ!」
「了解だ、カイル!お前ら、いいか! 一歩でも退けば、今日のご馳走は抜きだぞ!」
守備隊長リックが重魔導砲を空へ向け、正確無比な対空射撃でカイルたちの作業を援護する。かつてヴォルガ帝国の精鋭を驚愕させた「死地での平然たる労働」が、今、王都再生の礎として機能していた。
「……ミラ、最終フェーズだ。心臓の全圧力をカイルの防壁にスロット開放。……魔潮を『燃料』として、王都全域をグラナードの防衛系統に接続しろ!」
アルスが叫び、司令デスクのメインレバーを押し込む。 地下から放たれた極太の光柱が、王都の空を覆っていた闇を完全に蒸発させた。
「……目標、沈黙。魔力変換、成功。……主様、やりました」
ミラの報告と共に、拘束が解け、泥のように崩れ落ちるレオンとセリア。その二人を、リックとガリウスがすぐさま抱きかかえる。
「……ふん。壊れずに済んだか。ここで死なれては、これまでの投資がすべて水の泡になるところだった」
アルスは二人の元へ歩み寄り、意識を失いかけているレオンの顔を見下ろした。その手には、自らの魔力を込めて緊急処置用に用意していた「超高級な回復薬」が握られていた。
「……勘違いするな。お前たちには、まだグラナポートの復興で一生分働いてもらわねばならん。……さっさと飲んで、帳簿上の赤字を消せ」
アルスは冷たく言い放ちながらも、その薬をレオンの口に押し込んだ。そして、通信機を介して、全力を出し尽くしたデット・ナイツたちへも言葉を投げた。
「エレーナ、最終決算報告をまとめろ。セドリック、入港希望者のリストアップを開始。カイル、デット・ナイツに『特別手当』として……そうだな、温かい食事を配給しろ。……今日この時から、ここは旧王都ではない。中立経済特区『グラナポート』の営業開始だ」
【案件:重要資産(勇者・聖女)の保全に成功】 【判定:グラナード連合による王都インフラ完全掌握】
アルスの手帳に、力強い一本の線が引かれた。 八十万人の怨嗟が溜まった地獄を、アルスは「最新装備のデット・ナイツ」と、各分野の天才たちを歯車のように噛み合わせることで、大陸最大の「黄金の港」へと塗り替えたのだ。
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