第35話:心臓部への強制介入(デッドライン)
「――深度四百。これより先、魔力濃度は致死量を突破します」
ミラの無機質な報告が、重厚な昇降機の中に響く。 ガリウスが急造した耐圧昇降機は、軋むような音を立てながら、暗黒の縦穴を下っていく。
壁面に刻まれているのは、かつての英雄譚を記した美しいレリーフではない。それは、膨大な魔力を一点に集約するための「集束回路」であり、数千年前、ここで八十万人が命を散らした証――骨を砕き、肉を溶かした際に出る油脂を塗布された、呪われた魔導壁だった。
「……勇者の家系。その特異性の正体がこれか」
アルスは手元の鑑定書に、一本の線を引いた。
「レオン。お前の家系が『対魔導体質』に優れ、どんな戦場でも傷一つ負わないと言われてきた理由……。それは平和を守るためじゃない。数千ボルトの電圧を通す銀線が絶縁体を必要とするように、数千万の魔力出力を『通す』ためだけの、強靭な肉体特性だ。……お前の血管は、魔力を流すための管なんだよ」
レオンは無言で、自らの太い腕を見つめた。 どんな魔導師でも気絶するような魔力濃度の下、彼だけが平然と立っていられる。それが「神の祝福」ではなく、凄惨な実験と淘汰の果てに作られた「生物学的ノズル」の証拠だと、アルスは残酷に証明してみせた。
「……セリア。お前もだ。お前の家系が持つ異常な回復力は、フィルターとして魔毒を吸い込み、壊死していく細胞を、自ら焼き直して繋ぎ止めるための『自己再生プログラム』に過ぎない」
「……わかっています、アルス様。……今は、ただの装置として機能するだけですから」
セリアは虚ろな目で頷く。彼女の指先は、既に過剰な魔力の予兆で青白く発光していた。
キィィィィッ……!
昇降機が停止し、巨大な扉が開く。 そこには、王宮の華やかさとは対極にある、赤黒い「臓器」のような空間が広がっていた。
空間の中心でドクドクと脈動する、直径五十メートルを超える巨大な魔力結晶――古代魔力心臓。 かつて八十万人の命を飲み込んだそれは、数千年の「メンテナンス不足」により、排出すべき魔力が表面で黒い泥のように腐敗し、今や魔潮の接近に呼応して、周囲の空間を歪めるほどの重圧を放っている。
「……っ、うわああああッ!!」
扉が開いた瞬間、凄まじい魔力圧が吹き抜けた。 リックの精鋭部隊でさえ膝を突き、吐血する。だが、その暴威の中で、アルスはミラの防御結界に守られながら平然と足を踏み出した。 そして、レオンとセリアもまた。
「ガリウス、リック! 配置に付け! 勇者と聖女を、心臓の『接合端子』へ固定しろ!」
「おうよ! ……地獄のオペレーションの開始だ!」
ガリウスが担いできた巨大な鋼鉄の拘束具――「プラグイン・ユニット」が、心臓の根元にある二つの座に打ち込まれる。 それは、英雄を座らせる玉座ではない。人間の尊厳を奪い、システムの部品として埋め込むための「ソケット」だ。
「……レオン、セリア。座れ。……お前たちの負債は、この心臓に溜まった数千年分の『澱み』を、自身の体を介して地上へ、魔潮へ向かって撃ち放つことだ。……死ぬ暇など、一秒も与えんぞ」
アルスは司令室のレバーを握り、冷徹にカウントダウンを開始した。 地上では魔潮の第二波が王都の空を食い破ろうとし、地下では勇者と聖女という名の「部品」が、世界の破滅を止めるための生贄として、今、再起動される。
【判定:最終オペレーション「デッドライン・決算」開始】
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