第34話:八十万の負債(勇者伝承の嘘)
王宮の残骸。瓦礫の隙間から吹き上がる紫色の魔気の霧が、視界を不気味に遮っている。 そこへ、リックの部下たちに引き立てられるようにして、レオンとセリアが連れてこられた。
「……アルス。こんな場所まで呼んで、今度は何の作業をさせるつもりだ」
レオンの声は枯れ、その双眸には深い疲労の色が張り付いている。背後に立つセリアも、連日の魔力抽出によって肌は青白く、もはや歩くことさえ危うい。
「作業じゃない。『清算』だ。……ミラ、こいつらに投影しろ」
アルスの合図で、虚空に青白いホログラムが展開された。 そこには、ミラの解析によって暴かれた地下五百メートルの設計図――八十万人の死者を「燃料」とし、勇者を「射出口」とする巨大な迎撃兵器の構造が映し出される。
「……なんだ、これは」
レオンが息を呑む。アルスは冷徹に、その図面の一部を指し示した。
「お前たちが信じてきた『勇者伝承』の請求書だよ、レオン。……初代勇者が魔潮を払った奇跡の正体は、八十万人の魔導兵の命を地下の『心臓』で燃やした爆発エネルギーだ。……そしてお前の先祖は、その狂気じみた魔力の奔流を一身に受け、空へ導くための『生身の照準器』に過ぎなかった」
「……な……っ!?」
「セリア、お前もだ。聖女とは、勇者の傷を癒やす慈悲深い存在などではない。……暴走する怨嗟の魔力を濾過する『フィルター』であり、勇者の肉体が消滅しないよう、強制的に細胞を繋ぎ止める『冷却維持装置』だ」
アルスの言葉が、ナイフのように二人の矜持を切り裂いていく。
「お前たちの誇り高き血筋は、八十万人の死体の山を管理するために捏造された、システムの末端部品なんだよ。……そして今、その『部品』としての役目が、数千年ぶりに回ってきた」
「ふざけるなッ!」
レオンが、震える拳でアルスの胸ぐらを掴もうとする。だが、リックがその腕を無造作に捻り上げ、地面に押さえつけた。
「静かにしろ、ノズル。……アルス様の話を最後まで聞け」
「……レオン、セリア。……お前たちの先祖は、その時代の限界の中で、八十万人の命を背負って世界を救う決断をした。……だが、現代の王族たちはその覚悟もメンテナンスも放棄し、この地下の心臓に魔力を溜め込みすぎた」
アルスは冷たく、足元の地面を指差した。
「今、地下の心臓は臨界点だ。……外から来る魔潮がこれに引火すれば、王都は迎撃どころか、地下から自爆する。……半径五十キロが消し飛ぶ『全損』だ。……そうなれば、お前たちが守りたかった民も、この世界の未来も、一銭の価値もない灰になる」
「……う、あ……」
セリアが膝を突き、顔を覆った。彼女たちが信じてきた「正義」や「献身」は、最初からこの凄惨なシステムを維持するための欺瞞だったのだ。
「……勇者として死ぬか。それとも、俺の『部品』としてこの負債を返済するか。……選べ」
アルスは一通の契約書――「魔力心臓強制冷却および指向性放電業務」と題された書類を、レオンの鼻先に突きつけた。
「……これをやり遂げれば、お前たちの『勇者』と『聖女』としての負債、すべて相殺してやる。……レオン。お前のその体、八十万人の死者と、今生きている四万人の民の命を載せる『照準器』として、貸し出せ」
沈黙が流れる。 レオンは、泥にまみれた手でゆっくりと書類を掴んだ。その瞳からは、かつての英雄の光は消え、代わりに、地獄を直視した男の暗い覚悟が宿っていた。
「……いいだろう。……やってやるよ、見積士。……俺の命を、あんたの帳簿の一行で買い叩いてみせろ」
「……判定。契約成立だ」
アルスは満足げに手帳を閉じ、ミラとガリウスへ向き直った。
「ミラ、地下深部への強制アクセスを開始。ガリウス、勇者と聖女を、地下の心臓へ直結させろ」
王都の地下で、数千年眠り続けた「自爆装置」が、ついに決戦の咆哮を上げようとしていた。
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