第33話:魔潮(ストーム)の再鑑定
王都跡地「グラナポート」の司令室。
窓の外には、かつて王国の誇りであった白亜の街並みが、今は黒ずんだ瓦礫の山となって横たわっている。だが、アルスの瞳が捉えているのは、その死に絶えた景色の下――地底から伝わる微かな震動だった。
それは地震のような不規則な揺れではなく、巨大な生物が眠りの中で打つ、重苦しく、規則正しい「拍動」に近い。
「……ミラ。地上の震動波形を除去しろ。地下五百メートル――この『心臓』の圧力値だけを抽出し、可視化しろ」
「了解です、主様。……出力します。ですが、信じられません。このエネルギー充填率……物理的な限界をとうに超えています。地下構造そのものが、内側からの圧力でいつ自壊してもおかしくありません」
ミラの瞳が深い蒼に発光し、演算負荷で彼女の額に汗が滲む。司令室中央に展開されたホログラムが、王都の地下構造を透視した。そこには、都市そのものと同規模の巨大な「大釜」のような構造体と、そこから街全体へ血管のように伸びる無数の魔導回路が浮かび上がっていた。
「ガリウス、これを見ろ。……この歪な循環構造、お前の目にはどう映る」
アルスに促され、モニターを覗き込んだガリウスが、その顔を戦慄に歪ませた。
「……冗談だろ。これぁ、街の土台なんかじゃねえ。魔力を一箇所に凝縮し、指向性を持たせて一気に噴射する……大昔の『魔導砲』の設計思想そのものだ。だが、これほどの巨体を動かすには、王国の全魔力を注ぎ込んでも足りねえぞ」
「……ああ。だからこそ、数千年前の先人たちは『足りない分』を別のリソースで補ったんだ。……ミラ、サルベージした失伝ログの解析結果を読み上げろ」
ミラが震える声で、断片的な数字と記録を繋ぎ合わせ、その凄惨な真実を口にする。
「……初代勇者の時代、襲来した魔潮を打ち払うため、当時の王は地下の『心臓』へ八十万人の兵を追い込みました。……彼らの命を丸ごと『燃料』として焼くことで、心臓を強制稼働させたのです。……その際、暴走する魔力を一身に受け、空の魔潮へと導くための『射出口』として立たされたのが、初代勇者です」
「……勇者、か」
アルスが冷たく笑い、言葉を継いだ。
「かつての英雄、勇者の伝説の正体がこれとはな。……『光の剣で闇を払った』などと美しい詩歌に歌われてきたが、その実態は、八十万人の死体の山の上に立ち、自らの肉体を焼きながら魔力を垂れ流した、ただの『生身の照準器』だったというわけだ」
「……じゃあ、聖女はどうなんだ、小僧。伝説じゃ、勇者の傷を癒やし続けたって話だが」
ガリウスの問いに、アルスはミラの投影した別の回路図を指差した。
「傷を癒やす? ……いや、勇者がこの扱いだからな……そんな慈悲深い役割じゃないだろう。……ミラ、聖女の回路を解析しろ」
「はい。……聖女の役割は、勇者の背後に直結された『冷却装置』、および『魔力変換器』です。八十万人の死の間際の怨嗟と、制御不能なほどの暴力的魔力。それらを勇者が受け止めきれるよう、聖女は自らの精神をフィルターにして毒性を抜き、勇者の体が燃え尽きないよう、強制的に細胞を再生させ続けていた。……癒やしなどではない。勇者が『死ぬことさえ許されず』、最後の魔力を撃ち尽くすまでその形を保たせるための、残酷な維持装置だ」
アルスは手帳の数式を見つめ、少しだけ目を細めた。
「……だが、当時の魔術体系、錬金術体系、そして技術体系では、それが唯一の最適解だったのかもな。外部からのエネルギー供給が絶たれた絶望的な状況下で、八十万という『生物的魔力』を消費して一発の弾丸に変える。……それ以外に世界を救う見積もりは、当時の賢者たちには立てられなかったんだろう。彼らは、最も効率的で、最も非道な『防衛費の支払い』を選択したんだ」
アルスはペンを置くと、モニターに映る、疲弊しきった姿で空を見上げるレオンと、ケージの中で魔力を搾り取られているセリアへと視線を戻した。
「だが、現代の王族たちはその『苦渋の決算』すら忘れ、魔力放出を怠り、魔力を溜め込み続けた。その結果、この巨大な砲身を、街ごと吹き飛ばす『自爆装置』へと変えてしまった。……これはもはや、技術の限界ではなく、ただの管理不足という名の怠慢だ」
アルスは手帳を閉じ、冷たい視線を司令室の扉へと向けた。
「……資産価値を全損させるわけにはいかない。……リック、あの『使い捨ての部品』たちを連れてこい」
「……了解だ。……あいつら、自分たちの血筋に刻まれた、このえげつない『見積額』を知ったら、どんな顔をするだろうな」
王都の地下で、数百年溜まり続けた「負債」が、最悪の決算へ向けてカウントダウンを始めていた。
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