第32話:決算日は死の香り(ロジスティクス・ウォー)
王都跡地、通称「グラナポート」。
約束の「決済」の朝。ハンザの商務官ゲルハルトは、セドリックの鼻先にパンの食べ残しを放り投げ、下卑た笑い声を上げた。
「ヒャッハッハ! セドリック、期限通りだぞ! ほら見ろ、地平線を! 我がハンザの最強私兵団と、山のような補給物資のお出ましだ!」
街道の先に、ハンザの旗を掲げた重装甲の馬車列が土煙を上げて迫る。ゲルハルトは勝ち誇り、腰の剣を勢いよく引き抜いた。
「いいか! 俺がこの剣を振り下ろした瞬間、この『借用書』はただのゴミクズになる! 逆に、この貨車もパンも、すべてが我がハンザの戦利品だ! 略奪だッ、全軍突撃せよ!!」
ゲルハルトは確信していた。この圧倒的な武力を前に、アルスもセドリックも這いつくばるしかないと。
だが、迫りくる私兵団の隊長が叫んだのは、攻撃の号令ではなかった。
「……ま、待てッ! ゲルハルト、今なんと言った!? 剣を収めろッ!!」
「あぁ!? 何を言っている、隊長! さっさとこいつらを――」
『……無駄だよ、ゲルハルト』
通信機から、アルスの冷徹な声が響き渡る。
『隊長さんは、あんたよりずっと「数字」がわかるらしい。……ミラ、今の「略奪宣言」の録音を、本国の会長と、目の前の隊長に同時に飛ばせ』
「な……!? 何を――」
『一週間前、俺はハンザの本部で会長と契約を交わした。……「この地をグラナードの暫定統治下とする」とな。……そして今、あんたは全軍の目の前で、統治者である俺への「略奪」を宣言した。……これはグラナード法に基づき、即座にハンザ連盟に対する「国家間賠償請求」へと変換された』
アルスの声は、もはや逃れられぬ檻だった。
『……隊長さん。あんたたちは、確かにこいつを助けるために物資を運んできたんだろう。……だが、こいつが「略奪」を宣言した一秒後に、俺はあんたの本国へ、こいつの私産を担保とした差し押さえ命令を確定させた』
街道の先で、馬車列がピタリと止まる。隊長が震える手で魔導通信の書状を確認し、ゲルハルトを蛇蝎のごとき目で睨みつけた。
『……隊長。そのまま攻撃を続ければ、あんたたちは「国際テロリスト」だ。……だが、今ここでこいつを縛り上げ、こいつの全財産を俺に引き渡せば、あんたたちの「補給物資」は、俺が正当な価格で買い取ってやってもいい。……どっちが、あんたの部下たちの命を守れるか……見積もるまでもないだろ?』
「……く、……総員、抜剣!! 対象は……ゲルハルト・商務官だ!!」
「な……!? お前たち、何を……やめろ! 離せッ!!」
昨日までゲルハルトの部下だった私兵たちが、一斉にゲルハルトを組み伏せ、泥の中に顔を押し付けた。
『……お前が『略奪』なんて言葉を吐く前までは、こいつらはあんたを救うための補給部隊だったんだろうがな』
セドリックが、泥まみれのゲルハルトを見下ろして冷たく告げた。
「あなたが口を開くたびに、あんたの価値が暴落していきます。……パン一斤の価値もなくなった男に、従う兵はいませんよ」
「……あ、……あ、あああああッ!!」
『……セドリック。バド千人長とその部下には、到着した物資から温かいスープを出してやれ。……ゲルハルトは、一文無しになった本国の家族の元へ、その『最後の一切れのパン』の代金として叩き返してやれ』
王都の廃墟に、アルスの「数字」が支配する新しい秩序が、あまりにも残酷に昇っていた。
【案件:王都跡地第一営業所・接収完了】
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