第28話:旧王国の倒産と、新しい「価値」
グラナード要塞の朝は、重厚な鋼鉄の駆動音で幕を開けた。
ガリウスが鋳造した巨大な蒸気時計が「ボーン、ボーン」と、腹に響く鐘の音を響かせる。
第4ボイラー室。その過酷な熱気が渦巻く現場で、勇者レオンは泥にまみれて喘いでいた。
「……はぁ、はぁ……っ、こんな、ことが……!」
一晩中、休む間もなく重い燃料石の積み込みと、詰まった排熱管の泥さら作業を強いられたレオン。かつての輝かしい黄金の甲冑は剥ぎ取られ、剥き出しの筋肉は疲労で痙攣し、手は豆が潰れて血に汚れている。
そのすぐ傍ら、魔力抽出ケージの中では国防卿バルガスが乾燥した古木のように痩せ細り、別の医療用ケージに繋がれた聖女セリアは、一晩中癒しの魔力を搾り取られ続けて虚ろな目で壁を見つめていた。
「――判定。作業ノルマ達成、および魔力抽出率低下」
ミラの無機質な声と共に、レオンの手首を縛る魔導錠が外れ、バルガスとセリアの拘束も解除された。
旧支配者たちが、ガラクタのように泥の上に崩れ落ちる。
そこへ、リックの部下たちに両脇を抱えられ、一人の老人が連れてこられた。
昨夜、逃走先で差し押さえられた国王、エドワード四世だ。彼は一晩中、エレーナによる財産照合と事務処理という名の「尋問」に晒され続け、その瞳からは統治者としての光が完全に失せていた。
「どうぞ。あなた方の労働と魔力を変換して作った熱で、今しがた炊き上がったばかりのスープです」
エレーナが配給用のカートから、湯気の立つ木皿を差し出す。
国王は、かつてなら見向きもしなかったであろうその粗末な食事に、獣のように食らいついた。重労働で飢えきったレオンも、電池のように使い潰されたバルガスたちも、王の目の前で、なりふり構わずスープを啜る。
その無様な「食事」を、城壁の上からアルスが見下ろしていた。
「――陛下。味はどうだ。自分の身を削って、初めて誰かのために生産した飯の味は」
アルスの声が、魔導拡声器を通じて要塞全体に低く響く。
広場で配給を待つ四万人の避難民たちが、一斉に、かつての主君たちの醜態を静かに見つめた。
「アルス……! 貴様、王を……ここまで……!」
「王? ……そんなものは俺の帳簿には載っていない」
アルスは城壁を降り、国王の目の前に歩み寄った。
その手には、一枚の重厚な羊皮紙と、ペンが握られている。
「ミラ、最後だ。投影しろ」
虚空に、巨大なホログラムが展開された。
漆黒の魔潮に完全に飲み込まれ、王宮の尖塔すら砂のように崩れ落ちていく、王都ブランシェットの残骸。消失率92%。そこにあるのは、再起不能の「負債の山」だけだった。
「陛下。あんたが『帰る』と言い張っている場所は、もうこの世に存在しない。……だが、俺は見積士だ。ゴミ同然のあんたの権利(王権)も、捨てるよりはマシな値段で買い取ってやる」
アルスは足元の泥の上に、羊皮紙を叩きつけた。
「【国家破産宣言書】だ。サインしろ。……代価として、あんたたち四人の命と、この要塞での『隠居』という名の余生を保障する」
「……っ! ふざけるな! 誰が……!」
バルガスが立ち上がろうとするが、リックの軍靴がその肩を無造作に踏み潰した。
「静かにしろよ、ボイラー。……アルス様が『買い取る』って言ってんだ。それ以外に、あんたらに価値が残ってると思ってんのか?」
沈黙が広場を支配する。
国王は、震える手でペンを握り、ゆっくりと、力なく、署名を記した。
【判定:旧王国、完全倒産】
【結論:要塞都市グラナード、全資産の統合完了】
アルスが、泥に汚れたその書類を高く掲げた。
その瞬間、要塞の全方位にある魔導鐘が一斉に鳴り響いた。
『全市民に告ぐ! ――旧王国は、本日をもってその役目を終えた!』
アルスの宣言が、朝の空気を震わせる。
『これより、ここはどの王にも、どの神にも縛られない。数字と信頼の聖域――中立経済特区「要塞都市グラナード」の独立を宣言する!』
地鳴りのような歓声が沸き上がった。
四万人の民衆が、新しい主の名を叫ぶ中、アルスは振り返らずに司令室へと歩き出す。
古い世界の見積もりは、今、すべて終わった。
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