第27話:王都からの亡命ラッシュ
グラナード要塞の巨大な「貨物搬入ドック」は、かつてない熱気に包まれていた。
地下トンネルから数分おきに滑り込んでくる魔導列車。その重厚なハッチが開くたび、煤と泥にまみれた数千の民衆が、吐き出されるように要塞の土を踏む。
「……助かった。本当に、私たちは生きているのか?」
呆然と立ち尽くす民衆の前に、カツカツと硬い靴音を響かせて一人の女性が歩み寄った。
最高財務責任者、エレーナ・ミリガン。
彼女の後ろには、ガリウス製の計算機を抱えた事務官たちが整然と並んでいる。
「ようこそ、グラナード要塞へ。……ですが、勘違いしないでください。ここは慈善施設ではありません」
エレーナの冷徹な通告が、ドックの天井に反響する。
「皆さんは先ほど、主・アルスによって、魔潮という『全損事故』から買い取られた資産です。これより一人ずつ『査定』を行い、職能に応じた居住区と労働義務を割り振ります。……拒否権はありません。皆さんの命の代金は、すでに我が要塞が立て替えているのですから」
職人たちは工房街へ、役人は行政局へ、体力自慢は建設班へ。
セドリックの指揮下、四万人の「資産」が恐ろしいほどの効率で分類・整理されていく。それは救済というより、巨大な組織の「部品」として組み込まれていく儀式のようだった。
一方、ドックの片隅。
クレーンによって「荷揚げ」された黄金の馬車が、手荒く地面に叩きつけられた。
「……っ、痛い! 何をするのよ、この無礼者!」
馬車の扉を蹴破って出てきたのは、髪を振り乱した聖女セリアだった。続いて、腰を抜かしたままの勇者レオンが、這い出すようにして姿を現す。
彼らの前に立ちはだかったのは、エレーナと、その横で腕を組む衛兵隊長リックだった。
「勇者レオン、および聖女セリアですね。アルス様より、あなた方の『債務管理』を任されています」
エレーナが、分厚い書類の束をレオンの鼻先に突きつけた。
「これは……何だ?」
「『救出費用および、過去の不当利益返済に関する請求明細書』です」
レオンが震える手で書類をめくる。そこには、アルスが立替えた宿代の利息、模造聖剣の購入代金への追徴金、そして今日、彼らを救うために消費された魔導燃料のコストが、一銭の狂いもなく書き込まれていた。
「四、四億五千万グラナ……!? 馬鹿な、こんな金額、払えるわけがない!」
「ええ、ですから『物納』と『役務』で返済していただきます」
エレーナは眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、セリアを指差した。
「セリア。あなたの回復魔導は、要塞の医療コスト削減において高い資産価値が認められました。今日からあなたは二十四時間体制の『魔力供給源』です。……死なない程度に食事は与えますが、借金を完済するまで、聖女としての贅沢は一切禁じます」
「な、なんですって!? 私を家畜のように扱うつもり!? アルスを呼びなさい! アルスを!」
「……主様は忙しい。あんたみたいな『嘘つきの負債』と話す時間は、あの方の時給に見合わないんだよ」
リックが重い足音を立てて一歩踏み出し、レオンの襟首を掴み上げた。
「おい、元・勇者様。あんたには『重機燃料の運搬』と『地下道の泥さらい』の仕事がある。ガリウスの爺さんが言ってたぜ。あんたのその鍛えられた筋肉だけは、資材運搬に『使える』ってな」
「……あ、あ……」
レオンの目から涙が溢れる。
かつて王都でアルスを「無能」と呼び、見下していた二人が、今は一枚の請求書の前に跪いていた。
その様子を、司令室のモニター越しに見届けると、アルスは静かにペンを置いた。
「……これで、かつての『未払い金』はすべて回収の目処が立ったな」
「ええ。……ですが主様、問題は外です。王都を脱出した国王とバルガスが、要塞の第4ゲート付近で入城を要求しています。……あの方々は、自分たちの地位がまだ生きていると思っているようです」
ミラの報告に、アルスは冷笑さえ浮かべなかった。
「……門を開ける必要はない。……バルガスには、俺が以前渡した見積書をもう一度見せてやれ。……彼らが自分の命につけた『着色砂岩』の値段をな」
要塞の強固な城壁の外、魔潮の遠吠えが近づく中。
アルスは、自分が再定義した「新しい世界」の地図を見つめていた。
モチベーションになりますので、よければブクマや評価をお願いします




