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『鑑定が遅い』と追放された見積士、寿命と原価が見えるので要塞を最強にする  作者: 霧原なぎ
要塞建国編

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第26話:強制執行

王都ブランシェットの東門が、ついに限界を迎えた。

かつて国防卿バルガスが「五億ギルを投じた不沈の壁」と豪語した石材は、アルスが看破した通り、ただの砂岩のごとく脆くも爆ぜ、影の獣たちの侵入を許した。


「嫌だ……助けて、置いていかないで!」


泥にまみれた子供の手が、黄金の馬車の車輪を掴もうとして空を切る。だが、その馬車に乗る勇者レオンは、震える手でなまくらと化した剣を握りしめ、自分を追い抜こうとする民衆を蹴散らしていた。


「退け! 勇者の私が死ねば、人類の希望が絶えるんだぞ!」


隣に座る聖女セリアもまた、泥にまみれた民衆を窓越しに「汚物を見るような目」で一瞥し、ただ自らの命を守るための祈りに没頭していた。第1話でアルスを泥棒呼ばわりし、偽造帳簿を突きつけたあの傲慢な余裕は、もはや影も形もない。

だが、王都を飲み込もうとした絶望の悲鳴を、地底から突き上げる「鋼鉄の拍動」が塗り替えた。


――ガガガガガガッ、ドォォォォォォン!!


王都中央広場。かつての王の威光を象徴した広場が内側から爆散した。

噴き上がる土砂の中から姿を現したのは、黒鉄の巨躯――魔導貨物列車「グラナード・ワン」だ。


「よお、王都の『埋蔵資産みなさん』! 命の回収に来たぜ!」


先頭車両のハッチが開き、重装甲を纏ったベックが、巨大なガリウス製重機アーム「アイアン・クロー」を操作して飛び出した。

アームの先端に装着された超硬度の回転鋸が、群がっていた魔物を肉片へと変え、広場を「安全なプラットホーム」へと強制的に変えさせていく。


「ぼーっとしてんじゃねえ! 死にたくなけりゃ、この鉄の腹の中に飛び込みな! 道具でも、家族でも、お前らが価値があると思うもんは全部詰め込め! アルス様の帳簿に、お前らの席を『時価』で買い取ってある!」


列車の両側面が展開し、巨大な貨物スペースが口を開ける。

後方では、守備隊長リック率いる精鋭たちが、ガリウス製の魔導連射銃を掃射し、押し寄せる魔潮を完璧な弾幕で足止めしていた。

その光景を、数十キロ離れた要塞の司令室で、アルスは冷徹に見つめていた。


「……ミラ、現在の回収率は?」


「第3便収容開始。工房街の職人たちを含め、累計一万二千名を確保。ですが主様、魔潮の第二波まで残り二十八分。……王都に見捨てられた四万人の全回収には、あと一段階の『加速』が必要です」


「……カイル。地下道をもう一本、強引にこじ開けろ。レールの敷設速度を今の二倍に。……ガリウスが喉から手が出るほど欲しがっているあの職人たちを、ただの肉塊ゴミにさせるな。損失は一銭も出さない」


『おう! ど真ん中ぶち抜いてやるよ、アルス様!』


通信機から、地底を削る魔力の咆哮と共にカイルの声が届く。

列車の直下で、カイルの土木魔導が地盤を液状化させ、新たな地下ルートを瞬時に穿つ。列車は走りながら、先頭のアームが鋼鉄のレールを狂ったような速度で叩き込み、街並みを破壊しながら行政区へと進路を捻じ曲げた。


一方、王都を離れ、荒野で魔潮ストームの先遣隊に囲まれて立ち往生していた黄金の馬車。


「ひっ、来るな! 私は勇者だぞ!」


レオンが窓から身を乗り出して叫ぶが、馬車は泥濘に嵌まり、一歩も動けない。

その頭上に、要塞から伸びる高架線を伝って、巨大な「自動回収クレーン」が死神の鎌のように滑り込んできた。


『……よお。帳簿の数字は、今度は合っているかな? セリア』


通信機から響くのは、かつて彼女たちが嘲笑い、追放した見積士の声。セリアの顔が、恐怖を超えた絶望的な色に染まった。


「あ……アルス……? どうして、あなたが……」


『あんたたちが踏み倒した「命の宿代」を取り立てに来たんだ。……レオン。あんたの価値は今、市場で大暴落してゴミ同然だ。本来ならそのまま魔潮ストームに食わせるのが一番安上がりなんだが……あいにく、俺は見積士だ。貸したものは、利息をつけて一銭残らず回収しないと気が済まない』


アルスの声は、かつてないほど無機質で、冷徹だった。


『……ベック、拾ってやれ。その「不良在庫」をな』


「がはは! 合点だ! おい、泥棒勇者に嘘つき聖女! お迎えだぜ!」


ドォォォォォン! という衝撃と共に、巨大な鋼鉄のフックが黄金の馬車の屋根をぶち抜き、車体ごと無理やり吊り上げた。


「嫌ああああ! 下ろして!」


「アルス! 助けてくれ! 悪かった、謝るから!」


空中へ引き揚げられ、ぶら下がった状態で情けなく叫ぶ二人。

アルスはその様子を、かつて自分に向けられた侮蔑の視線をそのまま返すように、冷たく見下ろした。


『セリア。あんたが俺に着せた「横領」の汚名……その損害賠償額を算出させてもらった。……あんたのその指先が、治癒魔法を絞り出せなくなるまで働いても、完済には百年はかかる。……これからは要塞の最下層で、死ぬまで「数字」の通りに動いてもらうぞ』


クレーンは二人を吊るしたまま、猛スピードで要塞へと引き返していく。

それは救出などではない。「強制的な債権回収」だ。


地下では、一分一秒を争う極限のピストン輸送が続いていた。

貨物列車が王都と要塞を往復するたび、何千という「価値ある命」が、泥沼のような滅びの淵から引き抜かれ、グラナードの帳簿へと書き込まれていく。

後に残されるのは、中身(人間)を失った空っぽの石造りの残骸と、勇者の空虚なプライドだけ。


アルスが買い取ったのは、王都という「名前」ではなく、それを支えていた「魂(機能)」そのものだった。

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