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『鑑定が遅い』と追放された見積士、寿命と原価が見えるので要塞を最強にする  作者: 霧原なぎ
要塞建国編

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第25話:第一波、あるいは「損切り」の刻

地平線の彼方が、墨を流したように塗り潰された。

ただの嵐ではない。大気中の魔力が異常飽和し、意思を持つ広域災害へと変貌した「魔潮ストーム」の第一波だ。

要塞グラナードを包む大気ですら不吉な紫黒色に染まり、遥か遠方から、地響きのような唸りが風に乗って届いていた。


要塞最上階、中心司令室。

静寂の中に、魔導回路が発する低い駆動音だけが響く。ミラの瞳が、虚空に展開された数多の魔導数式を追い、青く発光していた。

その指先が、空間に浮かぶ「減衰率」のグラフをなぞる。


王都の防壁に仕込まれた術式から送られてくる映像は、激しい魔力の干渉を受け、今や砂嵐混じりのモノクロームな断片に過ぎない。

隣では、魔導主任のリンが、計器に並ぶ膨大な魔力貯蔵量を凝視していた。


「……同調シンクロ維持。王都への『遠隔供給』、出力をさらに三段階引き上げ。魔力ラインが焼き切れそうよ」


ノイズ混じりの映像の中、黄金の剣を掲げる勇者レオンの姿が、細かく明滅を繰り返している。


『……跪け、民よ!……光がある限り……不滅だ!』


音声はズタズタに引き裂かれ、もはや英雄の凱歌には聞こえない。

だが、その「奇跡の光」を支えているのは、レオンの聖剣ではなかった。

要塞の深部から放たれ、数十キロの距離を奔る膨大な魔力が、ミラたちの術式によって王都の旧式防壁へ無理やり流し込まれている。それが、偽りの安寧の正体だった。


「……主様マスター。送電ロスが限界を超えました。これ以上のチャージは、我が要塞の蓄積エネルギーを……つまり、ここに住む三千二百人の『余命』を削ることになります」


ミラの報告に、司令室の奥に座るアルスは、手元の手帳から顔を上げなかった。

彼は砂嵐の映像など見ていない。ただ、手帳に記された「王都の収支表」を静かになぞっている。


「……【判定:損切り】」


アルスの声は、あまりに短く、絶対的だった。


「供給を停止しろ。……壊れかけの器に注ぎ続ける魔力は、俺の帳簿にはもう残っていない」


「了解。遠隔供給ライン、物理切断」


リンが重いレバーを押し下げた。

その瞬間、映像の中の王都を包んでいた黄金の光が、あっけなく霧散した。

防壁は、アルスの「融資」が止まった瞬間に、ただの脆い石塊へと成り下がる。

魔潮の巨大な質量の激突。映像越しですら背筋が凍るような崩落音が響き、王都の誇りであった東門が、砂の城のように無残に爆ぜた。


「レオン様! 門が……!」


「……っ! い、一旦退却だ!」


レオンが民衆を突き飛ばし、黄金の馬車へと飛び乗る。

ノイズにまみれた画面には、取り残された人々が上げる、声なき悲鳴だけが溢れていた。


「……冷たい男だと思われるかな」


アルスがぽつりと呟き、ようやく席を立った。

彼は窓の外、遥か遠方の、黒い雲が渦巻く空の彼方を凝視した。


「……いいえ。主様マスターは、一番効率よく、一番多くを救う道を選んでいるだけです」


「……ああ。あそこに残っているのは、道具を守ろうとした職人や、逃げ場を失った下級役人たちだ。……『王都』という箱はもうゴミだが、中身こくみんはまだ高価値な資産だ。魔潮なんかに食わせて損失を出すわけにはいかない」


アルスは手帳を閉じ、足元の床から響く「拍動」に神経を集中させた。


「……カイル、準備はどうなっている」


『おう、いつでも行けるぜ、アルス様よ!』


通信機から、土木魔導師カイルの声が、地底の反響と共に届く。


『王都が捨てた地下水道。俺の魔力で一本のバイパスに繋ぎ直した。ガリウスの爺さんの敷設機も、先頭車両にガッツリ装填済みだ』


アルスは冷徹に、だがその瞳に「最も欲深い救済」を宿して告げた。


「よし。ベック、リック。これより『不良在庫みんしゅう』の物理的回収を開始する。……一人も、一銭も、無駄にするな」


要塞の城門が開き、地底を揺るがすような衝撃が鳴り響いた。

数十キロの距離を、鉄の蛇が地底を貫き、数時間で駆け抜ける。

誰からも見捨てられた四万人を、最も冷徹な見積士が「買い取る」ための、進撃が始まった。

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