第22話:王都の停電と断水
その夜、王都ブランシェットから「文明」の灯が消えた。
ガラン、と乾いた音を立てて、王宮の巨大な魔導シャンデリアが煤を吐いて沈黙する。それは単なる消灯ではなかった。王都全域の地下を流れる魔導回路が、過負荷とメンテナンス不足によって焼き切れた合図だった。
「……何事だ! 明かりを灯せ! 魔導師たちは何をしている!」
玉座の間で、国防卿バルガスが暗闇に向かって怒号を浴びせる。だが、返ってくるのは老いた文官たちの震え声だけだった。
「も、申し訳ございません! 回路の調整を担っていたミラの数式が、彼女が去った後、誰にも読み解けず……! さらに、地下水道のポンプを維持していたカイルの魔導壁が崩落、王都は今……完全にコントロールを失いました!」
「……バカな。水が出ないというのか!?」
バルガスの問いに答えるように、遠く街の方から、何万人もの悲鳴と怒号が響き渡った。
蛇口を捻っても出るのは泥水。街を照らしていた魔導灯は消え、深い闇が恐怖を増幅させる。
【判定:王都インフラの完全沈黙】
【被害:上水道停止、魔導照明喪失、防壁維持術式の減衰】
【予測:生存限界まで残り48時間】
その頃、要塞グラナードの司令室は、王都の絶望とは対照的な「青い光」に満たされていた。
「主様。王都の魔導グリッド、完全に消失。……私の計算通り、メンテナンス一回分の猶予すら持ちませんでしたね」
ミラが、手元の水晶板に映し出された「真っ暗な王都の地図」を冷ややかに指でなぞる。
「カイルの基礎工事を、あんな無能な後任たちが維持できるはずがないもの。……主様、王都の地下水路に残っていた『清浄魔力』、すべてこちらの貯水池へ引き込みを完了しました」
「……ご苦労。資産の回収に、慈悲は不要だ」
アルスは冷徹に頷き、傍らに立つリンへ視線を送った。
リンは元騎士団の中から選抜された魔導師たちを統率し、王都から「盗み取った」魔力を、要塞の防衛結界へと再分配していた。
「リン、供給過多で回路を焼くなよ。……ベック、そっちはどうだ?」
通信機から、重機を動かすような力強い音が響く。
「おう! カイルの旦那と協力して、王都から逃げてきた最後の土木職人たちを『第3拡張区』に叩き込んだところだ! 暗闇と渇きを経験した連中だ、ここの『水が出る蛇口』を見て、拝むように働いてるぜ!」
ベックの報告通り、暗闇の王都から、最後の「資産」である技術者たちが、光り輝く要塞へと雪崩れ込んでいた。
「エレーナ。避難民の中に紛れ込んでいる、バルガスの間者は?」
「……すべて、入国時の『スコアリング』で弾き出しました」
エレーナが、冷たく帳簿を閉じる。
「彼らには、グラナ一枚の価値もありません。……今は門の外で、自分たちが守ろうとした『王国の誇り』という名の泥水を啜っています」
アルスはバルコニーへ出た。
眼下には、5,000人超の市民が暮らす、不夜城のような要塞の灯り。
そして遥か彼方には、かつて自分を追放した、墓標のように沈黙する王都の影。
「……世界は、数字の通りに書き換わる」
アルスは手帳に、王都の「生存価値:0」と記した。
だが、その瞬間。ミラの観測装置が、かつてない異常な数値を叩き出した。
「主様! 観測限界突破! ……王都の闇に引かれるように、『それ』が来ます!」
「……魔潮か」
アルスは静かに目を細めた。
王都の死を嗅ぎつけたのか、怪物が、ついにその姿を現そうとしていた。
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