第20話:金融センターの確立
「……サインしろ。それで、あんたたちの孤児院にパンが届く」
アルスが差し出したのは、羊皮紙一枚に収められた、あまりにも簡潔で残酷な「資産譲渡契約書」だった。
そこには、聖教会が数百年かけて信徒から吸い上げた王都の一等地、および分教会の敷地すべてを「グラナード要塞」の所有に帰属させると記されている。
「これを書けば……教会は、神の家ではなくなるわ……」
震える手でペンを握るセリアの背後から、冷徹な声が追い打ちをかける。
「神の家であっても、冬の寒さと空腹は凌げません。……今のあなた方に必要なのは『祈り』ではなく、アルス様が保証する『熱源』と『食糧』のはずですが?」
財務長官のエレーナだ。彼女はかつての主計官としての知識を総動員し、教会の隠し資産までもすべて暴き立てていた。
「くっ……。……わかったわよ。サインすればいいんでしょ、すれば!」
セリアが涙を浮かべながら署名を書き終えた瞬間、アルスはそれを無造作に回収し、背後のセドリックへ投げた。
「セドリック、手続きを開始しろ。今日から王都の教会跡地は、我が方の『物資集積拠点』として再編する。……ミラ、リン。王都へ行き拠点の周囲に、王宮の干渉を遮断する結界を張れ」
「了解しました、主様。……王都の心臓部に、我々の楔が打ち込まれましたね」
これにより、王都のど真ん中に「要塞の飛び地」が完成した。もはやバルガスの兵ですら、許可なく教会へは立ち入れない。
このニュースは、周辺諸国や大陸全土の商会を震撼させた。
「あの聖教会が、土地を売ってまでグラナ(白い石)を求めた」という事実は、どの外交文書よりも重い「信用の移転」を意味していた。
数日後。
要塞の門前には、王都の亡命者だけでなく、豪華な商船旗を掲げた馬車が列をなした。
「アルス・ロベント卿! 我が『金銀貿易商会』の全資産、金貨五百万枚を……いや、その素材価値分の『グラナ』として預かっていただきたい!」
「我が都市の予備費もだ! 王都の銀行(金庫)はもう信用できん。グラナードの金庫に置かせてくれ!」
【判定:大陸金融センターへの昇格】
【現状:預金総額 8,000万グラナ相当突破】
【信用:不変の物価指標、および教会の土地を飲み込んだ圧倒的資本力】
執務室の窓から、増設される巨大な地下金庫を眺めながら、アルスは手帳に新たな数値を刻んでいた。
「……セドリック。預かった資産を遊ばせておくな。……カイルとベックを呼べ」
「ククク、次は何を建てるおつもりで?」
「『信用』を積み上げたなら、次はそれを『物理的な壁』に変える。……人口5,000人突破に備え、第二外郭の建設を開始する」
アルスの視線の先。
カイルが設計図を広げ、ベックが精鋭たちを率いて、没収した金貨から鋳造された「魔導補強材」を運び込んでいく。
もはやここはただの要塞ではない。世界の富が集まり、新たな秩序が産み出される「金融の城塞」となっていた。
一方、空っぽの馬車で王都へ戻るセリアは、握りしめた一握りのグラナを見つめ、虚脱したように呟いた。
「……私たちは、神ではなく……あの男を信仰することになるのね……」




